杉咲花&志尊淳の“孤独”との向き合い方「一人でいること=寂しさ」ではない

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信頼と愛は似ている。

町田そのこ原作『52ヘルツのクジラたち』が映画化。主人公の貴瑚を杉咲花が、彼女を助け支える岡田安吾(通称・アンさん)を志尊淳が演じている。お互いに「すごいとしか形容できない役者」「どうしてそんなに優しいんですか? といつも思います」と評する二人を見ていると、自然と、貴瑚とアンさんの面影が重なる。

二人の役者が築いた信頼はそのまま、貴瑚とアンさんの関係性に繋がっているように思えてならない。どんな心境で、それぞれの難役に向き合ったのだろうか。

貴瑚として、アンさんとして、どう生きるか?

――映画『52ヘルツのクジラたち』は、本屋大賞を受賞した町田そのこさんの同名小説を原作としています。杉咲さんは主人公でヤングケアラーの貴瑚を、志尊さんは貴瑚を支えるアンさんを演じていらっしゃいますが、原作の存在はどれくらい意識されていましたか?

杉咲 貴瑚という人物において、全ての要素を大切にしたい気持ちでした。貴瑚は出会った人々に自分なりの愛情を注ぎ、ウィットに富んだ側面があって、ビールが大好きで、少しがさつなところもあります。自身が深い痛みを抱えていながら、周囲の誰かを傷つけてしまうこともある。そんな姿を体現する主人公の姿に、これは現実社会でも起きている話だと感じ、ある種の好意を抱きました。

志尊 原作からイメージするアンさんの容姿と、僕が今作で演じているアンさんのイメージは、きっと違うと思うんです。そんななかで僕は、原作に描かれているものを映像でも成立させることを意識していました。小説を実写化するからこその表現もあると思うので、しっかり原作をリスペクトしつつ、僕として表現できるアンさんを生きる。そこに重きを置きながら演じさせていただきました。

――それぞれの役柄とは、どう向き合われたのでしょうか?

杉咲 貴瑚は、寝たきりになってしまった義理の父を介護するヤングケアラーの立場にいます。父母から虐待としか形容できない扱いを受け、傷を抱える彼女の心情を想像するために、資料を読んだり有識者の方の話を聞いたりして、知識を深めていくことからはじめました。

ただ、撮影現場においては、前もって演技プランを用意していくものではないと考えていました。志尊くん演じるアンさんや、小野花梨ちゃん演じる美晴など、相手と対面することで初めて生まれてくる感情を大事にしたかったんです。

志尊 僕も、アンさんという一人の人間と向き合うことが重要だと考えていました。アンさんがどういう人なのか、僕自身が一番よくわかっていないといけない。そのうえで、アンさんのことを「大変で難しい役」といった捉え方はしていません。演じているときは、ひたすら「アンさんとしてどう生きていくか?」としか考えていなかったです。

――お二人とも、貴瑚やアンさんのことを一人の人間として捉えるところから始められたんですね。

杉咲 苦しみを抱えている人の声が届くべきところへ届いていない、そんな現実が私たちの社会にもあって。人々がその声に気づいて、共に生きられるようになってほしいし、誰しもの人生が祝福されるべきであるという、世の中の価値観に対する祈りのようなものを本作に込めたい気持ちがありました。

志尊 これまでにさまざまな作品を経験させていただいて思うことは、まず「知ること」が大切なんだ、ということです。この物語が、虐待を受けている方、性的マイノリティの方、ヤングケアラーと呼ばれる方が実際にいることを知るきっかけの一つになるのではないか。物語を通して「伝える」ことに意味があるんだと思いながら、僕たちは作品をつくっています。

(C)2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会

居酒屋シーンは「二人にとってのシェルターだった」

――貴瑚とアンさんが二人でいるシーンはどれも、切っても切れない絆を感じるシーンや、思わず身体に力が入ってしまうシーンなど、感情が動かされます。もっとも思い入れのあるシーンについて教えてください。

杉咲 貴瑚が美晴やアンさんと出会って、最初に居酒屋でお酒を飲むシーンがあるのですが、以降、そこがいつものお店として溜まり場になっていきます。そんな空間でのシーンがとくに好きでした。

居酒屋って、店内の騒音や、酔っ払った人たちの騒ぎ声が聞こえてきたりしますよね。きっと貴瑚やアンさんにとっては、それがノイズではなかったんじゃないかなって。みんなに聞こえる「Hz(ヘルツ)」のなかに自分たちが存在していると感じられる時間が、かけがえのないものだったように思うんです。

(C)2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会

志尊 わかるなあ。居酒屋のシーンは、アンさんとしても僕自身としても、思いが繋がっていた部分があるんです。貴瑚も花ちゃん自身も、見ていてつらかった。どちらに対しても「早くいろいろなものから解かれて、楽になってほしい」と思っていました。

この気持ちはアンさんのものでもあり、僕のものでもある。志尊淳は、気軽に杉咲花に話しかけられる状況じゃないと思っていたけれど、アンさんは同じ状況下で貴瑚を救い出そうとしているんですよね。相反する感情のなかで、アンさんとしての表現をどう導き出すか、悩みました。

でも、だからこそ、アンさんという人に向き合える瞬間がありました。台本には明確に書かれてはいませんでしたが、アンさんが貴瑚に対して明確な好意を抱いたのは今だ、と思える一瞬も感じられました。花ちゃんとの共演シーンは、いまでも鮮明に一挙手一投足を思い出せるくらい、僕にとって大切な記憶です。

