「まだあなたは子供を産んでないようだね」義実家で地獄の年末年始…義母の“嫁ハラ”から逃げる方法

景色が流れていく度、夏子のため息はどんどん深くなっていく。

そのたびに車の窓は白く曇った。

隣で運転をしている夫の徹は何も分かっていないのか、軽快に運転をしている。

「夏子、どうしたの?そんなに暗い顔をして」

「そりゃ、こんな顔にもなるわよ」

今、夏子たちが向かっているのは徹の実家だ。年末年始は必ず徹の実家で過ごすことが習わしとなっている。

古くから続く名家のようで、多くの親族が集まり、夏子もその一員として参加をしていた。

「何も嫌な事なんてないだろ? 年末年始の忙しいときにさ、おいしいものを食べて、ダラダラしているだけでいいんだから」

「それだけなら、私だってこんな風にならないわよ」

ほんと、いい気なもんね。夏子は心の中で夫を毒づく。

徹の実家に着けば、必ずあの話題に触れざるを得ない。そのときに自分がどう立ち振る舞うのか夏子は助手席でそのシミュレーションを繰り返していた。

そうこうしているうちに徹の実家に到着する。2人で玄関に向かうと、徹の母のハツと夫の妹の宮子が出迎えてくれた。

「あらあら、よく帰ってきたね~」

「運転、疲れたでしょ? 部屋に荷物置いたら客間に来て。おいしいお菓子があるから」

ハツと宮子は笑顔で声をかけている。しかし2人の視線に自分が入っていないことにはすでに気付いている。

「お久しぶりです。お義母(かあ)さん」

仕方なく、夏子は声をかけた。するとハツは柔和な表情を止めて、真顔になる。

「ああ、どうも」

それだけしか言わなかった。宮子は夏子の存在など端から感じてないとも言うように部屋の奥に戻っていった。

この出迎えの雰囲気だけで、暗たんとした気持ちになった。

あなた、子供が嫌いなのかい?

それから荷物を置いて、客間に向かうとそこにはもう夫の親族たちが数多くそろっていた。そして全員が近況報告を大きな声でしている。

夏子はいつも以上に夫と距離を近づけて、隣同士で座る。できれば全ての話題が夫に向かっていけばいいと心から願っていた。

庭では子供たちが楽しそうに遊んでいる。それを見ていることだけが唯一の救いだ。

そしてすぐに食事が出される。料理を作るのはハツと宮子。宮子はこの家で旦那と娘の莉奈と暮らしている。

2人とも料理は上手で、今回出された料理はこれまた豪華なものだった。夫は2人の料理を楽しみにしていて、とてもうれしそうに舌鼓を打っている。それも普段家で料理を作っている夏子からすると腹立たしい。

そして肝心の夏子だが、どれだけおいしい料理を出されても全く食欲が湧かない。とにかくこの場が早く終われと願いながら、無心で料理を口に運んでいた。

そして全員が料理に満足をし終えると、また歓談の時間になった。

そこでも夏子が気配を消していると、いよいよ例の話題が始まる。

口火を切ったのはハツだ。

「あんたのところの子供は幾つになったの?」

ハツは親族の子供たちの年齢を1人1人確認していく。毎年確認しているのだから、いい加減分かるだろと夏子は心の中で突っ込む。

そして一通り聞き終わると、ハツの目が夏子に向けられる。

「夏子さん、まだあなたは子供を産んでないようだね?」

聞かなくても分かることをハツはわざわざ聞いてきた。

「……お義姉(ねえ)さん、子供ってね、本当にかわいいのよ」

宮子は薄っぺらい笑顔を夏子に向けてきた。

「……知っていますよ」

「あなた、子供が嫌いなのかい? でもね、人間の本分は子孫繁栄だよ。それを無視するっていうのはいかがなものかと思うよ」

「ですので、別に子供が嫌いっていうわけじゃないんですけど……」

この訂正も毎年している。どうにもハツと宮子は子供がいない理由が夏子にあると思い込んでいるようだ。

しかし実際は違う。これは2人で話し合った結果なのだ。夏子も徹も共働きで、二十代はとくに仕事に明け暮れていた。そしてお互いに子育てをする余裕などないという結論に至る。

もちろん、子供が嫌いというのはお互いにない。しかし仕事のほうを大事にしたかったのだ。少なくともその決定にお互い満足していたし、今の生活があるのもあのときの選択があったからだと思っている。

夏子はこの説明をだいぶ前にしているのだが、このときの記憶など誰も覚えていないらしい。この質問のたびに同じ説明をしたのだが、結局誰も覚えてくれないので、最近はもう諦めている。

「お義姉(ねえ)さん、やっぱり子供を産むって言うのは女に生まれたからには感じておくべき幸せだし、妻の務めだと私は思うんですよ……」

そして年々、宮子の当たりはキツくなっている。

「本当にそうだよねぇ。古川家の嫁としてはそんな自分勝手な考えでは困るんだけどねぇ」

「すいません、善処いたします」

もう何度この返事をしたことか。少なくとも年齢はもう40だ。これから出産というのは身体的にもキツくなっている。子育てをする体力だってないだろう。それをこの2人は分かっていない。夏子のことを機械か何かだと思っているのだ。

「確かにそれは問題だなぁ。子供は産んでもらわないとなぁ」

するといつもは興味を示さない義兄が話題に入ってきた。顔が赤いので相当酔っ払っているように見える。

「どうだ、2人とも、どれくらいの頻度で子作りはしているんだ?」

夏子はその質問に衝撃を受けた。すると他の親族連中も興味を示し、根掘り葉掘り聞こうとしてくる。

夏子はテーブルをひっくり返して怒りをぶちまけたい衝動に駆られた。しかしそれを何とか堪え夫の顔を確認する。

「嫌だな、勘弁してくださいよ~」

夫はヘラヘラと笑いながら、そんな曖昧な返事をするだけ。

そんな態度に夏子は1人ため息をついた。

義母と義妹の関係

夏子は隙を見て、トイレに行くと言ってその場を離れる。そして玄関を出て外の空気を吸った。

「夏子叔母さん、久しぶりだね」

振り返ると莉奈の姿があった。莉奈は親戚の子供たちの中で最年長で、いつも子供たちの面倒を見る係だった。

そのためか、普通の10歳よりもかなり大人びて見える。

「大変だね。皆からいじめられて」

莉奈の言葉に思わず苦笑する。

「ははっ、そんなことないよ」

「そんなことあるよ。お母さんね、いつも家ではおばあちゃんにしかられているから、今日はその分のストレス発散で叔母さんに当たってるの。ホント、この日のお母さんもおばあちゃんも私は嫌い」

それを聞き、夏子は少し納得をした。

なるほど、決してあの2人は関係が良好というわけではないのか。

何となく夏子は自分が責められる理由を理解した気がした。

そうなると少しだけ怒りが静まっていく。

「私も叔母さんみたいにずっと仕事をバリバリできるキャリアウーマンになりたいんだ!」

莉奈はそう言うと、また子供たちの輪に戻っていく。

その言葉は夏子にとってなりよりの栄養剤だった。

●夏子はこの地獄のような義実家で年末年始を乗り切れるか? 後編【子供たちが山で行方不明に…親族一同あ然となった義母の“無慈悲すぎる”決断にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

梅田 衛基/ライター/編集者

株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。 マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。


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