プロモーションにアーティスト育成…… 2024年における地下アイドルシーンに足りないものとこれからの課題|「偶像音楽 斯斯然然」第123回

プロモーションにアーティスト育成…… 2024年における地下アイドルシーンに足りないものとこれからの課題|「偶像音楽 斯斯然然」第123回

Pop'n'Rollが2024年3月31日(日)をもって更新終了することを受けて、当サイトの連載で最多更新数を誇る『偶像音楽 斯斯然然』も残り2回に。今回は、ライブアイドルシーンの現状と課題に正面から切り込む。シーンを長年見続けきた冬将軍の愛のある提言をお届けする。

『偶像音楽 斯斯然然』

これはロックバンドの制作&マネジメントを長年経験してきた人間が、ロック視点でアイドルの音楽を好き勝手に語る、ロック好きによるロック好きのためのアイドル深読みコラム連載である(隔週金曜日更新)。

先日発表された通り、Pop’n’Rollが3月いっぱいをもってサービス終了……(涙)。ということで、この連載も残すところ今回を含めて残り2回。そこで、ここ数回で取り上げていたテーマを含め、これまでの統括を込めて2024年2月時点の地下アイドルシーンの現状と課題について、個人的に感じていることを赤裸々に書き連ねていきたい。

地下アイドルゆえの閉塞感

かつて“地下アイドル”は蔑称でもあった。自作の衣装でカバー曲を歌う。自分の楽曲を持たないために音源を販売することができず、おもな活動資金源となるものはライブに来てくれたファンとのチェキ撮影……という、いわば身を削って活動しているような目で見られていたアイドルを指す言葉であった。

しかしながらいつしか、そうした地下アイドルのマネタイズがシーンを大きくしていった。今や蔑称ではなくなり、アイドル本人が地下アイドルを名乗ることは普通になっている。

利益を考えれば、販売網や流通を省いた地下アイドルのマネタイズに勝るものはない。反面でそこに関わる人間も限られ、経済圏も狭いのが事実である。これが現在のシーンの閉塞感に繋がっている要因の1つともいえるだろう。

必要最低限の経済圏で完結するシーンであるが故に、そこに入って行かない限りは情報収集ができない。現に私の周りの音楽関係者、メディア媒体関係者の多くを見ても、現在の地下アイドルで何が流行っているのか、どのグループが人気なのか、どのくらいのキャパでイベントが行なわれているのか、ほとんど知られていないのである。

そうした中で、どうプロモーションしていくのか。それがシーンとしての大きな課題であるだろう。よく、“見つかってほしい”という言葉を目にする、耳にするが、見つけてもらおうともしていないのに、それは無理な話である。いい曲があって、いいライブをやっていれば見つかる……そんな都合のいい話など、そう滅多にあるものではない。

ただ、誰もが乃木坂46になりたい、BiSHになりたいとは思ってはいないだろうし、“売れる”ことが成功とは限らないというのも事実である。

TikTok問題

そうした中で、SNSを使ってのセルフプロモーションの大きなフォーマットであるTikTokだが、ユニバーサル ミュージック グループ(UMG)がTikTokとの契約更新の交渉決裂を発表。2024年1月31日をもって同所属アーティストの楽曲を一斉に削除するという事態が起こった。すでにアップされているUMG所属アーティストの楽曲は、無音のミュート状態となった。

以前より指摘されてきた権利関係や報酬、そして情報管理体制が問題視されてきた中での今回のUMGの判断は大きく、3大メジャーのほか2社、ソニーミュージックとワーナーミュージックがこれに続く可能性もあり得る。また、本件とは直接関係ないが、アメリカ、カナダ、イギリス、ニュージーランドでは、数年前より政府および行政機関の業務用端末でのTikTok使用を禁止している。さらにアメリカでは州によって規制の動きが活発となり、モンタナ州で2023年5月にTikTokの事業運営や一般市民を対象としたアプリのダウンロードを全面禁止とする法案が成立されている。日本では、こうした規制や法整備はされていない。

現状、地下アイドルに直接的な影響はないにせよ、今回のUMGの件でユーザー側がTikTokに対して、少なからず疑問と不信感を抱くことになってしまったのは間違いない。

iLiFE!が問う“ライブアイドル”性

SNSバズマーケティングの成功者、FRUITS ZIPPERがレコード大賞新人賞受賞、ミュージックステーション出演、そして日本武道館2デイズを控えた地上への街道をまっしぐらに突き進んでいる一方で、現在地下アイドルの圧倒的王者となっているのがiLiFE!だ。

SNSでの大バズが非アイドルファンへの呼び水となり、多くのライブ展開によって“アイドルを推す楽しさ”を教えていくという、最新型の“今、会いに行けるアイドル”を提示していることは前々回述べた。そうしたマーケティング戦略もさることながら、何よりも楽曲とライブパフォーマンスの強さがiLiFE!の最大の強さだと考える。

