「昭和のおじさん」は確かに『不適切にもほどがある!』が…「令和のコンプラ」社会も息苦しい

絶好調ドラマ『不適切にもほどがある!』の主人公のような「昭和の男性」にとって、現代は生きづらい時代だ。モラハラだと訴えられて意気消沈する管理職もいる。画像出典:TBSテレビ『不適切にもほどがある!』

金曜ドラマ『不適切にもほどがある!』(TBS系)が絶好調である。毎週、放送時間になるとX(旧ツイッター)には、その日の絶妙なセリフやシーンが投稿されていく。リアルタイムで観ている人たちも多いのだろう。 宮藤官九郎のオリジナル脚本を、これでもかと活かす阿部サダヲの演技、周りを固める仲里依紗、河合優実、磯村勇斗、吉田羊などキャストも魅力的だ。

主人公は令和の「不適切発言」を繰り返す熱血教師

1986(昭和61)年、中学の体育教師で野球部顧問でもある小川市郎(阿部)は、昭和を知る世代からすれば、ああ、こういう教師いたいた、というタイプ。 「地獄のオガワ」と恐れられる昭和の熱血教師であり、野球部では誰かがミスれば「連帯責任で全員ケツバット」「練習中には水を飲むな」「男のくせに女の腐ったのみたいなモヤシ野郎」と、現代のコンプライアンスではすべてNGとなる発言をかます男だ。それでも意外と生徒たちから嫌われてはいない。 その彼が、ひょんなことから令和の現代にタイムスリップしてしまう。スマホって何? コンプラって何? 彼にとってはわからないことだらけ。 行きつけの喫茶店のマスターが38年分も年をとっていて、だんだんタイムスリップしたことに判明してきて、あの若かった彼の子どもがあいつか……と、さまざまな謎が解けていく。 1986年といえばバブル前夜。80年代は“女の時代”とも言われていたが、株価が急上昇しただけでコンプラも何もなく、人々はただ浮かれていた。「24時間戦えますか」というキャッチフレーズで流行語大賞も受賞したリゲインのCMは88年。 働きまくり遊びまくっていた80年代後半が懐かしいと、昭和の小ネタ満載のこのドラマを笑いながら観ている50代後半の男性は多いらしい。 セクハラやパワハラ、モラハラなど関係なく言いたいことを言っていた昭和の男たちは、コンプラ全盛時代を息をひそめて生きている。そんな現代と、エンタメとしての機能を失ったテレビへの痛烈な皮肉が、これでもかと“かまされていく”のがこのドラマの魅力となっている。 誰もが息苦しさを感じている今、宮藤官九郎とTBSが思い切ったことをしたのではないだろうか。 毎度、ドラマの中で何度も流れるテロップ「今更ですがこのドラマには不適切な表現および喫煙シーンが含まれますが、時代による文化・風俗の変遷とその是非を問うことを主題としているため、あえて1986年当時のまま放送します」も、今の時代を逆手にとった見事な演出だ。

時代は「進化」して、人間関係はどうなった?

時代は「進化」していくものなので、必ずしも昭和がよかったとは思わない。酔ったオッサンが立ち小便するのは当たり前だったし、道端につばを吐くのも習慣になっていた。そういった公衆道徳が変わったのはつくづくいいことだと誰もが思っているだろう。 しかし一方で、人間関係はどうなったのか。 劇中、テレビドラマの撮影に立ち会った市郎が、インティマシーコーディネーター(ベッドシーンなどラブシーンを専門とするコーディネーター)を紹介されて、「なんで? 監督と俳優が直接話せばいいじゃん」と言うシーンがあった。そうなんだよね、直接話すことが減ったよねと深く納得する。 当事者同士で話すと傷つけ合うことになりやすいから第三者を入れることがあるのは撮影場面だけのことではない。 だが、たとえ傷つけ合ったとしても、当事者同士が話さなければことは進まない。第三者を入れることで些細な亀裂が大きなヒビとなり、修復不可能となって崩壊する可能性も大きいのだ。第三者を入れるべきときと直接話すべきときがあるはずだ。

言いたいことが言えないつらさ

「お調子者で愛嬌があり、周囲から愛されているうちの部長が、最近元気がないんですよ。どうやら他部署の女性からモラハラだと会社に訴えがあったようで……。『オレの発言、そんなにダメか』と落ち込んでいました」 そう言うのはユミさん(34歳)だ。彼女自身は平成生まれ。典型的な昭和の男である父親からは「今思えばセクハラ発言された」と言うが、発言だけを切り取って責めるつもりにはなれなかった。父はずっと彼女の味方でいてくれたからだ。 「部長もそうなんですよ。部下のためなら会社に盾突く、部下のミスを自分のミスだと取引先に言い張るなど、とにかく部下思い。父や部長を見ていると、人を見るときはトータルで考えたほうがいいんじゃないかと思う。 誰だって長所も短所もある。もちろんハラスメントは人権侵害だけど、中には笑えるハラスメントもあるんじゃないかという気がしています。個人の意見ですけどね(笑)」

プライベートに立ち入るのはハラスメントか?

隣の部署の部長は、いっさいハラスメントはない。本人が気をつけているのだろうが、その代わり、部下から部長に言いたいことも言えない雰囲気が漂っているという。 「人間関係の距離のとり方が、うちの部長と隣の部長とでは違うんだと思います。うちの部長は、プライベートには口を挟むわけではないけど、誰かが何か言うと『どうしてそう考えるに至ったのか』を聞きたがる。 そうやって話す中で、人間性やときにはプライベートな生活のことも漏れていく。それを嫌がる人は、たぶん隣の部長のようにあまり深い対話をせずに淡々と仕事を進めていくほうが合っているんでしょう。 人との距離のとり方なんて教えてもらってその通りにできるわけではなく、人と人との相性みたいなものなんだろうなと思います」 ユミさんが笑ってしまう部長の発言も、誰かにとっては許せないものとなる。こればかりはしかたがない。だからこそコンプライアンスが存在するのだろうが、そこからはずれてしまう人が出てくることも想定しておくべきなのかもしれない。 昭和と令和、対比してどちらがいいと言えるものではない。むしろ、野放図だった昭和と、きちんとしすぎている現代の間をうまくとるようなやり方はないものだろうか。 ものごとは白黒だけでは決められない。グレーゾーンをうまく取り込むのが日本の「いい加減」の気楽さではなかったのだろうか。

亀山 早苗プロフィール

明治大学文学部卒業。男女の人間模様を中心に20年以上にわたって取材を重ね、女性の生き方についての問題提起を続けている。恋愛や結婚・離婚、性の問題、貧困、ひきこもりなど幅広く執筆。趣味はくまモンの追っかけ、落語、歌舞伎など古典芸能鑑賞。 (文:亀山 早苗(フリーライター))

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