NHKクローズアップ現代 「さまよう繁殖引退犬」が伝えきれなかった現実【杉本彩のEva通信】

NHKクローズアップ現代 「さまよう繁殖引退犬」が伝えきれなかった現実【杉本彩のEva通信】

先日NHKのテレビ番組 『クローズアップ現代』で、 「さまよう繁殖引退犬 ペット業界の “異変”を追う」 という特集が放送された。2019年に改正した動物愛護管理法の改正の副作用について焦点を当てた特集だ。改正後は、犬猫を取り扱う業者の従業員一人につき飼育できる犬猫の頭数や、出産できる回数や年齢など、数値規制と言われる制限が設けられた。その結果、経営危機に直面し繁殖に使えなくなった犬を手放す事業者が続出したという内容だ。ペット業界は、対策として犬を預かるシェルターを作ったが、そこでも繁殖引退犬があふれ、山林に犬を捨てる悪質な違法行為まで発生しているというのだ。

そもそも何故、繁殖業者に対する規制が必要だったのか…。ペットショップに仔犬・仔猫を供給するためには、繁殖用の親犬・親猫が存在する。業者が飼育している犬や猫の大半は、その心身の健康やストレスのない環境への配慮が充分にされておらず、動物の幸せを考えたときに、その福祉が充たされていない。先日2月15日に、環境省から犬猫を扱うペットオークション運営業者やブリーダーについて、動物愛護管理法の遵守状況を確認するために、都道府県及び政令指定都市に対して行った一斉調査結果が公表されたのだが、そこにも約5割に相当する事業所で違反が確認されたとある。

さらには、劣悪な環境で不適正に飼育されている動物も多い。動物虐待や医療ネグレクトといった動物愛護法違反で逮捕され、度々事件化しているという背景があり、悪質業者の排除などを目的に法改正を重ねてきた。  番組では、こうした問題が社会に与える影響にも目を向け取材されている。しかし30分という限られた時間では、その先にある問題を十分に伝えきれず、ともすると法改正が悪者のように誤解されるかもしれないという懸念もあり、番組で放送された内容についてこのコラムで改めて取り上げたいと思う。

番組で映し出された映像は、さまざまな犬種を収容しているシェルターだ。ペットショップに並ぶ仔犬を産み、その役目を終えて繁殖業者が手放した犬たちである。番組では事業者をブリーダーと表現しているが、本来ブリーダーとは特定の犬種を飼育し、プロとして犬のスタンダードやしつけ、遺伝学等繁殖などについて十分な知識があり、より良い環境で健康な親犬から健康な仔犬を作り、 仔犬の社会化にも責任を持つ。そもそもその犬種を愛し、当然のこととして動物福祉に配慮していることから、 2019年の法改正による数値規制に大きく影響を受けることはないはずだ。その根拠を言うと、JKC(一般社団法人ジャパンケネルクラブ)という繁殖業者が多数会員の業界団体のホームページには『正しいブリーディングと守るべき心得』 とありそこにはこう記されている。

犬の繁殖は、 犬種の犬質向上及びその犬種が有する体質改良を目的として行われるべきものであり、 そのために、 最低限、 次の事項を厳守する必要があります。  ・犬種のスタンダードについて、 良く理解し把握しておくこと。 ・血統内容及び犬種のタイプ、 性格を理解すること。 ・交配の良否、 犬種の有する遺伝性疾患について究明し、 発症を防ぐために無計画な交配はしないこと。 ・牝犬の生殖生理を十分に知っておくこと。 ・出産後、子犬の管理を十分に行い、譲渡前に駆虫、骨学的遺伝疾患の有無のチェックをすること。 ・奇形や欠点を有した子犬は、他の者に対し絶対に提供しないこと。 ・生まれた子犬の血統登録をすみやかに行なうこと。  ※繁殖とは以上の事柄を心得として、前述したように犬種の向上と改良を目的として行なわれるべきであり、決して営利目的で行っていい行為ではありません。  

しかし、 これをほぼ無視している事業者だらけだ。こうした問題ありの繁殖業者がJKCに所属しているか定かではないが、法改正で検討されてきた規制強化についてJKCの主張を聞く限り、不適正な事業者を特段問題視してきたとは思えない。利益団体にありがちなスタンスなのだろう。

