人生100年時代と言われる現代、多くの人にとって「介護」は他人事では済まされない問題なのではないでしょうか。そして、「親孝行のつもりで介護をすると、親も自分もだんだんつらくなる」といった状況に陥ってしまうようなケースが数多く見受けられます。 本稿では、川内 潤氏の著書『わたしたちの親不孝介護 「親孝行の呪い」から自由になろう』(日経BP)より一部を抜粋し、Mさん家庭の実例をインタビュー形式で紹介しながら、母娘間における適度な距離に基づく「親不孝介護」について詳しく解説します。
介護・看護での離職者数は女性が圧倒的に多い
介護・看護を理由とした離職者数は、女性の比率が圧倒的に高いのです。2020年厚生労働省「雇用動向調査」によると介護離職者は約7万人、うち働き盛りの30〜50代が3万9,000人なのですが、この年代で比較すると男性約7,000人に対して女性は約3万2,000人。60代以上を加えるとさらに差が開きます。
女性が、親(夫の親含め)の介護で離職することを避けるために『親不孝介護』の考え方はちゃんと役に立つのだろうか。働く女性で本音を語ってくれそうな人に読んでもらって意見を聞こうと、知人でめっちゃ仕事ができるビジネスパーソンかつお子さんもいる女性、Mさんに本を送りつけ、率直な感想を聞いてみることにしたのでした。
娘は「母親と距離を取りたい」と思う
編集Y:Mさん、女性自身にとってこの本はどうなんでしょう? 役に立ちそうですか?
Mさん:女性が自分の親に対してということですか?
編集Y:そうですそうです。
Mさん:うーん、「母と娘」と「母と息子」とでは、母親との距離感に違いがあるんじゃないでしょうか。たぶん娘は、正確には「私は」ですけれど、息子ほどお母さんをそんなに好きじゃないと思います。少なくとも私は、「なるべく実家に足を向けたくない、距離を置いておきたい」と思っていて、これが娘と母のよくあるパターンじゃないかなと。
川内:なるほど。
編集Y:ということは女性はわりと自然に「親不孝介護」ができている、もしくはできやすい?
Mさん:いや、そうでもないですよ。例えばこの本で、包括(地域包括支援センター)に「親を抜きにして相談しに行っていい」という話が、私にはすごく刺さりました。
なぜかというと「親と距離を取りたい、でも具体的にどうすればいいのかが分からない」んですね。というのは、いつも娘の背後には母親が“がしっ”とかぶさってくるものなんです。で、それは嫌なんだけれど、母親の存在を抜きにして物事を考えるのがなかなか難しい。
編集Y:「母と距離を取るための動きを、お母さんに了解を取らないと始められない」みたいな。
そうそう。なので、『親不孝介護』を読んで、当人の了承がなくても相談をすることができる、というのは、ものすごくありがたい情報で、私も相談しに行こうと思いました。
川内:よかったです。
Mさん:親との関係や距離感は人によって様々なので、私の場合は、ということです。
編集Y:お断りをありがとうございます。この先もそういうことでご了解をお願いします。で、Mさんのお話でも、わが奥様を見ていても、母親との距離感が息子の自分とは違うな、ということは分かるんですが、もうちょっと具体的に言うと、どう違うんでしょうね。
Mさん:夫を見ていると、母親と息子って両方とも寄っていこうとするんですね。だけど、母親と娘だと、母親の側はそれほど意識してないんだけど、娘の側は「私をコントロールしようとしてくる」みたいな恐怖感があって距離を取りたい。そんな感じかな。
編集Y:どちらかというとお母さんのほうがぐいぐい来る、もしくは、来るんじゃないかというプレッシャーを、娘のほうが感じている。
Mさん:分かった、私の母への気持ちを表すとしたら、汚い言葉ですけれど「うざい」です。今、うちの母が80代後半で、一度倒れたこともあって、心配は心配なんですけれども、うざいんですよ、親が。めちゃくちゃうざくて。
編集Y:えー。
Mさん:ちなみに私は2日前に、ちょっと仕事が煮詰まったのでワーケーションに行ったんですけれども、高校生の息子に言い残したのは、「おばあちゃんから電話が来たら、今日帰りが遅くなるからと言っておいて、絶対泊まると言わないで」と。泊まるってばれちゃったら、「未成年の子どもを放ったらかして何やってんの」ってすごくおばあちゃんに怒られるからと。
編集Y:高校生のお子さんにそんなことを頼んだんですか(笑)。
Mさん:子どもに「子どもか」と突っ込まれて、「ええ子どもだよ」みたいな。それで口止め工作として2,000円払ったんですけど。
編集Y:金で解決したんですね(笑)。
Mさん:世の中、金次第ですよ。それぐらいまだ何となく親とぐちゃぐちゃした感じがある。でも、母親のことは心配なんですよ? 息子の面倒も見てもらっているし、すごく恩義は感じているので、何とか遇したいんだけれども、今の距離感は保っていきたい。
編集Y:恩義は感じている、でもうざいんですね。
Mさん:うざいんですよ。
母親の「娘」と「息子」への意識の差
Mさん:サンプル数は少ないけれど、自分の周りの女性は結構みんな同じことを言っていて。ほら、通販で「今なら2個で1個分のお値段」ってあるじゃないですか。母はそれで2個買って、必ず1個がうちにやって来る。この間もずわいがにが箱で来ました。いらないと言っても押し付けられる(笑)。
編集Y:羨ましい気もしますが、えーと、それは、息子にはあげないと思います?
