「早稲田大学ハラスメント訴訟」の控訴審で賠償金が増額 原告は「支配・服従」の構造を訴える

原告の深沢レナ氏(左)、会見に同席した内藤忍氏(右)(2月22日都内/弁護士JP)

2月22日、早稲田大学の元大学院生の女性が、当時の指導教授からハラスメントを受けたとして教授と大学に損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が出された。

損害賠償は一審から増額

原告は詩人の深沢レナ氏。被告の早大教授(当時)は、文芸評論家としても有名な渡部直己氏。

2019年、深沢氏は渡部氏に性的な発言をされたり身体を触られたりするなどのセクハラやアカデミックハラスメントを受け退学を余儀なくされたとして、渡部氏に550万円の損害賠償を請求する訴訟を提起した。

また、ハラスメントについて別の教授に相談したところ事件の隠ぺいや渡部氏の擁護が優先され、ハラスメント防止室や調査委員会の対応も消極的であったとして、早稲田大学にも110万円の損害賠償を請求。

今回の判決で、東京高裁は渡部氏と早稲田大学に88万円を連帯して支払うよう命じ、また大学側には追加で11万円の支払いを命じた。それぞれ、一審判決(渡部氏と大学に55万円、大学に5万円5千円)からの増額となる。

数々のハラスメント行為

深沢氏は2015年9月に早稲田大学文学学術院(大学院)の現代文芸コースに合格し、翌年4月に入学。渡部氏とは入学前から面識があったが、指導教授となった直後からハラスメント行為が始まったという。

以下は、深沢氏が訴えた渡部氏によるハラスメント行為の一部。

1:2017年4月、「詩を見てやるから」と声をかけて深沢氏を食事に連れだし、レストランで「卒業したら女として扱ってやる」「俺の女にしてやる」と発言した。

2:深沢氏が雨により上着がぬれたまま授業に出席したところ、隣の学生の上着を借りるように命じ、指示に従って上着を脱いだ深沢氏に対して「(上着の下が)裸だったらどうしようと思った」と発言した。

3:深沢氏に二人きりで食事に行くことを求め、その食事の席で、自分の手をつけたものを直箸で深沢氏に渡したり、深沢氏が食べているものをとったりすることを頻繁に行った。

4:打ち上げの際に「キス」と言って深沢氏に顔を近づけた。

5:電車の中で必然性のない不必要な接触をしたり、エレベーターの中や飲み会の場で頭を触ったり背中を何回も押したりするなどの身体的接触を繰り返した。

6:深沢氏に度々電話をし、深沢氏が電話に出ないと「なんで出ないんだ」と叱った。

7:深沢氏に対して女性としての品定めをするように「かわいい」などと外見について発言した。

このうち、一審では「1」と「2」をハラスメントとして認定したが、他の行為については「社会通念上許容される限度を超えたとは言えない」などとして請求を退けられていた。高裁では、加えて「3」もセクハラおよびパワハラにあたると認定。

しかし、身体的接触を繰り返したことなどは、控訴審でもハラスメントと認定されず。判決後の記者会見で、深沢氏は「ちょっと首を傾げる。身体を接触したりとか、かわいいと言ったりすることもセクハラと認められてほしかった」と語った。

相談を受けた教授やハラスメント防止室の問題

渡部氏のハラスメントについて深沢氏から相談を受けた、当時現代文芸コースの主任を務めていた教授は「面倒なことに巻き込まれるのは嫌だな」と繰り返し、「大したことない」「セクハラというのはもっとすごいやつだ」と発言するなどして、適切な対応を怠ったという。

さらに、同教授は「君がホワッとしているせいでつけこまれる」「男性を勘違いさせてしまうような挙動がある」など、深沢氏に落ち度があるかのように述べたほか、「ハラスメント委員会にいくと調査とかとても煩雑で大変なんだよ」「外に言わないでほしい」と深沢氏に口止めも要求。

また、早稲田大学のハラスメント防止室にも退学者の訴えは取り上げないかのような対応をする、相談員が正職員ではないために専門知識や経験に乏しく、立場も弱いので大学に対してハラスメント防止室が強く対応することもできない、といった問題があるという。

訴訟では、相談を受けた教授やハラスメント防止室の問題は早稲田大学全体の責任であるとして、大学に損害賠償が請求された。

「学ぶ権利を踏みにじられた」深沢氏の訴え

原告側は、渡部氏が行った個々のハラスメント行為についてだけでなく、深沢氏が入学する前から接触を行い、恩を着せたり罵倒したりすることを通じて「支配・服従」の関係を築いたこと(「エントラップメント型性暴力」)を問題視している。

会見に参加した鈴木悠太弁護士は、裁判所は支配関係に関する原告側の主張を取り上げず、あくまで個々の行為についてのみ取り上げたことについて、無念さをにじませた。

ハラスメント対策について研究している、労働政策研究・研修機構の副主任研究員の内藤忍氏も会見に参加して、日本では諸外国に比べてセクハラ訴訟の賠償額が低いことを指摘。控訴審で一審から増額したとはいえ、請求額の二割にも満たない金額しか認められなかったことに遺憾の意を示した。

「(ハラスメントは)性差別の結果であるとの認識が(裁判所に)ないから、賠償額が低く見積まれてしまう」(内藤氏)。賠償額が低いために、加害者に対しても組織に対してもハラスメントの抑止・防止効果が働かないという問題を指摘した。

深沢氏は、2018年に報道によってハラスメントが公になった後にも渡部氏は著作を出版して業界に受け入れられている一方、被害者である自身は退学を余儀なくされて執筆に集中することも難しくなったことの理不尽を訴える。

「教員によって学ぶ権利を踏みにじられた学生に向かって学問の自由などと高々と語ってしまう。その矛盾、その自覚のなさに恐怖すら覚えます」と、大学側の対応も批判した。

「大学という学ぶ権利が保障されているはずの場所で教員から性暴力が行われるなどということは、二度とあってはならないはずです。学生であった被害者が裁判を起こし、こうして記者会見をするということが私で最後となるように、どうか皆さん自身の手で社会を変えていただきたく思います」(深沢氏)

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