まず思うのは、この 「クローズアップ現代」 の特集を見た人が、間違っても 「ブリーダーが気の毒ね」 「犬が手放されてかわいそう」なんて誤解が生じないようにしたい。そもそもペット業界があまりにおかしな主張をしていることを知っていただくため、 ブリーダーの正しい在り方を知ってほしい。そうすることで問題の本質を理解いただけると思う。まず、繁殖業者が手放した犬の数だが、10万頭にのぼるとの試算もある。

番組に取材されたブリーダーの女性はこう話す。「泣く泣く、 泣く泣く手放しました。今年はもう本当に赤字です」と。20年以上にわたって繁殖をしている女性の話しだ。まるで法改正の被害者のような物言いに違和感を覚える。JKCのホームページには、 「決して営利目的で行っていい行為ではありません」と書いてあったはずだが?それに、2023年までの数年はコロナ禍でペットを飼う人が増え、仔犬の価格が高騰しペット業界は好景気だった。しかし外出自粛が解けて人々が元の生活に戻るにつれ、犬の値段も一気に下がったというのだ。さらに物価の高騰でエサ代や光熱費も上がり、経営が苦しくなったとか。その状況に、さらに拍車をかけたのが2019年の動物愛護管理法の改正だという。

法改正により環境省が定めた最終的な数値は、ブリーダーが飼育できる繁殖犬の数は、 スタッフ1人あたり15頭までに制限(猫は25 頭まで)。ちなみに当協会は、 10頭と国会議員に要望していたが、残念ながら15頭となり、大きく妥協を強いられた。さらに出産の回数は6回まで、交配時の年齢も原則6歳以下となった。この女性もかつては150頭ほどを飼育していたが、今はスタッフを含む6人で飼育できる繁殖犬は90頭以下。法を遵守したとしても多すぎる数だと思うが、150頭いた時も6人だとしたら1人で25頭ということになる。犬と暮らしている人は、 ぜひ想像していただきたい。1人で25頭も手厚い世話ができるのか。繁殖業者の主張は、以前であればまだ繁殖犬だった犬が、数値規制によって引退させなければならなくなり、 “繁殖引退犬”として手元にどんどん増えていく事態になった、と。そして、女性は去年初めて、繁殖引退犬を引き取るシェルターに20頭を手放したそうだ。これまでは繁殖の期間を終えた犬も、最後まで面倒を見てきたが、飼育できる頭数に制限ができてしまうと手放さざるを得なくなるという。

どういうことかというと、引退した利益を生まない犬にも経費がかかるからだ。「ワンちゃんたちには申し訳ないんだけど……自分たちの生活を考えると、出さなきゃダメなのかな」 と女性は話す。この言葉からも、動物福祉やブリーダーとしての責任の希薄さが窺える。数値規制が設けられる前は、6歳以上でも自分たちの生活のために、可能な限り産ませていたのだろう。そして繁殖施設のケージの中で犬たちはその生涯を終える。それこそが“申し訳ない”ことではないのか。申し訳ないと思うなら、20頭まとめて自分の都合でシェルターに引き取ってもらうのではなく、 引退後は温かい家庭の中で終生大切にしてくれる里親を、一頭一頭に丁寧に探すこと、それが事業者の最低限の責任というものだ。

しかしこの業界は、狭いケージに犬を閉じ込めて十分な世話をせず、劣悪な環境で繁殖を行う事業者が相次いで摘発されてきた。3年前には当協会が刑事告発したことにより、長野県松本市のペット繁殖・販売業者が、約1,000頭もの犬を劣悪な環境で食事や水も十分に与えず飼育していたことが明らかになった。しかも、獣医師ではない事業者が麻酔をせずに犬に帝王切開を行っていた。利益を追求するあまり残虐非道な違法行為が長年続けられ、悪質な繁殖業者への批判の声が高まった。

このような悪質業者を排除するために制定された数値規制だ。そして制定後、大量に繁殖引退犬となることを想定した上で、数値規制は2021年6月より段階的に施行された。さらに、一部については、3年間の経過措置がとられていた。例えば繁殖犬の飼育頭数については、 2022年に犬25頭・猫35頭、 2023年には犬20頭・猫30頭までとし、 2024年には犬15頭・猫25頭になるよう規定された。つまり、数値規制の施行後、 段階的に実施しながら、 3年後の今年6月に完全施行となる。全業者が6月以降には数値規制を完全に守っている状態でなければならないのだ。ということは動愛法が公布されてから、ゆうに5年もの年月があったわけだから、この期に及んで 「繁殖引退犬を手放さなければならない」 とか 「経営危機だ」 と被害を被っているかのように論じるのはおかしくないだろうか。