Mさん:あげないと思います。だって、好きでいてもらいたいから。息子には「好きでいてもらいたいから、愛情の押し付けはいたしません」というぎりぎりの配慮が働くんじゃないかと。
編集Y:へー。
Mさん:母と娘は、たぶん。お互いに「面倒くさい」と思っているんだけれども、どうしても離れられない。愛もあるんだけど、そこに支配も混じっている、みたいな。うまく言えなくてごめんなさい。何でこんな話になっちゃったんですかね(笑)。
川内:いや、結構大事なところだと思います。介護は夫も妻も、そして親も含めた家族のマネジメントじゃないですか。それぞれのメンバーが物事をどう感じているのかを理解できるなら、絶対そのほうがいい。
Mさん:じゃ、調子に乗って続けますね(笑)。(母親に)いつまでたっても支配されている感じ、というのは、中高時代の友達と話していても、ほとんどみんな一致して言っているので、それは似たような感覚なんじゃないかなと思います。しかも、私は名門女子高といわれるところの出身なんですけど。
編集Y:Mさんのこういう無駄な遠慮のない物言い、気持ちがいいですね(笑)。
Mさん:え?(笑)。なので世間一般からいえばわりと「成功した娘」なんですよね。だから母親が「成功した娘を育てた私のやり方は間違ってなかった」みたいな達成感を持っている。
川内:なるほど。自分の支配は正しかった、と、さらにパワーアップしてしまって。
Mさん:それで「私の言うことを聞いていればいいのよ」的な思いをずっと。
編集Y:自信につながっちゃうんですね、Mさんの成功が。
Mさん:いやそれでも、「安定した大企業に入らなかった」ということで、いまだに私、母親に文句を言われているんですけれども(笑)。
編集Y:せっかく私がちゃんと整えてあげたのに、大企業に入れるように育てたのに、と。
Mさん:1カ月ぐらい前にも「この先、ちゃんとした企業に入る気はないの?」と言われて。
川内:えっ。直近の話ですか?
「母の支配」を抜け出すためにも介護支援を活用
Mさん:「お母さん、私が今何歳だと思っているんですか」という話になったんですよ(笑)。まだそういうイメージを投影され続けているような感じがしまして。
さて、ようやく話が『親不孝介護』に戻るんですが、そういう中でもがいている母と娘の関係だと、「親と距離を取りましょう」というのは、娘にとって母親に関しては「言われなくてもそうしたいわ!」という感じじゃないかと。あくまで私の場合はですが。
編集Y:なるほど、表れ方の違いはあれ、距離感に悩むという意味ではあんまり変わらないのかもしれない。女性(娘と母親)だから、親子間の距離がしっかり取れるかというと、そんなわけでもないという。
Mさん:それはそうかもですね。うちの例が世の中全般に通じるわけでもありませんし、距離を取る、という考え自体が持てなくて悩んでいる女性の方もたくさんいると思います。そういう場合には『親不孝介護』は役に立ちますね。
川内:娘さんが、いざお母さんの介護が必要な状況になって、今まではそれぞれ独立してできていたことが、お母さんができなくなると、娘はイライラしながらも「でもしょうがないから」とやってあげちゃう。これで、保てていた距離ががんと崩れて、それで関係ががたがたし始める。そんな例はよく見ます。
Mさん:さっきも言いましたけれど、支配が強すぎてそのウラをかくというか、抜け道を考えることもできなくなりがちなので、それを介護支援制度の使い方という形で、「本人に話さずに、包括に相談してもOK」だと示してくださったのが本当にありがたいです。