グローバルな社会課題に足元から解決策を探る――サステナブル・ブランド国際会議2024東京・丸の内1日目

第8回サステナブル・ブランド国際会議2024東京・丸の内が2月21日、2日間の日程で始まった。今年のテーマは、「Regenerating Local(リジェネレイティング・ローカル)―ここから始める。未来をつくる。」。昨年に続いて東京・丸の内の東京国際フォーラムを主会場に、延べ約5000人が参加し、気候危機や生物多様性の損失など深刻化するグローバルな社会課題に対して、足元から解決策を探ることの重要性について、国内外のリーダーによる基調講演や多様なセッションを通じて考える。ここでは初日のプレナリー(基調講演)を速報する。 (サステナブル・ブランド ジャパン編集局)

初めに、主催者を代表してサステナブル・ブランド ジャパンの鈴木紳介カントリーディレクターが挨拶。博展がサステナブル・ブランド ジャパンを運営し、2017年から毎年国際会議を開いてきたこの間の日本企業の変化を、「サステナビリティを推進している方々が、ブランドや経営の中心に移ってきた」と実感を込めて振り返り、「サステナブル・ブランドは、企業がより高い次元を目指して変革発展をしていくために不可欠な条件を見出し、その実現に向けて支援するプラットフォームであり続けたい」と決意を語った。

すべての核兵器がなくならない限り、核の脅威からは逃れられない

そして今年のプレナリーは、すべての前提となる平和について考えることから始まった。登壇したのは、核兵器禁止条約を推進するKNOW NUKES TOKYO代表で大学生の中村涼香氏だ。

冒頭、スクリーンには「12520」という数字が映し出された。中村氏は「これが何の数字か?」と会場に問い掛け、一瞬の間を置いて「世界に存在している核兵器の数だ」と説明した。

核兵器が使われると世界規模の飢餓が発生し、気候は氷河期に戻るなどと言われる中、人類はなぜ核兵器を手放せずにいるのか――。中村氏は、「現実的な脅威」と表現される北朝鮮の核ミサイル開発や中国の軍事力強化など安全保障上の課題が、「核の抑止力は必要だ」という考えにつながっているとした上で、「現実的な脅威は違うところにも存在している」と指摘。新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るった2021年、800億ドルが核兵器産業に費やされたことを示し、「この莫大な資金が医療機関や医療従事者に使われていたら、どれだけの命を救うことができたか」と訴えた。

黒人差別撤廃や女性参政権の獲得など、これまでにも社会は「理想を掲げて前に進んできた」。それと同じように、「実現可能性よりも理想を追求すべき」であり、「すべての核兵器がなくならない限り、核の脅威から逃れることはできない」と核兵器廃絶を力説する中村氏自身、祖母が長崎で被爆した被爆3世だ。

活動を持続的に継続するため、核兵器廃絶に向けて起業する準備を進めているという中村氏は、最後に、会場を埋めた参加者に対して「ぜひ理想の世界を語ってください。今から100年後、今を振り返った時に『正しい』と思える選択を重ねていきましょう」とスピーチを締めくくった。

リジェネレイティング・ローカルは自然とのつながりを再構築することから始まる

米カリフォルニアから来日したサステナブル・ブランド創設者のコーアン・スカジニア氏は冒頭、健全で持続可能な未来を実現するために、テーマ「リジェネレイティング・ローカル」を参加者とともに探求できることを嬉しく思うと挨拶した。スカジニア氏は、2023年を「世界の多くの人にとって困難な1年だった」と振り返り、その理由として、気候変動による自然災害の増加、生物種の喪失、人権侵害、戦争やその脅威の増加、物価高騰、社会的結束の低下、若者の精神的健全性の低下、A Iのリスクなどを挙げた。しかし、スカジニア氏は、こうした時代だからこそ「課題に正面から向き合い、想像力と勇気、前向きな考え方をもって対応することが重要だ」と強調した。これはサステナブル・ブランドの理念の一つでもある。

