連載『lit!』第90回:The Last Dinner Partyからビヨンセまで、2024年のムードが早くも感じられる新作5選

2月はグラミー賞の発表やスーパーボウルの開催といった大きなイベントが多いこともあってかメインストリームの動きが慌ただしく、なんとなく昨年の感じを引き継いでいたところから、しっかりと今年のムードへと切り替わっていくような感覚を抱くことが多い。今回紹介する5曲も、(特に意識していたわけではないのだけれど)まさに「2024年はこういう感じ」という印象を感じさせるような楽曲になっていると思うので、ぜひ、本稿をきっかけにその行く末に想いを巡らせていただけると嬉しい限りだ(とはいえ、まず間違いなく予測不可能な結果になるのだけれど...…)。

■The Last Dinner Party 「The Feminine Urge」(UK/インディーロック)

『BBC Sound of 2024』の1位に選出され、コーチェラやフジロックなどのフェスへの出演も決定するなど、凄まじい勢いで躍進を続けるイギリス・ロンドン発のインディーロックバンド、The Last Dinner Party。そのあまりの熱狂ぶりは同バンドをハイプ視する意見をも生み出すほどに膨れ上がっていたが、デビュー作『Prelude to Ecstasy』はそんなノイズを見事に吹き飛ばし、2024年が彼女たちの年になることを確信させる作品となった。インディーロックを基軸としながらも、ストリングスや鍵盤楽器の音色が彩るゴージャスで退廃的な世界が広がっていく同作の中で特に印象的なのが、ボーカルのアビゲイル・モリス自身の体験を元にして書かれたという「The Feminine Urge」。ある男女の光景を起点に、岩の上に横たわる(毒を愛へと変換する)肝臓のような自分の姿や、家父長制が支配する舞台で舞い踊るバレリーナ、母から受け継がれた傷が自分の中で育っていく様子がドラマティックに描かれていく同楽曲は、バンドが持つ物語と楽曲の両面におけるライティングの巧みさと、シーンにおけるその存在の重要性を鮮やかに証明している。

■ミーガン・ジー・スタリオン「HISS」(US/ヒップホップ)

ソロ名義では自身初となる全米チャート初登場1位を達成し、すでに今年を代表するヒット曲の一つとなった印象のあるミーガン・ジー・スタリオンの最新曲。本楽曲を巡ってはビーフが話題の中心になることが多いが、話題性だけで1位を取れるほど今のシーンは甘くない。不穏な音色を奏でるオルガンのループと、引き締まったビートが織りなすミニマルなトラックをバックに、絶妙なタイミングでフロウを切り替えながら3分間を鮮やかに駆け抜けていくミーガンの卓越したラップスキルと、痛快かつクレバーなリリックが詰まった本楽曲は、キャッチーなフックすら必要としないほどに無駄のない見事な仕上がりであり、何度再生しても最後まで聴き惚れてしまう。そのあまりにも容赦のないリリックが引き起こした現状については何も触れないでおくが、フェイクニュースやSNSの罵詈雑言、トレンドに群れる人々らを完膚なきまでにぶった斬る姿にある種の頼もしさを感じるのは、まさに本楽曲でミーガンが対峙した批判意見と似たような言葉に、今を生きる人々もまた苦しめられているからなのかもしれない。

■Maluma, Octavio Cuadras, Grupo Marca Registrada「Bling Bling」(メキシコ、コロンビア/メキシコ音楽)

今年のコーチェラのラインナップが象徴する通り、ここ数年のメインストリームにおいて大きな存在感を発揮しているメキシコ音楽。その中でも、昨年11月のリリース以降、TikTokなどを中心にバイラルヒットを記録した「Bling Bling」は、トラップと合流したサウンドと過激なリリックで旋風を巻き起こした“Corridos Tumbados(コリドス・トゥンバドス”と呼ばれる近年のコリードの流れに対して、軽快に響くホーンをバックにリッチでお気楽なリリックを歌うことで新たな流れを生み出した印象深い楽曲だ。本楽曲はそんな原曲に、オクタビオ自身もリスペクトしてやまないというラテンポップ界の超大物であるマルーマが参加したバージョンとなっており、ただヴァースを追加するだけではなく、楽曲全体をリッチに磨き上げたかのような仕上がりとなっている(原曲が地元のパーティーだとすれば、こちらはまさにMVのように高級ホテルのパーティーといった趣だ)。曲中でも自身がシャウトしているように、本楽曲は“Corridos Felices(コリドス・フェリズ/ハッピーなコリード)”という新たなムーブメントの起点として語られている。今後のシーンの流れにも、ぜひ注目してみてほしい。

■ケイシー・マスグレイヴス「Deeper Well」(US/カントリーポップ)

モーガン・ウォーレンの大ヒットが象徴するように、現在のメインストリームにおいて特に大きな存在感を発揮しているカントリー。(次に紹介する楽曲も相まって)今年はそのムーブメントがさらに大きくなっていくことが予想されるが、その中でも(良い意味で)喧騒に左右されることなく、自分だけの個人的な物語を紡ごうとしているのが、カントリーの枠を超えて多くのシンガーソングライター好きを魅了し続けているケイシー・マスグレイヴスだ。〈Took a long time, but I learned / There's two kinds of people, one is a giver / And one's always tryin' to take /All they can take(長い時間がかかったけれど、私は学んだ / 世の中には二種類の人がいて、片方は与えてくれるけれど / もう片方はいつも奪おうとする / 奪えるだけ奪うんだ)〉というラインが強い印象を与える「Deeper Well」は、心地よい眠りを想起させるような音像の中で“手放すこと”について描かれた、シンプルで美しく、まさにモダンカントリーの魅力に浸るのにぴったりの名曲である。来月リリース予定の最新作への期待も膨らむばかりだ。

■ビヨンセ「TEXAS HOLD'EM」(US/カントリーポップ)

今、カントリーについて触れるのであれば、この曲を避けて通ることは不可能だろう。ハウスミュージックを基軸とした『Renaissance』に続くビヨンセの新作(通称『Act II』)のリードシングルがカントリーであると知った時にはさすがに驚いてしまったが、漂白されたブラックミュージック/カルチャーを再び取り戻し、自身のルーツでもある先人たちの功績を称えることに「Renaissance」という言葉の意図があると考えれば、それはむしろ自然な流れでもある。「16 CARRIAGES」と同時にリリースされた本楽曲は、リアノン・ギデンズが奏でる軽快なバンジョーの音色や親しみ深いコーラスの掛け合いも相まって、よりルーツカントリーを想起させる仕上がりとなっており、まさに前作における「BREAK MY SOUL」に近い位置づけであることが予想される。かつて、2016年にビヨンセが発表した「Daddy Lessons」が(保守層を中心に)議論を生み出していたが、恐らくこの先に待つ光景は当時の比ではないだろう。だが、それこそが今のビヨンセがやろうとしていることなのだ。

(文=ノイ村)

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