スイスの年金増額&定年引き上げ案、国民投票で否決の見込み 世論調査

定年引き上げのイニシアチブ(国民発議)は国民投票で否決される可能性が高く、65歳にとどまりそうだ (KEYSTONE)

スイスで3月3日に実施される国民投票2件に向けた世論調査で、年金支給額の増加案が支持を失いつつあり、否決される公算が大きいことが分かった。定年引き上げ案も否決される見込みだ。 年金だけで生計を立てるのが難しいスイス人が増えているという報道が相次ぐなか、「より良い老後生活のために」と称するイニシアチブ(国民発議)は投票日を前に支持を失っている。世論調査会社gfs.bernが21日発表した第2回世論調査では、現時点で「賛成」の人は53%と過半数を占めるものの、1月下旬の第1回調査(61%)から失速した。投票日までに反対派が逆転する公算が大きい。 反対派は8ポイント増え、43%になった。4%は態度未定だ。 労働組合が主導するこのイニシアチブは、老齢・遺族保険(AHV/AVS)の年間支給額を12カ月分から13カ月分に増やすことを求める。スイスでは労働者がボーナスとして年末13カ月目の月給を得ることが一般的で、これを年金受給者に広げるイメージだ。 国外在住のスイス人は大多数(68%)が増額に賛成している。ただ第1回の80%に比べるとやはり勢力に陰りが見える。 gfs.bernの政治学者ルーカス・ゴルダー氏は、「特にドイツ語圏で意見が激しく分かれている。在外スイス人はあまり議論に参加しておらず、それが賛成派の多い理由の1つかもしれない」と分析する。 世論調査詳細 2024年3月3日の国民投票に向けた世論調査はスイス公共放送協会(SRG SSR)の委託を受けgfs.bernが実施。2月7~14日に有権者1万9105人から回答を得た。標準誤差は±2.8%。 第1回調査は1月8~21日に実施された。 世代間で対立 年齢別でみると世代間の対立がはっきりと表れた。40歳未満の55%は増額案に反対する一方、40~64歳と定年世代の大多数は支持している。 このため各世代の投票率がイニシアチブの命運を左右する、とgfs.bernは予想する。ゴルダー氏は年金受給者に投票意欲の低下がみられ、これが否決をもたらす可能性があると指摘する。 「高齢者はたとえ増額案に賛成していたとしても、実現すれば若い世代に負担がかかることを認識している。このため棄権に傾きがちになっている」 社会階級間の違いも目立つ。高所得者層の大多数は増額案に反対しているが、高学歴者で支持を唱えるのは50%に過ぎない。 支持政党別では、右派と中道が増額案に反対している。国民党(SVP/UDC)と中央党(Die Mitte/Le Centre)の支持層は1月は賛成が優勢だったが、僅差で反対勢力に回りそうだ。 賛成派の論拠は支持 反対派が増える一方、老齢年金の増額が必要だとする論拠自体はなお有権者の過半数に支持されている。「インフレを背景にした高齢者の経済状況の改善」を重要視する人は、回答者の79%に上った。 対照的に、反対派の論拠の中で有権者の共感を得ているのは1点しかない。 支給額の引き上げは、社会保障負担金や付加価値税(VAT、日本の消費税)増税につながる可能性が高い。特に中産階級の生活水準に影響を与えかねない、という主張だ。 gfs.bernは国民投票の行方は予断を許さないとする。「否決への傾倒が続くか止まるかで結果は決まる」 増額案が最終的に可決されるには、有権者全体の過半数の賛成票を得るだけではなく、州単位でも賛成が反対を上回る必要がある。gfs.bernによると5州で賛否が定まらず、州の過半数が達成されるかどうかも読み切れない。1つだけ確かなのは、3月3日の投票結果は僅差になるということだ。 定年引き上げも否決へ 同じ日に投票にかけられるもう1つのイニシアチブも勝算はないことが、第2回世論調査で明らかになった。 青年自由党が提案した「安心で永続的な老後保障のために」は、男女の定年を2033年までに段階的に66歳に引き上げ、その後は平均寿命と連動させる内容だ。第2回世論調査では、前回より9ポイント多い63%が反対の意を示した。賛成は35%にとどまり、2%は未定。 賛否の比率は在外スイス人もほぼ同様で、反対62%、賛成34%、4%が未定だった。 急進民主党が孤立 支持政党別にみると、定年引き上げ案に賛成なのはリベラル右派・急進民主党(FDP/PLR)だけで、他はいずれも反対している。国民党はイニシアチブに賛成しているが、その支持層は今より長く働くことを望んでいない。 前回調査では大半が賛成派だった退職世代さえも、今回は反対に回る傾向がみられた。 賛成派の論拠はいずれも過半数の賛同を得られていない一方、反対派の主張は大多数が納得している。 回答者の71%は、定年引き上げ案は高齢者が再就職しにくい現状を考慮していないとの意見に同意した。 老後資産に余裕のある富裕層は引き続き定年前に退職できるため、定年引き上げにより社会的不平等が拡大すると考える人も70%に上った。 編集:Pauline Turuban、独語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:大野瑠衣子

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