豊田スタジアムで行なわれた名古屋グランパス対鹿島アントラーズのJ1開幕戦では、順調に鹿島が得点を重ねて、62分の時点で3点差に。勝負の大勢は決してしまったが、その後に試合の見せ場が待っていた。
名古屋の長谷川健太監督は3-5-2の左ウイングバックに小野雅史、左シャドーにアカデミー育ちでもある大卒ルーキーの倍井謙を同時投入した。
「最近はしっかり、お互いの顔を見ながらポジションを取るであったりとか、そういう部分はスムーズにできるようになっている」と語る倍井は、小野のフォローを受けながら、ボールを持ったらどんどんドリブルで仕掛けて、左サイドからチャンスを生み出した。
最初、同サイドでマッチアップしていた鹿島のDF濃野公人は、関西学院大の同期であり「倍井のことは自分が一番分かっている」と主張するが、その倍井が投入された時に足がつりかけていたこともあり、「1本ボールが入った時について行けなくなって、結構、穴になるなと分かっていた」と振り返った。
その濃野は倍井が入ってきた4分後に交代、須貝英大が倍井に対峙することになったが、走力に自信を持つ須貝も倍井の独特な動き出しとボールを持っての鋭い仕掛けに苦しめられた。
CKのキッカーも担った倍井は何度も鹿島のディフェンスを脅かしたが、最後のところでクロスが跳ね返されたり、シュートを打ち切るまで行かずに、名古屋の得点は生まれなかった。
無得点という結果に関しては「悔しさしかない」という倍井は、数字を残すために「もっと振っていく。1個剥がして味方に付けて、もう1回、自分に入ってくるようにトライし続ける。ボールを受けるところを、もっと相手の脅威になるゴール前であったりとか、より前で勝負できるところでボールを受けることが大事になってくる」と課題を語った。
それでも強烈なインパクトを放ったことは間違いない。特別指定選手だった昨年に、ルヴァンカップでプロの試合にデビューしていた倍井にとって、この鹿島戦が3試合目の公式戦となるが、視察に来ていた日本代表の森保一監督の目にも留まった。
試合後の囲み取材で、パリ五輪世代の有望株でもある鹿島の濃野に関する質問が出た時に、森保監督が倍井の名前を挙げたのだ。
「後半から出た倍井君もパリ五輪世代の選手だと思います。我々が選手を見ていくなかで、個で局面を勝っていくという部分のところで言うと、攻撃のところで、個で仕掛けて打開できる部分もあったりと思います」
その言葉について倍井は「嬉しいですね、それは。こうやってプロの舞台に立てたら、いつそういうチャンスが来てもおかしくないと思っているので」と素直に喜びを表した。
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そして0-3という、言ってしまえば完敗のゲームで、SNSでプレーが話題になっていることについても「そこはすごい嬉しい」と語る。しかし、プレーのインパクトで注目されるのは最初のうちで、プロとして過ごしていくなかで数字を残していかないと評価を高めていけないことは理解している。
「僕はやっぱり試合が終わって悔しさしかなくて。こうやって開幕戦で、たくさんのお客さんが見に来てくれて、勝利を届けられなかったことに悔しさを覚えました。0-3から自分が1個でも返したら違ったと思うので。今日は悔しさが強い」
もちろん、インパクトを残したと言っても途中から起用されたに過ぎず、同期の濃野が相手側でスタートからピッチに立ったことも「刺激でしかない。一緒に戦った仲間が頭から出ているのは凄いなと思う反面、悔しさが大きい」と認める。
名古屋もこの試合で、シャドーとしてスタメン起用された和泉竜司や森島司など、実績十分のタレントが揃っている。それぞれタイプは異なるが、倍井の武器はなんと言ってもドリブルだ。
「推進力は負けたくないですし、そこは僕の生命線だと思っているので。ボールを受けた時に違いを出さないといけないし、いかにオフのところで相手の脅威になれるかが大事だと思っています。ドリブラーとしてもボールを受ける前に勝負がつく場面があるので。そういうところは意識的にやっている」
そう語る倍井も名古屋で活躍を続けて、日の丸を背負える存在になっていくことを思い描いている。刺激し合える存在である濃野と代表に選ばれることについて聞くと「一緒に入れるように頑張ります」と答えてくれた倍井。開幕戦で厳しい結果を味わった名古屋にとっても、希望の星になっていく期待は高い。
取材・文●河治良幸