「セクシー田中さん」事件、漫画家・山花典之氏がテレビ局と出版社に提言、「ブラックボックスをみんなみたいはず」「発言を続けることがプレッシャーになる」

YouTubeチャンネルで事件について私見を語る山花典之氏

2024年1月29日に死去した、漫画家の芦原妃名子さん原作によるドラマ、『セクシー田中さん』を巡る作者と制作側のトラブルについて、自身のYouTubeチャンネルで発信を続けてきた漫画家がいる。かつて『ヤングジャンプ』『ビジネスジャンプ』(ともに集英社)で長期連載を経験し、代表作の一つ『夢で逢えたら』がアニメ化もされた山花典之さんだ。

山花さんは、今はおもに同人活動を生業としており、YouTubeにチャンネルを開設したのも個展開催などを告知するため。だが、同じ漫画家として「無視できない」と、2月3日に事件に関する投稿をしたところ、2日間で6万も再生(23日時点で68000回)された。山花さんは当時の心境を語る。

「僕のYouTubeなんて登録者数も200人(現在は約1300人)、再生回数も100いけばいいほうでした。そんなときにたまたま事件が起きてしまった。それなりのキャリアを重ねてきたベテランとして、当初はやむを得ず発言したわけです。そして、3日の投稿には200もコメントがつきました。みなさん憤ったり、悲しんだり、やり場のない感じが伝わってきた。自分もそうなんです」

「モヤモヤした感覚」を視聴者と共有したく、7日~9日に連日投稿を続けたが、以降はしばらく控えていた。山花さんはほかのYouTuberのように反射的にコメントを出すわけではない。熟慮を重ねて言葉を放つので重みがある。

次の投稿は21日だった。そこで山花さんは的確な比喩を用い、芦原さんの立場に同情を寄せた。それはこんな表現だった。

《セスナを運転してサンフランシスコまで飛ぶつもりが、テレビ局に気に入られ、巨大旅客機を用意され、目的地もロスアンジェルスに変えられていた。(作品という)エンジンを作ったのは芦原さんなのに、握っていた操縦桿を手放さざるを得なかった》

山花さんは『セクシー田中さん』の原作をしっかり読み込んでいる。動画でも度々、作中で印象に残った台詞を読み上げるため、説得力がいや増しになる。自死に向かった芦原さんの心中を代弁するような台詞もそこにあった。

《人は感情を取り上げられると、どこか壊れてゆくものよ》

ドラマ化の際に“操縦桿”を奪われ、空虚さを抱えていた芦原さんは、平生の漫画入稿作業の合間にドラマの脚本チェックや自身によるプロットや脚本執筆もせねばならなかった。心身とも疲弊し、感情を蝕まれていたのだろう。

山花さんは9日の投稿でも、原作の版元の小学館やドラマ制作に当たった日本テレビが説明責任を果たさず、いまだ《真相は闇の中にある》と、旅客機に付き物のブラックボックスを喩えに出した。山花さんは、その言葉に託した思いをまなじりを決して語った。

「『セクシー田中さん』ドラマ版というブラックボックスに招待されたら、半年の間に何かがあって、蓋を開けたら、いちばん大切にされなければならない作者である、芦原先生が死んでしまった。そのブラックボックスの中身をみんなが知りたいはずです」

山花さんも自作がテレビアニメ化された経験を持つ。《映像化は作家にとっても名誉なこと》と、7日の動画でも語っていたが、当時の事情をあらためて振り返る。

「初めにOVA(ソフト化アニメ)が3本、時間とお金をかけて作ってもらえました。ドラマCD化(音声ドラマ)もされ、次に(TBS系『ワンダフル』内での)テレビ放映が決まり、それは嬉しかったですよ。ただ、ドラマCD版では脚本家さんがずいぶん遊び心を入れてくださった。これが気に食わなくて、自分で書き直したりしましたが、原作を読めばいいじゃん、という内容になってしまいました(笑)。OVAも1話、2話と脚本に手を加えさせてもらいましたが、3話めともなると、疲れてしまってどうでもよくなってくるんですよ。畑違いで手に負えない」

同じ後悔を芦原さんもどこかで感じたのだろう。それでも作品を守りたく、無理を貫いてしまったのか……。

山花さんは自身でも漫画原作を手がけた。本当は自分で描くつもりが、作画を若手に委ねることになったのだ。『ヤングガンガン』で2015年から2021年まで連載された、最新作の『聖樹のパン』だ。山花さんの故郷・小樽を舞台にしたパン職人の物語で、準備に2年もかけたという。

「自らの集大成だと、自分で描く気満々でしたからショックでした。僕はパンが上手に描けないんですよ(笑)。ただ、結果的に任せてよかったと思います。僕が作画していたら女の子を色っぽく描きたいなど、邪念が入ったでしょう。でも、最初のうちは担当者に文句ばかり言ってましたね」

編集担当は、山花さんと作画担当のたかはし慶行氏を1年半もの間、会わせようとしなかった。ところが、2017年9月に小樽市でのイベントに招かれ、両人初顔合わせとなった。

「人気に翳りが見えてきて、連載の継続が危うかったのもありますが、こちらは毎回作画にイチャモンをつけるし、向こうはその文句を伝言で聞かされるわけですから、お互い不満とストレスが溜まっていました。夜中の喫茶店で語らううちに大喧嘩ですよ。でも、やがてそれが作戦会議に変わったんです」

雨降って地固まる。以降は担当者を飛び越え、二人は直接やり取りするように。そのほうが「スムーズに進んだ」と山花さんは回想する。

「直にやり合うほうが、どうしてこんな本や絵になるか、互いの意図がわかってスッキリするんです。だから『セクシー田中さん』でも、芦原さんと脚本家の相沢(友子)さんを会わせるべきでしたね。僕は相沢さんも才能ある脚本家だと思うんです。たまたま原作を知らずに、ドラマ『失恋ショコラティエ』(2014年・フジテレビ系、水城せとな原作)を見てましたが、とても面白かったですよ」

同作も原作の連載が進行する中で制作され、最終話は軟着陸させた感があったというが、ヒロインの石原さとみの好演も手伝い、原作ファンにもおおむね受けがよいようだ。プロデューサーは日テレからフジに移籍した演出家出身の若松央樹氏で、それまでにも『電車男』や『のだめカンタービレ』、その後は映画『翔んで埼玉』など原作物を見事成功に導いている。

原作物のドラマ化の際、そうした制作者個人の力量に委ねられる面もあるが、全体の責任を負うのは当然テレビ局であり、作家側につくのは出版元だ。だが、今度の件では双方が「説明責任を果たしていない」と山花さんは声を尖らせる。

「両社から感じるのはただ不誠実さ。会社としてはどちらも淡白なコメントを出しただけで、事件の風化を待っている気がします。小学館は編集部(第一コミック局編集者一同)名義でコメントも出しましたが、よくよく読み返せば、どこかポエムみたいで、核心に触れていません。僕も含め、『FLASH』をはじめとする雑誌、YouTuberなどのみなさんが発言することが、両社に対するプレッシャーになるのではないでしょうか」

こうした働きかけを続ければ、両社も黙殺はできない。やがてブラックボックスの中身は明らかになるだろう。

文・鈴木隆祐

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