商業登記規則の省令改正問題、与信態度が硬化も 金融・保険業の5割超が「与信管理がしにくくなる」と回答

「商業登記、代表者住所の非公開に関する」アンケート調査

商業登記簿に代表者の住所が記載されなくなるかもしれない。商業登記規則の省改正令は、6月3日施行の予定で、すでにパブリックコメント受付も終了している。果たして、予定通り実施されるのか。
東京商工リサーチは2月1日から8日、企業向けアンケートを実施した。金融・保険業では、住所の非公開は「与信管理がしにくくなる」との回答が5割超(51.2%)あった。倒産が増勢を強め、リスクマネジメント強化が課題に浮上するなか、代表者の住所非公開は取引先の与信引き下げなど商取引にも影響が出そうだ。

商業登記簿で確認できる代表住所に関し、プライバシー保護は論をまたない。これまでも住所を本社や社宅などに登録し公表を避ける経営者もあり、起業をためらう人もいる。だが、住所を行政区画(市区町村)までの表示とするデメリットは大きい。与信面で問題のある人物と、代表者が同一人物か調べる時、氏名と住所、可能ならば生年月日で確認する。氏名だけでは同姓同名も多く、住所が非公開になると確認は非常に難しい。逆に、別人が推定される事態も懸念される。

アンケート調査は、インターネットで企業を対象に実施し、4,555社から回答を得た。非公開となった場合の影響について、与信管理が「大変しにくくなる」が4.7%、「少ししにくくなる」は18.0%だった。全体では「与信管理がしにくくなる」は合計22.8%だったが、与信管理を徹底する金融・保険業は51.2%と半数を超え、業種によって影響の度合いは濃淡が大きい。

得意先の代表者住所が非公開になると、「営業担当者による動向把握」や「信用調査の回数を増やす」などの与信強化の回答が多く、コストアップは避けられない。また、所有する自宅不動産が無担保でも、非公開で確認できない場合、与信額引き下げなどのマイナス面も強まる。与信低下を避けるため、非公開の申請を躊躇する代表者も出てきそうだ。

※ 本調査は、2024年2月1日~8日にインターネットによるアンケート調査を実施し、有効回答4,555社を集計・分析した。
※ 資本金1億円以上を大企業、1億円未満(個人企業等を含む)を中小企業と定義した。
※ 調査は今回が初めて。


Q1.法務省は商業登記簿(登記事項証明書など)の代表者住所について、非公開を可能とする省令改正を検討しています。非公開となった場合、貴社の与信管理への影響はどのように考えますか?(択一回答)

◇「与信管理がしにくくなる」が22.8%
代表者住所が非公開になった場合、「与信管理が大変しにくくなる」は4.7%(217社)、「少ししにくくなる」が18.0%(823社)で、影響が出るとの回答は22.8%(計1,040社)だった。
規模別では、「与信管理が大変しにくくなる」が大企業6.7%(458社中、31社)、中小企業4.5%(4,097社中、186社)だった。「少ししにくくなる」が大企業27.2%(125社)、中小企業17.0%(698社)で、影響が出るとの回答は大企業が12.5ポイント高かった。
大企業は、取引先に関する信用調査やコンプライアンスチェックは欠かさず実施する。代表者の住所非公開は与信管理のコストアップを招き、中小企業の飛躍の目を摘む事態も想定される。

産業別 与信管理が「しにくくなる」は「金融・保険業」の51.2%が最高

Q1の回答を「大変しにくくなる」「少ししにくくなる」「影響はない」「(大変、少し)やりやすくなる」の4つに分類し、産業別で分析した。「大変しにくくなる」が最も高かったのは「金融・保険業」の20.5%(39社中、8社)、次いで「農・林・漁・鉱業」の15.3%(26社中、4社)が続き、この2産業が10%超だった。2産業は「少ししにくくなる」も30%超で、影響が最も出そうだ。
対して、「大変しにくくなる」が最も低かったのは、「運輸業」の2.92%(171社中、5社)で、「製造業」も2.96%(1,347社中、40社)だった。

Q2.代表者住所が非公開となった場合、販売先(得意先)に対する貴社の与信態度はどうしますか?(複数回答)

回答が最も多かったのは、「営業担当者による動向把握を綿密にする」が63.7%(859社中、548社)で、「信用調査の回数を増やす」が41.0%(353社)で続く。住所を非公開にした理由の把握や、信用調査による確認などの与信強化も目立った。
また、「与信限度額の引き下げを検討する」が16.9%(146社)、「取引信用保険の活用を検討する」が16.0%(138社)、「代表者保証の徴求を検討する」が15.0%(129社)、「新規取引(口座)の開始(開設)を絞る」が11.0%(95社)、「不動産など物的担保の要求を検討する」が9.4%(81社)など、非公開にすることでコストアップと審査の煩雑さを招くことが想定される。


省令案の意見について、日本弁護士連合会は「詐欺商法といった消費者被害を救済するための調査では一定の公開が必要。迅速に代表者の住所を知り得ないと会社を特定できない」などと表明。弁護士が住所情報にアクセスできる仕組みを求めている。
東京司法書士会は「代表の住所が非表示となった登記事項証明書では法人の本人確認資料として不十分で取引現場で混乱する可能性がある。非公開を講じられても資格者代理人が申請すれば確認できる仕組みを新設すべき」とした。
これまで与信管理の基本だった代表者の住所情報だが、省令改正が決定すると審査部門や金融機関の業務は大きく転換する。特に業歴が浅かったり、信用力の乏しい企業にとって与信上のマイナス面が懸念されている。

© 株式会社東京商工リサーチ