物価の高騰で経費がかさみ光熱費も上がり苦労しているのは他の業界も同じである。それどころか、 ペット業界はコロナ禍においてペット需要が一気に増え、大きな利益を上げてきた。このブームに乗り、売り損じたくないという考えがこの状況を招いている。要するに自浄努力をしてこなかったわけだ。そもそもブリーダーなどの繁殖業者は、繁殖引退犬も飼育を続け、最期まで面倒を見る「終生飼養」が原則だ。ただ、数値規制で生じる問題を見越して、例外的に業者が繁殖引退犬を譲渡することを認めている。しかし、前述したように、5年も猶予期間がありながら、繁殖引退犬のその後を真剣に考え、丁寧に扱ってこなかったのだ。

繁殖犬はケージの中で飼育され、首輪をつけて散歩をしたことがない。仔犬を産むための道具として使われ、トイレトレーニングもしていない。家庭の中で家族のような存在として、心身共に満たされて暮らしていたわけではないのだ。繁殖引退後、家庭の中で問題なく暮らしていけるよう、そこまで責任を持つのが当然だ。そうでないと、繁殖引退犬の受け皿になっている動物愛護団体やシェルター頼みには限界がある。何故なら、それでもペット業界は仔犬や仔猫の供給を控えようとしないからだ。今も大量にまるで工場の品物のように命を生産し、ペットショップには常に幼齢の仔犬や仔猫を商品として展示販売し続けているからだ。供給の蛇口は開きっぱなしなのだ。動物保護団体の施設やシェルターで譲渡が進まなければ、そこで多頭飼育崩壊になってしまい、保護されても犬猫の不幸は終わらない。

こうした中、 繁殖引退犬を一般の人に引き取ってもらう「譲渡会」 が、全国各地で行われているが、 その “譲渡”を巡って、 トラブルを訴える声が出ていることも番組は伝えている。今回、NHKの情報提供窓口「スクープリンク」にもさまざまな情報が寄せられたそうだ。たとえば、繁殖引退犬のチワワを引き取った方は、犬の下の歯がないことに気付いて獣医にみてもらったところ、あごの骨が溶けてなくなっていることがわかったという。歯周病が放置されたことが影響したとみられている。これは繁殖に酷使された犬によくある話しだ。さらに保護団体との間で、金銭的なトラブルが起きている例もあるのだとか。

7歳の柴犬をある保護団体から“譲渡”という形で引き取った方が、引き渡しのときに12万円以上を支払うことになったというのだ。その際、毎月の3000円の寄附金を求められた上、 指定のドッグフードの定期購入も勧められたという。これも当協会によく寄せられる情報で、典型的な 「下請け愛護」の団体のやり方だ。当協会も以前から警鐘を鳴らしている、保護・譲渡とは名ばかりの “下請け愛護ビジネス”である。 繁殖業者が事業を継続するために抱えていたくない、または抱えていることができない犬猫を引きとり、それを保護動物として譲渡という名の下に横流しして金を儲けるビジネスだ。ペット業界がこういった仕組みを作り、見栄えよく組織化しているケースもあるが、一般の動物保護団体が下請けに転じて、ペット業界と持ちつ持たれつの関係を築いていることも多い。法改正の副作用の1つとして、今までどおり利益を上げたいペット業界が巧みにその仕組みを作り上げている。

里親を希望する人の善意が、ペットビジネスに利用されないように気をつけていただきたい。金銭トラブルがあることもそうだが、何よりも悪質な業者を排除するためである。動物福祉が守られる社会にするためには、 厳しい目を持ち、利用されないことが大事である。利用されては、 間接的に悪質業者を支えることになってしまう。ということで、 お分かりいただけただろうか。今更ながらのペット業界の嘆きは通用しないのだ。(Eva代表理事 杉本彩)

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 杉本彩さんと動物環境・福祉協会Evaのスタッフによるコラム。犬や猫などペットを巡る環境に加え、展示動物や産業動物などの問題に迫ります。動物福祉の視点から人と動物が幸せに共生できる社会の実現について考えます。

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