日本の地域活性化事例を環境省が世界へ発信、気候変動への「適応」促す

新潟県越後妻有(十日町市・津南町)の事例。2000年から「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」を開催。世界中のアート作品300点以上が広大な里山に並ぶ

環境省はこのほど、日本各地域の伝統技術や自然資源を活用し地域を活性化させている事例を集め、英語で発信するウェブサイト「LIBRARY(ライブラリー)」を立ち上げた。主に発展途上国の人たちに参考にしてもらい、パリ協定で示された気候変動対策の一つである「適応」を促進する狙いがある。気候変動の影響が大きい途上国には適応策を実施するための資金や技術が不足し、先が分からないことへの投資意欲が低いという課題がある。日本の好事例を通して、地域が持っている価値に着目し、新たなビジネスを創出するコミュニティづくりにつなげることを目標にしている。(松島香織)

パリ協定は「緩和」と「適応」を気候変動対策の二本柱としている。「緩和」とは温室効果ガス排出量を削減、または植林などによって吸収量を増加させることであり、「適応」とは気候変動の影響を回避し低減するための具体的な施策であり、「強靭な社会の実現」を目指す。またSDGs目標13「気候変動に具体的な対策を」の13.1にも「気候関連災害に対する強靱性(レジリエンス)及び適応の能力を強化」と明記されており、SDGsからも「適応」の取り組みが求められている。

さらに昨年11月から12月にかけて開催された国連気候変動枠組条約締約国会議(COP28)では、協定の目的及び長期目標の達成に向けて、世界全体で気候変動対策がどれくらい進んでいるかを評価するグローバルストックテイクが初めて実施されたが、パリ協定で明示された「緩和」とともに「適応」も評価項目に含まれている。

気候変動の影響は今後さらに拡大すると予想され、適応策は必要不可欠である。「適応」は個人や地域レベルで実装することが重要であり、その支援は国際協力の役割となる。こうした国際的な要請を受けて、環境省はウェブサイト「LIBRARY」を立ち上げた。

適応策の促進には、その地域でお金が回るようにすること

織田氏

担当した環境省 地球環境局 総務課 気候変動適応室の織田(おりた)知則専門官(取材当時)は、もともと電子回路などを設計する技術者であり、JICAで中央アジアを中心とした国際協力に従事していた。環境や気候変動の専門家でなく、「地域主導適応策 (Locally Led Adaptation:LLA)」や「自然を活用した解決策 (Nature-based Solutions:NbS)」等の言葉も聞いたことがない中で、発展途上国に向けた「国際協力による気候変動適応の促進」に取り組んだ。

しかし、「国際協力は今困っていることに対して支援すること。だが、気候変動適応は、いつ来るか分からず、来ないかもしれない将来の予測リスク。最初の1年ぐらい、何をするべきか悩んでいた」という。

そんな時に出会ったのが、IPCCの報告書作成にレビュー・エディターとして関わった茨城大学 地球・地域環境共創機構 三村信男・特命教授らの論文だった。「適応策を3つのタイプとレベルに分けて適応戦略を提案する内容で、先進国はこの部分、途上国はこの部分に該当するなど議論されていた。適応に確実な答えはないのだと腑に落ちた」。

パリ協定が目指すゴールは「1.5度に抑える」であり、そのために何をすればいいのか考えやすい。しかし気候変動適応のゴール「強靭な社会の実現」は、地域ごとに何が「強靭な社会」と言えるのかさまざまであり、日本と途上国でも違い、同じ国であっても都市部と沿岸部とでは全く違う。また多くの人は、未来に起こるか起こらないかわからないリスクに投資をしない。そこで織田氏は、将来のリスクに対するコストではなく、その地域が生み出している製品やサービス、ソリューションの価値に着目して、適応の行動変容を起こしてもらうために、その地域でお金が回るよう「マネタイズすること」に考え着いた。

適応の世界にはいろいろな人が参画しないといけない

ウェブサイトは、誰でも聞いたことがある言葉で、図書館という意味から、感覚的にそこに行けば何かを得られることができ、インスパイアを受け行動につながることを願い「LIBRARY」と名付けた。適応策は地域によって全く課題感がバラバラなので、ロゴは敢えて文字の高さを揃えず上下をずらして表現したという。

「LIBRARY」には、「今ある生活基盤に新しい要素を1つ加えたようなコンパクトさがあり、難易度の高い技術や多額の投資なく実現している」「そこにある課題と、その解決のための手法をプロセスや成果物に見ることができる」「事業の循環とマネタイズが見え、課題の解決にもつながっている」「課題の解決だけでなく、美しさやおいしさなどの魅力を備えている」という4つの観点から選んだ。すでに香川県小豆島町のオリーブを使った取り組みなどが掲載されており、全国の30事例を発信する。

日本では、納豆は、白い発泡スチロール3個をプラスチックで包装して100円くらいの値段が付けられるが、空港ではわらに包まれた納豆が800円で売られている。中身は同じなのに、ストーリーを付けてわらに包むことで、マネタイズできている。織田氏は「地域固有のリソースを活用してストーリーをつけてマネタイズすることによって、地域全体を強靭化することが可能なのではないか。そうした日本の成功事例を集めて整理し、それを英語にして発信することで、途上国の人たちの産業や生活を豊かにするためのヒントになると考えた」という。

京都紋付の事例。伝統的な黒染めの技術を生かして、汚れて着られなくなった衣料を黒く染めるサービスを展開する

しかし、事例を発信するだけではサステナブルではない、と織田氏は言う。「『LIBRARY』を軸にしたプロボノコミュニティをつくり、それが自立発展的に機能するような形にしたい」という。織田氏が考えているのは、契約関係などの義務がなく、自分ができることをできるときに参加する、自分の関心領域だけで何となくつながっているようなコミュニティだという。「少なくとも、適応の世界には、いろいろな人が参画しないといけない」と織田氏は力を込める。

またさらに、「ODAの資金や大使館の持っているファンドなど、世界には小さいファンドがたくさんある。そういうところにもつながれれば」「うまくビジネスとして回っていけば、コミュニティに参加している個人の生業にもできる」と「LIBRARY」にかける織田氏の期待は大きい。「何よりも、途上国で気候変動や災害に苦しんでいる人たちが、サイトを通じて、少しでも明日のリスクにお金で備えられる状態になれば」とその思いを語った。

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