世界が直面している課題を解決し、望む未来を実現するためにいま必要なことがリジェネレイティング・ローカルだ。テーマには、企業がさまざまな形で関わりを持つ地域“ローカル”の生態系や社会の仕組みを再構築することから始めていこうという意味が込められている。困難な課題に対処していくには、一人ひとりがそれぞれの立場でローカルに根ざした解決策を模索することが大切だ。スカジニア氏は「リジェネレイティング・ローカルは、私たちが深く依存し、本来は人間もその一部である“自然”に対する感謝の気持ちを取り戻し、自然とのつながりを再構築することから始まる」と語った。

ネクタイを外し、素の自分になった時、どんな商品と暮らしたいか

良品計画の代表取締役会長 金井政明氏は「素の自分に」と題し、「無印良品」を展開する同社の経営理念や哲学について講演した。1980年代に誕生した無印良品は一貫して、無駄を「徹底的に削ぎ落とした」商品を企画・製造販売している。その根幹にあるのは「過剰な消費社会に対するアンチテーゼ」と、企業理念でもある「感じ良い暮らしと社会」の探究で、創業時から「傷ついた地球の再生」や「快適・便利追求の再考」といったサステナビリティに通じる考え方を掲げている。

金井氏は「経営はどうしても資本の論理に向かいがちだ」として、経営とは一線を引くクリエイティブチームがアドバイザリーボードという形で「軌道を修正する」仕組みを続けてきたことを紹介し、話は商品開発の背景へ。ややもすると、過剰な消費がつくりだされている空気感のある社会にあって、「(消費者が)家に帰ってネクタイを外し、家族だけや自分1人になった時、どんな商品と暮らしたいか」という、いわば「素の自分へのマーケティング」を通して、数々のヒット商品を世に送り出してきたことを語った。

無印良品は今や世界で1200以上の店舗を構えるが、小売業でよく見られるチェーンオペレーションではなく、その特徴は「思想を共有した個店経営」にあるという。具体的には「地域に巻き込まれて、小売の仕事だけではない『超小売』」として、さまざまな周辺事業やサービスを推進する」店舗像を挙げ、「お客さま、株主さま、取引先さま、地域社会と対話し、経済・環境・文化がバランス良く支え合っている社会を一緒になってつくっていきたい」と熱弁した。

生物多様性への影響開示は、経営のリスクと機会を指し示す

足立直樹・SB国際会議サステナビリティ・プロデューサーがファシリテーターを務めるパネルディスカッションのテーマは、「経営課題としての生物多様性」。パネリストには、花王のESG活動推進部部長を務める高橋正勝氏と農林中央金庫コーポレートデザイン部部長の野田治男氏、WWFジャパン事務局長の東梅貞義氏が登壇し、企業と金融機関、NGOの三者三様の立場で話した。

東梅氏は、2015年のパリ協定後にほぼすべての企業がカーボンニュートラルを重要な経営課題と認識するに至ったのと同様に、2030年に向かって生物多様性を回復させることは「大きな政治合意」であり、生物多様性への影響を開示することは「経営のリスクと機会を指し示すことだ」と解説。

高橋氏は花王が洗剤の原料となるパーム油の調達を巡り、サプライチェーンの最上流に位置する小規模農園の収入を安定化させる取り組みを進めていることなどを説明し、「本質的に森林破壊をどう止めるかという観点で、現地に根差した対策が重要だ」と強調した。

一方、農林中金は、昨年9月に最終提言が発表された、生物多様性の情報開示のための枠組みである、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)に農林水産業を基盤とした金融機関として参画している。これについて野田氏は、「自然に強く依存している農林水産業の方々にどう資金を提供していくかは大命題。我々がやらずに誰がやると言った気概で取り組んでいる」と意気込みを語るとともに、「これからは気候変動と自然資本を結合し、どう向き合うかが経営として重要。金融機関としてもそこをしっかりと把握し、応援の気持ちで投資していきたい」とする見方を表明した。

