2月21日、砂漠の町の片隅で、同じユニホームを着た日本人が、対決した。
カブスの鈴木誠也外野手と、今年からチームメイトになった今永昇太投手の対決=ライブBPは1打席のみで、鈴木の空振り三振に終わった。
「(打席に立つ前に今永が)本当は『外、真っすぐしか投げない』って、言ってたんすよ。そしたら、インコース来たんで」と鈴木。
日本人同士の対決というのは、日本メディアのみならず、地元シカゴのメディアも注目していた。意識しないというのは無理な話だ。打席に立つ前、鈴木は「本当は初球を打って、早く終わろう」と思ったそうだが、いざ打席に入ると初球からカーブが来て、打席に立つ前の「真っすぐ勝負」も忘れしまっていたという。
「僕は今、とりあえずボール見たいっていうのがあるんで、左投手を相手に成績は出ているんですけど、僕自身はあんまり好きじゃなくて。真っすぐがインコースに来ても全然、大丈夫ですけど、チェンジアップ系とか、外から入ってくるスライダーとかが若干、消えちゃう」
意外だった。昨季、鈴木は対右投手が打率.278、OPS(出塁率+長打率).838だったのに対し、対左投手は打率.306/OPS.852と数字では上だった。ただし、長打率は対右が.491、対左は.472とわずかに低く、打席数や打数に違いがあれども、「手応え」という部分で不満があるのだろう。
たった1球で終わらせるはずの今永との対戦でも、追い込まれてから、こんな風に考えていたという。
「あれ最後、フォークを待ってたんです。今永さんが投球練習で投げてて、いいボールだったんで、これ投げてくんないかな? と思って待ってたんですけど、インコースに結構キツめのところに来たんで、危なっと思って、ちょい逃げながらファウルでいいやと思って振ったら当たらなかった」
その辺り、やはり勝負師である。
「まだ左ピッチャーで入ってくる感覚が良くないので、今はちょっと見て、試合が始まる前ぐらいになってからとりあえず振っていこうかなと思っている。まだ自分の振り出しの感覚とボールの間の感覚が良くないんで。でも、いい勉強にはなりましたね」
3月28日の開幕戦まで約6週間。体調は万全。むしろ、「(身体の状態は)良すぎて怖いぐらいなんで、少し抑え気味に、行き過ぎないように過ごしている」と言うぐらいだ。それもそのはず、彼には昨年のキャンプで左脇腹を傷め、WBC日本代表を辞退した苦い思い出がある。負傷者リスト入りして開幕を迎えた昨季を顧みて、彼はオフの間もずっと、トレーニングしてきたのだ。
「(MLBデビューした2022年に)体重が結構落ちたので、それを戻すのに一生懸命で、(昨年のオフは)偏ったトレーニングをやってしまって、怪我につながったんですけど、今年に関しては動きの中でのトレーニングだったりっていうのを数多く入れてきた。体重は去年の入りと変わってないんですけど、動き的にはもう全然、今年の方が良いかなと思います」
今年からカブスのチームメイトとなった今永昇太投手とは「ロッカーの中だけ」で話す程度だそうで、練習中も外野手と投手が絡む場面は少ない。それでも、同じ日本人の存在は「心強い」ようで、ベテラン正捕手のヤン・ゴームズや他の選手たちとの「橋渡し」にもなっているようだ。
「(チームに)いてもらえるだけで気持ち的に違う。シーズン入れば、ベンチの中でたくさん話す機会はあると思うので、切磋琢磨して頑張っていきたいなと思ってます」
鈴木はメジャー2年目の昨季、日本人打者では3人目、右打者としては初めてシーズン20本塁打以上を記録した。打率.262から.285、出塁率も.336から.357、長打率は.433から.485と軒並み1年目の打撃成績を上回った。
OPSはMLB全体でも22番目、ナショナル・リーグ15番目の好成績である。これはどういうことかと言うと、とても贔屓目な言い方をすると、「本塁打王獲得歴のあるカイル・シュワバー(フィリーズ)やピート・アロンゾ(メッツ)、あるいはポール・ゴールドシュミット(カーディナルス)やクリスチャン・イェリッチ(ブルワーズ)より上だった」ということになる。
その裏付けとなる数値もある。
例えば打球の飛び出し速度。鈴木はこの2年で時速89.6マイルから91.4マイルに上昇。打球初速95マイル以上の「ハードヒット」を打った割合も41.3%から48.0%へ向上している。誤解を恐れずに言えば、「強い打球を放って安打や長打になる確率が上がった」ということになる。ただし、彼自身はその「強い打球」について、きっぱりとこう言っている。
「強い打球を打ったからといって、ヒットにならなかったら意味ないでしょ?」
強い打球を打つことが、野手が追いつかず、野手の間を抜ける打球を放つ一つの方法であるのは間違いない。強い打球なら、たとえそれが当たり損ねとなっても内野手の頭を超え、外野手の間に落ちる可能性が高まる、と解釈すれば分かり易いが、強い打球が野手の正面を突いた時、鈴木は何度となく、同じコメントを残してきたものだ。
「正面に飛ぶには、何かしらの理由がある」 単なる運では片付けず、結果を踏まえて、直向きに自分の打撃に向き合うこと。自分の世界に没頭し、感覚を鋭利に研ぎ澄まし、自己の意識と体の動きを確認し続ける。その単調な作業繰り返してきた彼にとって、キャンプでも何かが飛躍的に良くなることはないだろうし、今まで通り、いわば「日進月歩」で開幕に向かっていくのみだ。