どのグループも全員がちゃんと歌って踊れるスキルを備えているのがHEROINESクオリティであるし、制作陣営含め作り出される楽曲&サウンドともにバンド色が強いというのも、訴求力の高さになっている。そうしたHEROINESの中でもiLiFE!の華は一際目立っている。言わずもがな「アイドルライフスターターパック」のライブでの盛り上がりは半端ないが、そこに頼らず「アイドルライフブースターパック」といったキラーチューンを連発していることも大きな強さだろう。最近のライブを観て感じているのは、「サイクロンライフ」の盛り上がりが「アイドルライフ」2部作を超えているのではないかということ。実際「アイドルライフスターターパック」を外したセトリでも圧倒的な強さを誇る“ライブアイドル”になっている。

iLiFE!「サイクロンライフ」【LIVEMOVIE】

ライブアイドルとは、蔑称として使用されていた地下アイドルの代替呼称として使用されてきたものであるが、 “ライブバンド”と同様にライブが得意なアイドルとしての意味合いとして、改めて使っていきたいものである。

iLiFE!は、この先どこへ行くのだろうか。「アイドルライフスターターパック」の題材や、そもそものグループコンセプトが“私(i)と貴方(!)で作るアイドル(i)ライフ(LiFE)”という地下アイドル発祥のものであるため、路線変更せずにこのスタイルで行けるところまで突き進んでほしい。それが地下アイドルシーン全体の活路を開くことになり得る。

HEROINESの動向もより注目すべきところだ。新規グループや、ヒロインズ研究生といった自社の新プロジェクトはもちろんのこと、新生LADYBABYやアキシブprojectの移籍など、外部運営と連携したプロジェクトも目立っている。これはHEROINESに限ったことではなく、共同プロデュースや業務委託といったケースは今後増えていくのではないだろうか。

2次元化したアイドルビジュアル

HEROINESが誇るストーリー性を帯びた情報量の多いアー写は今や多くのグループが真似するところでもある。中には上辺だけを真似て、本人より背景が目立っていたり、衣装と背景の境目がわからなくなっていたり、というケースも目にするのだが……。

ファッション界では“コロナ禍によってファッションは2次元化した”と言われる。世界的なロックダウンによって、“街で見るファッション”から“SNSで見るファッション”へ変化したのである。数年前まで主流となっていたシンプルなスタイルのノームコアから、ヒッピーファッションやサイバー、Y2Kリバイバルといった、攻めのファッションが注目を浴びるようになった。このトレンドはアイドルシーンにも見受けられる。WACKグループを筆頭に、装飾の少ないシンプルな衣装にローテクスニーカー、といったスタイルから、煌びやかさを纏う衣装にダッドスニーカーや厚底ブーツを合わせたものへと主流が移っている。それは先述のアー写しかり、メイクしかり、写真加工もそう、SNS映えが重視されている。数年までは少々大袈裟に見えたビジュアルでも、現在ではスタンダードになっている現実がある。

そして、アフターコロナによりファッションは華やかさを残したまま、より多面的になると言われている。それはアイドルも同様であろう。先述の“今、会いに行けるアイドル”のアップデートもそうした延長にあるものだろう。

そういった動きの際たるものが、私が勝手に枠づけている“地雷系ロック”である。

地雷系ロックという新たな潮流

アイドルにおいて、これまでタブーとされてきた負の感情や自虐観を武器とする、人間の弱さを力強く歌う新世代のアイドルの登場。Z世代の代弁者だ。

人間の弱さを歌う強い女の子 Z世代の代弁者としてのアイドル|「偶像音楽 斯斯然然」第122回

Coccoや椎名林檎、ミオヤマザキ……そして近年では戸川純がTikTokを通じてZ世代の間でウケているのもそうした風潮を物語っている。

ヴィジュアル系を始め、ロックの世界には負のアイコンは多くいた。ヴィジュアル系と地雷系ファッションはなんの関係もないし、ヴィジュアル系の源流はゴシックにあるが、ゴシックとゴスロリファッションは別で考えた方がいい。ではゴスロリと地雷系は? ……これまた別なのだが、アイドルというフォーマットによって、これらが繋がってきている。HEROINESやサークルライチ関連など、同じ香りを持ったグループが集まるイベントが定期的に開催され、地雷系のムーヴメントは確実に拡がっている。

サークルライチ所属、“耽美過激表現集団”を掲げるガラチア

私が昔勤めていたヴィジュアル系事務所がいつしかアイドル事業を始めた。しかしながら、ヴィジュアル系とは無縁の煌びやかなグループだった。ヴィジュアル系関係者がアイドルを手掛けることは少なくはないが、そうした香りを一切させないことが暗黙の諒解でもあった。しかし、近年になってド直球のヴィジュアル系っぽいグループを始めるようになった。このムーヴメントが本物だと感じた瞬間でもあった。