企業には地域コミュニティとつながる義務がある――SBタイのリジェネレーション

「アジアのリジェネレーション」と題した対談セッションには、足立氏とサステナブル・ブランド タイの責任者を務めるシリクン ヌイ ローカイクン氏が登壇。タイで2023年に「食と未来」をテーマに開かれたサステナブル・ブランド国際会議では、首都バンコクでの講演・セミナーのほか、地方のチャンタブリー県に移動して環境再生型農業(リジェネラティブ・アグリカルチャー)の現場を訪ねるワークショップなどが行われたことを紹介し、ローカイクン氏は「真にサステナビリティを実現し、地域経済を再生しようと思うのであれば、地域コミュニティとつながることが非常に重要であり、企業・ブランドにはその義務がある」と語った。

さらに、リジェネレーションをどう捉えているかについて足立氏が質問すると、ローカイクン氏は、環境や社会を回復させていく「リジェネレーション」の実践においてまず重要なのは「経済や壊れたシステムを治癒(heal)することだ」と答えた。「大きな企業の場合はどうすればいいか」との足立氏の問いには、「企業が成長を望むのであれば、社会や自然も同時に成長できるようにしなければならない。ビジネスを続けるために自社を改革する必要がある。そして、一人ひとりが自分自身をリジェネレートすることが必要だ」とした。

また、ローカイクン氏は、リジェネレーションは決して新しい考え方ではないとし、長らく自然と密接に生き、仏教が広く伝わるタイ人や日本人にとっては「新しい言葉だが、古くから行われてきた慣習。日本の人なら上手くやれるはず」と参加者の背中を押した。

水素を「つくる・運ぶ・ためる・使う」の流れが着実に

初日のプレナリーの最後を飾ったのは川崎重工業の執行役員・水素戦略本部副本部長の山本滋氏。「水素社会の未来と現在地〜世界をリードする日本、技術で挑むKawasaki」と題し、同社が進める水素戦略を解説した。

山本氏は、海外から大量の水素を運ぶ全長300メートル級の大型タンカーの計画図を映し出しながら、エネルギーとしての水素の可能性について「軽くて豊富にある」「無色で毒性もなく、CO2を出さない」「水を含め、さまざまな資源から作ることができる」「長距離輸送が可能だ」と次々に長所を挙げ、つまりは、「エネルギーの安定供給に向けた切り札になるとされるのが水素だ」とした。

日本は世界の中でもいち早く、2017年には水素基本戦略を策定するなど、この分野において世界をリードしている。その中にあって、川崎重工は2010年の時点で、水素を液化し、海外から大量に運び、ためて、使う「水素サプライチェーン構想」を打ち出した。同社は種子島にあるロケット用の液化水素貯蔵タンクを約40年前から運用しており、そうした知見を結集して「水素を運ぶ」技術を培ったのだ。

その実証船となる全長約100メートル「すいそ ふろんてぃあ」は、2021年12月から2022年2月にかけて日豪間を往復し、世界の注目を集めた。マイナス253度で液化し、気体の800分の1にして運ぶという、「まさしく水素を運ぶ魔法瓶のような技術」であり、これを商用化するプロジェクトが、まもなく建造予定の大型タンカーによって進められる。

運んできた水素を「使う」方法についても、同社自身が水素発電や、水素を燃料とする航空機や船、オートバイなどの開発に他社と連携して取り組むなど、「つくる、運ぶ、ためる、使うの流れが着実にできている」という。

最後は「2010年には多くの人が夢物語と思っていた水素社会が、カーボンニュートラルを目指す仲間を得たことで実現に近づいている。使い手は皆さん一人ひとりであり、脱炭素経営の手段の1つとして水素を検討していただけると幸いだ」と呼びかけた。

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