被爆前の日常をカラー化写真でよみがえらせる「記憶の解凍」 女子大生が取り組む新たな記憶の継承に迫る

来年、戦後80年を迎える。戦争を直接体験した世代の多くが旅立ち、記憶の継承が大きな課題となっている。そんな中、広島市出身の大学生である庭田杏珠さんは、高校生の頃から取り組む「記憶の解凍」で注目を集めている。

「記憶の解凍」は、現在広島平和記念公園となっている旧中島地区の戦前、戦中期の人々の日常を、白黒写真をカラー化することでよみがえらせるという試みだ。全国各地で写真展が開催され、写真集の出版もされた。そんな庭田さんも、今春、東京大学を卒業する。最近の活動の様子と、今後の展望を伺った。

「この1年間は、海外に向けての発信にも努めました。きっかけは、昨年5月のG7広島サミットです。各国の首脳陣は平和記念公園を訪ね、慰霊碑に献花をしました。これはとても意義があることだと思います。一方で、どれだけの方が、この地にかつてあった中島地区の失われた日常に思いを馳せただろうかと感じました」

そこで庭田さんは、へいわ創造機構ひろしまによるG7広島サミット レガシー・プロジェクト「若者たちのピース・キャラバン」に応募した。これは、広島を中心とした日本の若者を日本を除くG7各国に派遣し、現地の若者と対話・交流するプログラムだ。2コースあわせて全国から100人近くの応募があり、そこから庭田さんを含め5人ずつ選出された。

若者たちのピース・キャラバン参加者たちと

「私は、イギリスとフランスに派遣されました。各国でプレゼンテーションをしたり、ロンドンの帝国戦争博物館などの展示を見たりしました。現地の学生との交流の中で、私の『記憶の解凍』の取り組みについてお話しすると、誰も被爆前の日常という視点を持ち合わせておらず、たくさんの方に共感いただきました。イギリスの発表の際の司会者の方は『I'm speechless(言葉も出ない)』と言っていました」

9月末には、高校時代の恩師の知人であるスタンフォード大学教授との再会をきっかけに渡米。教授の母と直接対話しながら、彼女が幼少期を過ごした日系アメリカ人収容所での写真のカラー化に取り組むことになった。

「海外で初めて『記憶の解凍』に取り組みました。特に印象的だったのは、ポストン収容所で1945年7月に撮影された写真です。子どもたちは、人種差別という強制収容の背景も知らず、戦況も知らされず、誕生日会ということで楽しそうにスイカを食べている。以前カラー化した、広島の旧中島地区にあった写真館の家族と親戚が原爆投下という運命を知らずにスイカを食べている写真と重なりました」

日米で撮影された2枚のスイカを囲んだ写真をみる庭田さんと教授のお母様

原爆は、立場が変わると視点も変わり、時には論争となることもある。これまで国内中心の活動だった庭田さんは、今回海外で活動をして、そのようなジレンマとぶつかることはなかったのだろうか。

「よく、リメンバーパールハーバーって言われませんか?って聞かれます。でも、そんなことはまったくないんです。こんな幸せな日常がたしかにそこにはあって、それが失われてしまったんだという事実に、そしてその日常が戦争によって奪われたことは世界共通だということに、各国の若者たちは共感してくれました」

イギリスでの対話イベント

いかにして、若い世代にこの記憶を伝えていくのか。カラー化写真集「

カラー化した濵井さんの家族写真(提供:濵井德三、カラー化:庭田杏珠)

「事前学習を通して、母校の園児たちには原爆投下前の日常を伝えました。そして、資料館は大切なものに『会える』場所だとも伝えました。私が『記憶の解凍』を始めるきっかけになった濵井德三さんとの思い出や、ご実家が理髪店だった濵井さんの家族写真の話を子どもたちはよく覚えていて、資料館で写真や理髪店内にかかっていた皿時計を見つけると歓声が上がっていましたね。子どもたちの平和学習の感想も、怖いという感情ではなく、自分と重ね合わせて、悲しいという感情や、写真に写っている人たちの笑顔への共感でした」

庭田さんが園児たちと資料館を訪れたのは、濵井さんの89歳の誕生日。しかし、その二日前に濵井さんは旅立っていた。そのことを庭田さんが知ったのは、資料館を訪ねた翌日だった。

濵井さんと庭田さん
園児たちと濵井さんの家族写真の展示をみる庭田さん

「原爆を体験した濵井さんから、原爆を知らない孫世代の私がたくさんのものを受け継ぎました。そして、私がまた次の世代に記憶を継承したそのタイミングで濵井さんは亡くなられた。なんだか運命的なものを感じましたね」

大学卒業後も、庭田さんは新しい表現に取り組みながら、受け継いだ記憶を伝え続けたいという。

聖心女子大学での展示にて

「まずは映画制作ですね。編集作業はこれからです。なんとか今年中に公開できればと思っています。『記憶の解凍』は、戦争や平和に関心がない人にも『自分ごと』として想像し、共感するきっかけを作りたいという思いで取り組んできました。これからもこのテーマを探究し続けるのが私の使命だと感じています」

谷村一成

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