大阪は「笑いの聖地」でなくなったのか? 相次ぐ芸人の東京進出

2023年春、吉本興業の若手芸人たちが多数所属する大阪の「よしもと漫才劇場」(通称:マンゲキ)から、ロングコートダディ、ニッポンの社長、マユリカらが東京進出のために卒業を発表、激震が走った。同劇場のエース格が一気にいなくなること、そして6組という数の多さに驚いたのもつかの間、今年春の「卒業劇」はさらなる衝撃と言って良いかもしれない。

文/田辺ユウキ

笑いの殿堂「なんばグランド花月」

この春には、すでに全国区となっていることから東京進出が有力視されていたさや香、ビスケットブラザーズは頷けるとして、リーダー的な役割で「マンゲキ」を引っ張った滝音、kento fukaya、『M-1グランプリ2023』敗者復活戦で健闘したヘンダーソン、『R-1グランプリ2023』チャンピオンの田津原理音、また芸歴6年目の若手まで、10組を超える芸人らが東京行きを決断している(2月24日時点)。

2年連続の大阪勢の「大量卒業」を受けて、「心臓がもたない」「卒業しすぎちゃう!?」など、悲鳴にも似た感想をSNSで投稿するなにわのお笑いファンが目立った。

■ かつて言われていた「大阪の笑いは箱根の山を越えられない」

東京進出のメリットを本記事で詳しく書く必要はないだろう。ただ40年以上前は、横山やすし・西川きよし、桂三枝、笑福亭仁鶴らはいたものの、それでも東京の芸能界では「大阪の笑いは箱根の山を越えられない」と言われていた。それを島田紳助・松本竜介ら新世代が切り開いて変えていき、ダウンタウンがトップの座をつかんだ。大阪芸人が東京で成功を勝ち取るのは悲願だったのだ。

知名度を上げたり、実力が認められたりすることだけではなく、ギャラ事情にも大きな夢があった。吉本興業前会長の大崎洋氏は自伝『笑う奴ほどよく眠る 吉本興業社長・大崎洋物語』(2013年/常松裕明著)のなかで、1980年代のテレビ番組のギャラ相場について、大阪が若手芸人4組で合計20万円であれば東京なら200万円だと明かしていた。そういった点も含めて「やっぱ、全部ここに集中してるんや」と東西のギャップにがく然としたという。

2024年春より東京所属となる、お笑いコンビ・さや香(左から新山、石井)

メディア出演時の反響もやはり東京は強い。さや香の新山も、バラエティ番組『ロンドンハーツ』(2023年3月7日放送/テレビ朝日系)で「コンビでの関西1時間番組より、(自分が)ピンで東京15分番組に出る方が反響は大きい」とコメント。聞く人が聞けばショックな発言だが、しかしそれが現実でもある。たしかに「マンゲキ」の2023年卒業組も、ロングコートダディ、マユリカなどは全国的なメディアへの露出が格段に増え、すっかり売れっ子になった印象だ。

■ 「若い頃は窮屈やったけど…」さまざまな思い

では、大阪が東京進出の踏み台なのかというと、もちろんそんなわけではない。自他ともに認めるように関西は笑いに厳しい土地柄であり、なにより大阪ミナミの「なんばグランド花月」には連日一線級の芸人が舞台に上がっている。今も昔も関西が「笑いのメッカ」であることは間違いない。

また、大阪の劇場「マンゲキ」では名実上位の芸人が卒業していく分、若手がどんどん伸びている。誰かが卒業するたびに、ニュースターが誕生する若手層の分厚さにびっくりさせられる。それでもこうやって「大阪は良い、良い・・・」と言ってしまうのは、やはり多くの芸人が東京へ行ってしまうことへの寂しさがあるからにほかならない(笑)。

ただ、東京で大成功をおさめながら、近年は『おかべろ』(関西テレビ)、『なるみ・岡村の過ぎるTV』(ABCテレビ)など地元・大阪で再びレギュラー番組を抱えるようになったナインティナインの岡村隆史に『Lmaga.jp』がインタビューをおこなった際、このようなコメントを残している。