クラスで人気のある子が、誰よりも目立つ子がアイドルになるわけではなく、自分に自信がなくともアイドルになれる、いや、アイドルになることで自信を持てるようになる、存在意義を感じることができる、今はそういう時代だ。変身願望こそ、今やアイドルになる大きなきっかけとなっている。華やかな衣装も本気度の高いメイクも、普段の自分とは違うからこそ強くなれるのだ。昭和育ち的にいえば、クリィミーマミの世界が令和の現在、ダークにアップデートされたのが、この地雷系ロックなのかもしれない。

王道と覇道、楽曲派

これまでは革新的で新たな潮流に触れてきたが、もちろん保守も健在だ。ただ、ここまで多様化してくると何が王道なのかはよくわからなくなっている。FRUITS ZIPPERもiLiFE!も、確実に覇道だろう。そもそも坂道グループやAKBグループのメインストリーム、つまり地上に対する地下アイドル自体が覇道である。

大沢伸一カバー&プロデュース ExWHYZ「Our Song」

かつての覇道アイドルの代表格、WACKもBiSHの解散とサウンドプロデューサー・松隈ケンタの離脱で1つの区切りを迎えた。ExWHYZのクラブミュージックへの傾向は、今後のWACKとしての指針、各グループによるインディペンデントな新スタイルの象徴でもある。ExWHYZ はEMPiRE初期から追ってきた自分としては、K-POPガールクラッシュに対する日本のアイドルからの回答として正攻法なベクトルであると感じたと同時に、相当な音楽通を相手にしていくという並々ならぬ決意が伝わってきた。そして先日、WARGASMの来日公演のサポートアクトとして出演したASPによる、EBM(エレクトロボディミュージック)を爆音で踊り狂うステージを2日間観て、WACKが育んできたパンクスピリッツが国境を越えようとする瞬間を目撃した。

The Prodigyマキシム原曲提供 ASP「TOXiC iNVASiON」

そして、楽曲派だ。このコラムは楽曲派に対するカウンターというのが、1つのテーマであった。楽曲派と呼ばれるアイドル以外のグループの音楽も面白いということを伝えたかったのである。

楽曲派ファンの高齢化といった話題も見受けられるが、もともとがマニアライクな音楽をいろいろ聴いてきたニッチ層に支持されてきたことを考えてみても、楽曲派には昔から年齢層の高い音楽ファンが多かったのも事実だ。ファン年齢の二極化はアイドルに限らず、ガールズバンドをはじめ、音楽シーンでも多く見受けられる。それだけアイドルシーンも多様性を帯びて成熟してきたという見方もできるだろう。

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ボーカリスト、アーティストとしての育成

現代の多様化するメディアにおいて、誰もが知るヒットソングは生まれにくくなった。さらにはアイドルのみならず、物心ついた時にはボカロが存在していた、ボカロネイティヴ世代がアーティストとして音楽シーンを席巻するようになり、誰もが口ずさむことのできるヒットソングも減った。その代わりボカロによって生み出された新たなメロディの作り方、それを歌いこなす新たなスタイルが生まれたのである。

アイドルソングの難易度も上がり、特にここ数年におけるレベルの上がり方は尋常ではない。それを歌いこなす本人たちのスキルも同様で、2020年に「偶像音楽 斯斯然然的 スゴいボーカリスト10人」というキュレーションを書いたことがあるが、あれをアップデートしたものを書こうと何度か試みたが、想像以上の選出の難しさに挫折した。それくらい平均レベルが上がっている。

しかし、“歌がウマい”とされているアイドルでも基礎力がないという場合がある。メロディの起伏の激しい楽曲や詞とメロディが複雑に絡み合っている楽曲は得意でも、平坦なメロディや大きな音符の動きをする楽曲は苦手だったりする。ボカロによってもたらされた新しいボーカルスキルは持っているが、我流ゆえにそれをロジックとして成立できていない。ニュアンスで乗りきってしまっているから応用が効かないのだ。地下アイドルは、ライブ本数が多いので実戦主義になってしまう問題である。私は長年制作ディレクター、A&R;を本職としている人間なので、気になって仕方がない部分である。ウラ拍が取れない、自分のキーがわからないといったことに遭遇したりもする。ボイトレがボイストレーニングではなく、ただの歌の練習になっていたり、レコーディングに関してもエディット前提で進められているので、そのためのディレクションになりがちである。アーティストとしての育成という部分がおろそかになりがちなのである。

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現在の地下アイドルシーンは、多様性と活性化という部分では目まぐるしく発展はしているものの、閉塞感は否めない。活動フォーマットが完全に出来上がってしまっているところもあるだろう。ライブをこなすことが第一優先となり、アーティストとしての育成とマネジメント、プロモーションがおろそかになっているのが現状であり今後の課題でもある。地下アイドルの利点は、機動力とフットワークの軽さだ。きっちりと先を見据えた計画的な活動ができることこそ、大きな成功の鍵であることは間違いない。

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偶像音楽 斯斯然然

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