公務員や教員は認知症になりやすい? 職業と認知症リスクの関係は、科学的に本当か【脳科学者が解説】

「公務員や教師、サラリーマン」は認知症になりやすく、「政治家や経営者、職人、芸術家」は認知症になりにくいという説があるそうです。職業と認知症のリスクには関連があると言えるのか、わかりやすく解説します。

Q. 「公務員は認知症になりやすい」って本当ですか?

Q. 「お医者さんが書いた本に、『公務員は認知症になりやすい』と書かれていました。両親が公務員だったので、認知症になりやすいのではないかと心配です。職業と認知症のなりやすさには実際に関連があるのでしょうか?」

A. 信ぴょう性のあるデータではありません。心配しなくて大丈夫です

「職業と認知症のなりやすさに関係がある」という説が書かれていたとのことですが、該当する本を筆者も探して確認してみました。著書である医師の解説によると、認知症になりやすいとされる職業の上位は「公務員」「教師」「サラリーマン」で、なりにくい職業は「政治家」「経営者」「職人」だそうです。 その理由として、「公務員」「教師」「サラリーマン」は、共通して、与えられた仕事をこなしていればお給料がもらえるため、あまり脳を使っておらず、「政治家」「経営者」「芸術家」などは、常に決断を迫られる困難な環境にあるため、脳を活発に使っているから、と解説されていました。 確かに、日頃の脳の使い方によって、年をとってから認知機能が衰えるスピードに差が生じることはあり得るかもしれません。しかし、上記の理由で職業と認知症のなりやすさを関連付けるのは、かなり無理があると感じます。 まず、「どの職業が一番脳を使っているか」というのは、一概に言えないことです。公務員やサラリーマンがあまり考えずにルーチンワークをこなしているだけ、と考えるのはそもそも偏見です。 逆に、政治家や経営者の中にも、あまり周りのことまで気を配れず、自己中心的でわがままな性質の人もいるでしょうし、サラリーマンや公務員が見たら「ちゃんと考えていないのでは?」と思ってしまうような言動をする人もいます。 優れた人は、どの職業でも与えられた環境の中で自発的に行動しますし、新たな問題解決に取り組んでいくものです。その逆も然りではないでしょうか。 また、どのようなデータ収集をして結論づけたのかわかりませんが、比べる母集団の数の違いを無視してはいけません。 わが国の職業別人口データによると、サラリーマン(企業等)は約5000万人、公務員は約350万人、教員は約130万人と、かなり多いです。それに対して、政治家、経営者、芸術家については、はっきりしたデータがないものの、サラリーマンなどに比べてかなり少数だと推測できます。 このように全体数が大きく異なるような母集団間では、そもそも「比較してはいけない」というのが統計学の常識です。たとえば、ある人が認知症を発症した場合に、「100万人中の1人」なのか、「100人中の1人」なのかでは、まったく重みが違うからです。 シンプルな構図に対してそれらしい説明をされると「そうかも!」と思ってしまいがちですが、しっかりとした根拠がなければ、それは単なる「思い込み」に過ぎません。 バラエティー番組やお酒の席での話のネタなど、エンターテイメント的に使える情報かもしれませんが、科学的に見て根拠があるデータとは言えないのです。真剣に取り合って心配するような話ではありませんので、不安に思わなくて大丈夫です。

阿部 和穂プロフィール

薬学博士・大学薬学部教授。東京大学薬学部卒業後、同大学院薬学系研究科修士課程修了。東京大学薬学部助手、米国ソーク研究所博士研究員等を経て、現在は武蔵野大学薬学部教授として教鞭をとる。専門である脳科学・医薬分野に関し、新聞・雑誌への寄稿、生涯学習講座や市民大学での講演などを通じ、幅広く情報発信を行っている。 (文:阿部 和穂(脳科学者・医薬研究者))

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