大阪の番組は「どう面白くできるか試される部分も多い」と語る岡村隆史(2017年撮影/上地智)

「東京はカッチリしている番組が多いなかで、大阪はノリとか、自由にやっていくというか。どっちもいいところはあると思うんです。若い頃は『こうしてください、ああしてください』って言われるのは窮屈やったけど、でも、この世界にもう20何年いますから。それなりの技術や経験がある分、『自由にやってください』と言われると楽しいんですよね」。

東京での活動の良さはもちろん認め、その経験があったからこそ現在の自分があると自覚したうえで、岡村は「大阪の方が気持ち的に絶対落ち着くんです」と語っていた。やはり、芸人として大阪でお笑いをやることは、いろんな意味で格別な思いがあるのだろう。現在「大阪離れ」が進んでいるように思えるが、それは決して正しい言葉ではなく、東京進出は「やっぱり笑いは大阪」と気づくためのひとつの過程なのではないだろうか。

また、『M-1グランプリ 2019』の王者・ミルクボーイが「漫才が一番がんばれる場所はどこかを軸に考えている」(『やすとものいたって真剣です』(ABCテレビ)より)と、引き続き大阪を拠点にすることを選択したのは、よく知られる話。笑いの殿堂と言われる「なんばグランド花月」でトリをとること、大阪の芸人にとって最高の栄誉のひとつ『上方漫才大賞』を受賞することなど、大阪でしかできない笑いもたくさんあるとした。

■ 「大阪は芸人を大切にしてくれる」という言葉

「大阪で活動するメリット」について印象的な意見を語ってくれたのは、ラランドである。筆者が2021年に「大阪進出」を果たしたラランドにインタビューした際、サーヤは「大阪は芸人を大切にしてくれる」と話していた。

東京の番組内容に関して、「テレビを観ていても『これって芸人がやらなくてもイイんじゃないか』みたいな内容ってあるじゃないですか。例えば『品物の良さをただただ紹介する』とか。それをやりたくないとかではないんですが、芸人より上手くできる方は大勢いると思うんです」と疑問を投げかけた。

一方で大阪の仕事は、「芸人としての腕が求められるものばかり」としていた。どんな場であっても、スタッフは「まだボケなくても大丈夫ですか?」と芸人側のやり方を尊重し、信頼を寄せ、そして力が引き出されるまで待ってくれるという。サーヤは「だから、お笑いがやりやすい」と大阪は好感触であると話していた。

もちろんラランドの場合、「東京での仕事もしっかり持っている」という前提があってのこと。ただそれでも大阪は、芸人としての「生身」が試され、純粋な笑いの勝負ができるのかもしれない。たとえばマユリカは『M-1グランプリ2023』決勝4位となったが、それは「東京進出」したからではなく、笑いに対する熱量が大昔からどこよりもある大阪の舞台に立ち続け、そこで力をつけていった賜物だと思われる。

また、『M-1グランプリ2023』で新王者となった令和ロマンが、さまざまなところで大阪(関西)と東京の笑いの違いについて考え、自分たちから京都の「よしもと祇園花月」に出演を頼んでいるというエピソードも象徴的。目標としている『M-1グランプリ』連覇や複数回優勝を達成するためにはこれまで以上の力を蓄える必要があり、その鍵は「大阪」「関西」にあると見ているのではないだろうか。

「M-1グランプリ2023」王者の令和ロマン(髙比良くるま、松井ケムリ)、大阪・枚方市の遊園地「ひらかたパーク」に登場し、大歓声を浴びた(2024年2月撮影)

書籍『東京芸人水脈史 東京吉本芸人との28年』(2023年/山田ナビスコ著)で、令和ロマンの髙比良くるまは「芸人になることは起業と同じ」と答えたことを指摘しているが、前述した大崎洋氏の自伝での述懐やラランドのサーヤのコメントを踏まえて考えると、ビジネス的でもある東京の一方で、大阪はより笑いに特化した環境であると言えるのではないだろうか。もちろんそれはどちらが良い、悪い、という話ではなく。

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