窮状にあえぐ現実 コロナ禍、物価高騰が拍車 貧困の中にいる子育て世帯の状況どう見る? 宮本教授に聞く 希望って何ですか 第2章特集ーあるべき笑顔を求めー

宮本太郎氏

 子どもの貧困率が改善しながら、少なくない親子が変わらぬ困窮状況にあえぐ現実がある。新型コロナウイルス禍や物価高騰が、相対的貧困の中にいる子育て世帯に追い打ちをかける状況をどう見るのか。福祉政治、福祉政策に詳しい中央大法学部の宮本太郎教授に聞いた。

■政策 取り組みは届いているか

 いろんな解釈の仕方があるが、子どもの相対的貧困率が下がっていること自体は喜ばしい。しかし、日本全体が貧しくなっているという事実がある。日本の子どもがいる世帯の可処分所得は、ドルでの購買力平価に換算すると、欧米はもちろん、韓国や台湾と比べても低くなっている。

 政府は異次元の少子化対策を打ち出しているが、そもそも所得が低い世帯は子どもを持つことが困難だ。相対的貧困率が下がっている流れの中で、むしろ子どもの貧困が見えにくくなっていることを踏まえると、少子化対策は空回りしかねない状況だ。

 この10年間、貧困が解消したかは別として、取り組みは明らかに進んだ。例えば、2015年に生活困窮者自立支援制度が始まった。子どもの貧困についても大綱が策定されるなど、大事な課題と捉えられるようになった。NPO法人や事業者らと連携を強めて、問題に対して本格的に取り組もうとする自治体も出てきた。何もされてこなかったということでは決してない。一方で、取り組みがどこまで届いているのか、なぜ届かないか、ということを見ていく必要がある。

■支援 制度のはざまに2千万人

 安定した仕事に就けず社会保険に入れない。かといって福祉の受給条件にも合致しない。そういった二極化した制度のはざまにいる「新しい生活困難層」が急増している。ワーキングプアよりも、もう一回り大きく捉えた言葉。非正規雇用やひとり親世帯、軽度の知的障害などの困難を複合的に抱えているケースも少なくない。

 大体何人くらいの規模感なのか。住民税非課税世帯は約1214万世帯。生活保護を受給している約160万世帯を除くと、1千万強くらいの世帯数となる。多くの年金をもらっている高齢世帯や、課税されているが厳しい状況にある若年層などもいる。そのため、ぴったり当てはまる訳ではないが、おおよその近似値として2千万人ほどの規模感で見ていかないといけないと感じる。

 この「新しい生活困難層」の存在をはっきりさせたのは、新型コロナウイルス禍だった。頼る制度がほとんど無い中で、唯一頼りになったのが、コロナの影響で休業や失業し、収入が減った世帯に無利子で生活費を貸し付ける「生活福祉資金特例貸し付け」。

 従来の貸付件数は年間1万件ほどだったが、20年4月から22年9月の間、380万件に上った。女性や若者の申請も増えた。住民税非課税世帯を中心に償還免除される人もいるが、全体の3割程度に過ぎない。つまり、日本で支援が一番届いていない人たちが、国に借金を返しているのが現状だ。

 「新しい生活困難層」と一口に言っても、それ自体がとても多様だ。だからこそ、ニーズをすくい上げることが至難の業でもある。包括的な相談支援といったワンストップの窓口ができたとしても、なかなか足が向かないのではないか。誰もが声を上げられるように地域に多様な相談の機会を設けていくことが一つのポイントだ。

■就労 制約に合わせた働き方を

 ベーシックインカムや給付付き税額控除を、社会保障政策の柱に据える政党も出てきた。

 給付付き税額控除については、所得をどう捕捉するかという問題と、確定申告をする人が増えるため、どう業務をこなすのかという問題がある。

 同制度の一例を挙げると、米国では低所得層の労働意欲を高め貧困の解消を図ろうと、一定の所得までは勤労所得に一種の「補助金」を与える勤労所得税額控除を、連邦政府が実施している。これ以外に20の州で、独自の給付付き税額控除をしている。

 つまり、条件が整えば栃木県内で地方税を活用した給付付き税額控除を導入することも考えられる。住民税を非課税にするのではなく、そこに給付するという形。

 一方で、給付付き税額控除は、ある程度みんなが働けることが前提となる。働く機会をどう確保するかが重要だ。

 「制約社員」という言葉がある。働く場所や時間、従事する仕事内容などの労働条件について何らかの制約がある社員のことだ。この言葉が物語っているのは、日本では、無制約であることを前提に働かせる就労環境だということだ。

 新卒で正社員を一括採用し長期雇用するメンバーシップ型雇用や、必要なスキルを持つ人材を採用し、成果重視で処遇するジョブ型雇用の2択になっているが、子育てや介護、メンタルヘルスなど、その人の制約に合わせた、オーダーメード型の働き方を広げていかないといけない。

 ただ、それで生活をするのに十分な給与を得ることができない人たちは多く出てくる。その時に、給付付き税額控除などとかませて生活が成り立つ形を作ることが急務だ。

◆中央大法学部 宮本太郎教授◆

 中央大大学院法学研究科博士課程修了。ストックホルム大客員研究員、北海道大大学院法学研究科教授などを経て2013年から中央大法学部教授。専攻は福祉政治、福祉政策論。

◇23年消費者物価指数3.1%上昇 家計を圧迫◇

 子どもの相対的貧困率が改善傾向にある一方、近年は物価高騰が国民生活を直撃している。総務省の最新のデータによると、生鮮食品を除く全国消費者物価指数の2023年平均(20年=100)は、前年比3.1%上昇の105.2となった。

 第2次石油危機の影響で3.1%上昇した1982年以来41年ぶりとなる高い伸びとなった。上昇は2年連続で、22年の2.3%から拡大した。

 物価高は、ロシアによるウクライナ侵攻を受け、資源や原材料の価格が高騰したことに加え、円安進行により輸入品の価格を押し上げていることが主な要因。食料を中心に値上げが広がり、家計への負担増が続いている。

 宇都宮市の指数は全国と同様に推移しており、生鮮食品を除く総合指数の23年平均は、前年比3%上昇の104.9だった。

宮本太郎氏
宮本太郎氏

© 株式会社下野新聞社