原則、65歳から受け取ることができる年金。しかし、65歳になれば自動的に受給できるわけではなく、手続きや申請が必要です。たとえば、「特別支給の老齢厚生年金」は、60代前半に受け取る年金で、受け取りの「時効」も存在することはご存じでしょうか? 本記事では、Aさんの事例とともに年金受給の際のさまざまなルールについて、FP1級の川淵ゆかり氏が解説します。
面倒くさがりのAさん、余計面倒くさいことに
Aさんは昭和33年生まれの65歳の男性です。定年退職後は特に仕事もせず、趣味の旅行やゴルフを楽しみながらのんびりと過ごしています。ある日、大学時代の友人のBさんと食事に行く機会があり、年金の話題になりました。
Bさん「もう65歳になったけど、思ったより年金が少なくてがっかりしたよ。Aはどうだい?」
Aさん「僕は奥さんも働いているし、いまのところ貯蓄や個人年金で十分暮らしていけるから、できるだけ繰下げで増やして受け取ろうと考えているんだ」
Bさん「うらやましいなぁ。え? じゃあ、請求書の提出もまだしていないの?」
Aさん「うん、なんか大きな封筒で送ってきたみたいだけど放ったらかしにしてるなぁ」
Bさん「でも、特別支給のなんとかっていう年金はもらったろう?」
Aさん「あれも放っとけば増えるんだろう、もらってないよ」
Bさん「え? たしか別だって聞いたよ。時効もあるって聞いたような気もするけどなぁ」
Aさんは、「時効」というワードを耳にして急に不安になってきました。
「特別支給の老齢厚生年金」とは?
老齢厚生年金の支給開始年齢は65歳ですが、以前は60歳だったことから、受給開始年齢を段階的に引き上げるために、60代前半に厚生年金部分の年金が支給される場合があります。この年金を「特別支給の老齢厚生年金」といいます。
「特別支給の老齢厚生年金」を受け取るためには以下の要件を満たしている必要があります。
・男性の場合、昭和36年4月1日以前に生まれたこと。
・女性の場合、昭和41年4月1日以前に生まれたこと。
・老齢基礎年金の受給資格期間(10年)があること。
・厚生年金保険等に1年以上加入していたこと。
・生年月日に応じた受給開始年齢に達していること。
なお、在職中の方は報酬によって年金額が支給停止となる場合がありますので、ご注意ください。
年金を受け取るためには年金請求書の提出が必要です。年金の受給開始年齢になる3ヵ月前に年金請求書が送付されるため、送られてきた請求書に必要事項を記入して添付書類とともに年金事務所へ提出します。
また、年金請求書を提出できるのは、受給開始年齢の誕生日の前日以降です。必要な書類を添えてお近くの年金事務所や年金相談センターに提出しましょう。
「特別支給の老齢厚生年金」には繰下げ受給も繰上げ受給もない
Aさんのように、この特別支給の老齢厚生年金も繰り下げれば受取額が増えると勘違いして、請求しない人は意外と多いものです。しかし、特別支給の老齢厚生年金は放っておいても年金額は増えるものではないので、支給開始の年の誕生日がきたらすぐに手続きしてしまうのがいいでしょう。
逆に65歳前に年金を受け取り始めると、年金が減ってしまうのでは?と心配する人もいるようです。特別支給の老齢厚生年金は65歳になる前に請求しても年金額が減ることはありませんのでご安心ください。
もし、年金の請求をしないまま、年金を受ける権利が発生してから5年を過ぎてしまうと、法律に基づいて5年を過ぎた分の年金については時効によって受け取れなくなる場合がありますから、忘れないようにしましょう。
特別支給の老齢厚生年金を受給したあとに、老齢基礎年金や老齢厚生年金の受給がスタートしますので、その際に改めて繰下げ受給を検討しましょう。
年金は受け取る権利が発生したときに自動的に受給が始まるものではありません。年金を受け取るためには請求手続きが必要なことを忘れないでください。
仕事をしているから年金はもらえない?
在職老齢年金の制度によって年金減額となる人がいるからでしょうか。60歳以上で会社に勤務している人のなかには「在職中は年金を受け取ることができない」と思い込んでいる人もいるようです。
・会社に勤めているあいだの老齢厚生年金は、給与の額などに応じて、支払額の調整が行われる場合がありますが、全額停止となる場合を除き、年金額の全部または一部を受け取ることができます。
・在職中の方でも年金を受け取る資格を満たしている場合は請求の手続きを行ってください。退職してから年金の請求手続きを行うと、時効により在職中に支給されたはずの年金を受け取ることができなくなる場合がありますのでご注意ください。
・「特別支給の老齢厚生年金」は、失業給付を申請中の方であっても、あらかじめ年金の請求手続きを行うことができます(年金の請求は、失業給付の終了を待ってから行う必要はありません)。
年金の受け取り方に要注意
Aさんは昭和33年生まれですから、本来、特別支給の老齢厚生年金は63歳から65歳になるまでの2年分が受給できるはずでした。慌てて年金事務所に飛び込み、時効前でしたから、この2年分を一括で受け取ることに成功しました。
えっ、延滞税?
しかし、大きな問題が発生したのです。年金を一括受給した場合には、過去に行った確定申告の修正申告をしなければならない、ということです。
修正申告を行って過去の各年分の所得税を納めなければならず、さらに大きな金額にはなりませんが延滞税まで納めないといけない、と年金事務所の職員から告げられたAさんは頭を抱えます。
これには驚かれる方も多いでしょうが、「受給を遅らせることで納税を先送りする行為」とみなされる、というが理由です。これを不服として延滞税の取り消しを求める裁判を起こした人がいましたが、請求が棄却されたという事実が2015年にあります。Aさんは2年分でしたが、こういった点からも請求手続きは早めに行いましょう。
なお、65歳から受給できる老齢基礎年金や老齢厚生年金についても同様です。受け取り方法は、
1.65歳から受け取る。
2.繰り上げ返済・繰り下げ返済で受け取る。
3.65歳を過ぎてから手続きし、過去の分(時効により5年分まで)をまとめて受け取る。
という方法があります。(3)の場合に数年分をまとめて受け取ろうとすると、Aさんの例と同様に修正申告や延滞税といった問題が起きてきますので注意しましょう。
もらい忘れの多い「企業年金」
ほかにももらい忘れのある年金に企業年金があります。会社の退職金には、退職時に一時金で受け取るほかに、一部を企業年金として受け取る場合があります。こちらも申請しなければもらうことはできません。
企業年金連合会から事前に通知が来ると思いますが、結婚により住所や名字が変わってしまった場合は本人特定も難しくなり、わからない場合もあります。思い当たる人は企業年金連合会等に問い合わせるのがいいでしょう。
なお、企業年金の「基本年金」「代行年金」についても65歳以降の受給期間分を66歳以降に繰り下げて増額して受給することができます。ただし、国の老齢厚生年金の繰下げが前提条件になりますので、日本年金機構と連合会の両方で手続きが必要となります。
前述の特別支給の老齢厚生年金を受給後に、65歳以降の年金について繰り下げ受給を希望する場合、国の老齢厚生年金は手続きをしなければ自動的に年金の支給はストップするのですが、企業年金の部分については65歳以降も継続して支給が続いてしまいます。
繰下げ受給を希望する場合は企業年金への手続き((繰下げのための)支給停止申出書 の提出)をしないと、継続して受給した分の年金が過払いとなり返還が求められる場合もありますので、手続きを忘れないようにしてください。
川淵 ゆかり
川淵ゆかり事務所
代表