今年のキャンプでは、頼もしい援軍もいる。DeNAやソフトバンクで活躍した内川聖一氏だ。一部報道のようにカブスに雇用されたわけではなく、鈴木が個人的に依頼してキャンプに参加している。
1982年生まれの内川氏と、1994年生まれの鈴木の距離が縮まったのは、内川氏がホークス、鈴木がカープで一軍定着を狙っていた2016年まで遡る。内川氏は言う。
「当時、横浜にいた頃、石井琢朗さんに凄いお世話になっていて、石井さんがカープに移籍して、同じ右打者ってこともありましたし、『誠也と一緒に自主トレやってくれないか?』と。それがきっかけでしたね。“神ってる”の年です」
内川氏と言えば、ベイスターズ時代の08年に右打者としてはNPB史上最高の打率.378を記録し、ホークスに移籍した11年には、史上2人目となる両リーグ首位打者となった日本球界屈指の右打者である。日本版ウィキペディアなどには、「日本球界を代表するアベレージヒッター」と記されているが、内川氏の自主トレに参加した鈴木は、こう問うている。
「内川さん、こんなに打球が飛ぶんですね」
当時の様子を、内川氏は懐かしそうにこう語る。
「当時の彼には、僕がコンタクトしながらヒットを打っていくっていうイメージがあったと思うんですが、一緒に練習をした初日、バットを振ってちゃんと打てば、こんなに打球が飛ぶんだなっていうのを感じたと思うんです」 鈴木にとってはプロ4年目のこと。その年、彼は右足大腿部の筋挫傷で開幕に出遅れながらも、交流戦でのオリックスとの3連戦(マツダ)で、2試合連続サヨナラホームランというNPB史上10人目の記録を樹立した。
21歳(当時)での達成は史上最年少で、続く第3戦でも決勝本塁打を放ち、当時の緒方孝市監督の、「神がかっていますね。今時の言葉で言うなら『神(かみ)ってる』よな」というコメントはその年の新語・流行語大賞の年間大賞に選ばれるほど広く世間に定着した。
鈴木と内川氏の交流はその後も続き、昨夏、鈴木がいわゆる「スタメン落ち」したニューヨーク遠征の際には、ちょうど内川氏もホークス時代の後輩でもある千賀滉大(メッツ)投手をニューヨークに尋ねていた。当時の鈴木は伸び悩む成績に試行錯誤を繰り返している最中で、後半戦に復調した理由の一つは、内川氏のアドバイスだったと言われている。
当の鈴木がこう語っている。
「内川さんはシーズン中も結構、連絡を取って、バッティングのアドバイスとかをいただいてたんで、一回近くで、シーズン入る前にしっかり見てもらって、いい方向に進んでいければなという風な思いでお願いした。何となくは自分でも分かっているんですけど、シーズンにしっかりとした形で入っていきたいし、どういう動きをしたいのかっていうのを第三者からの目線でアドバイスしてもらうのは必要だと思う」
昨季、内川氏の再会から調子を取り戻した鈴木だったが、内川氏自身は、「日本の打ち方に戻したとか、そんなに簡単なものじゃないんです」と言う。
「日本でやって来た打撃に戻したわけではないし、メジャーだけの部分でやったわけでもない。その辺りの表現は難しいんですが、日本でやって来たことをアドバイスしましたって言っちゃうと、日本に戻せってことになるので、それは違います。そこの表現は一番、難しい」 鈴木は我々メディアに対し、自らの打撃について語ることを自重している。それは彼の感覚で話したことを、我々が制限文字数内で書き連ねることで、それを読んだ日本のアマチュア選手が誤解したり、メディアというバイアスを経たせいで誤解を招くことを避けるためだ。
内川氏が、「そこの表現は一番、難しい」と言うのも、それをお互いの共通認識としているからだ。それはあたかも大谷翔平が、「どうしてこんなに打てるのか?」を語らないことと似ていて、メディアも評論家も誰一人として、完璧には説明できないのと同じように思える。
現時点で言えるのは、昨季途中で調子を上げた鈴木の打撃は、彼が今年、シーズンを通じて活躍できたら、去年よりもう少しその輪郭がハッキリとしてくるのではないかということだ。
去年の成績は、MLB1年目の22年の成績があってこそ。今年の成績は、MLB2年目の昨年の成績があってこそ、である。
鈴木は言う。
「途中で調子が悪かったり、良かったりっていう波が2シーズン続いているので、そこはしっかり波を少なくして、1年間しっかり戦えるように、今からしっかり体作りをしていきたいなと思ってます」
謙虚な意気込みの中に、断固たる決意と、自信が垣間見える――。
文●ナガオ勝司
【著者プロフィール】
シカゴ郊外在住のフリーランスライター。'97年に渡米し、
アイオワ州のマイナーリーグ球団で取材活動を始め、
ロードアイランド州に転居した'
01年からはメジャーリーグが主な取材現場になるも、
リトルリーグや女子サッカー、
F1GPやフェンシングなど多岐に渡る。'
08年より全米野球記者協会会員となり、
現在は米野球殿堂の投票資格を有する。日米で職歴多数。
私見ツイッター@KATNGO