杉咲 この作品に関わること自体、大きな緊張感がありました。特に最初の居酒屋シーンでの貴瑚は、精神的にも追い込まれたギリギリの状態で、同じ鮮度を保ったお芝居が続けられるか不安があって、自発的に表現を探すような、自分ひとりのアプローチでは間違いなく乗り越えられないシーンだったと感じています。

現場では、志尊くんがアンさんそのものとしてそこにいてくださって、目の前にいる貴瑚にどんな言葉をかけてあげられるか、心を尽くしながら向き合ってくださっていることが手に取るように伝わってきたんです。その姿を捉えているだけで心が動いてしまう、かけがえのない時間でした。

志尊 僕にできることは、アンさんにも貴瑚にも、とにかく寄り添うこと。彼らの心の揺れに、役者として誠実に向き合う必要があると思っていました。この物語は「大切な人の声を聞けるか」というテーマが根幹にあるので、撮影期間中はとくに、アンさんの気持ちをどれだけ汲み取り、表現できるかを意識しながら毎日を生きていました。

「杉咲花が報われてほしい」「人間としての器が桁違い」

――これまでにも共演経験があるお二人ですが、あらためて本作を通したうえでの、役者としてのお互いの印象を教えてください。

志尊 「素晴らしい」、これ以外の言葉がありません。お芝居はもちろん、撮影現場での佇まいを含めて、何をとっても「すごい」の一言です。セリフがあるシーンもないシーンも、ただ立っていたり歩いていたりするだけのシーンでも、圧倒されます。

いちばん強く思うのは「杉咲花が報われてほしい」ということ。どれだけの思いでこの作品に向き合ってきたかを間近で見ているからこそ、報われてほしい。完成した作品を観て、注いだ思いの分だけ花ちゃんに返ってくるものが絶対にある、と確信しています。

杉咲 そんなふうに言ってもらって…。もう本当にありがたいです。志尊くんは、人間としての器が桁違いなんですよ。こんなにも飾らない愛情を持って現場にいてくださる方って、そういないと思います。「なんでそんなに優しいんですか?」っと、いつも思うんです。

役としての関係性を尊重しつつ、現場がどういう状況にあって、そこにいる人がどんな気持ちでいるか、周囲の状態を常に見つめて、静かにサポートにまわってくださるような方で。個人的な感情を現場に持ち込まず、一人の制作陣としてどこまで現場に関われるかを考え続ける姿に心から敬意を抱いていました。

一人でいることと寂しさは直結しない

――貴瑚とアンさんは、それぞれの傷や孤独を抱えながらも、寂しさと向き合いながら生きているように見えました。お二人にとって「寂しさ」とはどんな感情ですか?

杉咲 私にとっての寂しさは、幸福と同居している感情です。何かを幸せに感じるときほど、もう二度とその時間が訪れることはないという切なさが共にあるというか。いつも、心のどこかに寂しさがそっと佇んでいるような感覚です。

志尊 寂しさを感じることはなくなりました。昔は、一人でいると「寂しいな」と感じることもありましたが、いまは寂しさに打ち勝つ術を覚えたんです。それは「寝る」一択! ずっと人と一緒にいたいと思うタイプだったんですが、いまは一人でいる時間が必要です。

杉咲 一人でいることは、必ずしも寂しさには直結しないですよね。私も、一人で過ごす時間が好きです。寂しくなるときもありますが、一人でいること=寂しさではないと思います。

志尊 寂しいときもあれば、楽しいときもあるよね。寂しさへの向き合い方でいうと、「寝る」以外だったら僕は、よく家族に電話をするようになりました。LINEで済むような他愛のない話を、あえて電話でしています。10秒とかで終わっちゃうんですけどね。

杉咲 そうなんですね! 私は毎日のように母と会っているので、対面で話すほうが多いかも。

志尊 花ちゃんは、お母さんと話すとき、どんな感じなの?

杉咲 どうなんですかねぇ……。素直になれない娘の顔が出てきてしまっているかもしれません(笑)。

志尊 へえ! 意外だけど、でもそんな感じも想像できるかも。

大切な人を、大切にできる世の中に

――貴瑚やアンさん、美晴たちを見ていると、血のつながりがない他者と連帯する生き方も、選択肢として尊重される世の中になってほしいと感じます。お二人が本作の根底に流れるテーマについて、思うところを教えてください。

杉咲 おっしゃるように、本作を通じて、そのような希望が差し込む社会になっていくことを望んでいます。私は、現実社会はまだそうした関係性の尊重を簡単に願えるような段階にはない気がしていて、社会制度の壁が大きく立ちはだかっていると思っています。

貴瑚が出会う少年のような、家庭に何らかの問題が生じた子供たちが安心して生きられる場所を見つける選択肢が広がることや、同性婚や選択的夫婦別性が認められるようになるなど、どんな経験や属性の方であっても多様な関係性を自由に築いていけるように、1日も早く平等な制度が整えられてほしいです。そういった選択肢が担保されたうえで、それぞれの生き方や関係性が尊重される世の中に変わっていくことを願っています。一人でも多くの方にとって、本作が現実と地続きにある物語として、気づきや希望を抱けるような作品になっていたら嬉しいです。

志尊 世の中にはたくさんの人がいます。好きな人も、苦手な人もいますよね。どうか目の前の相手と、人として向き合ってください。向き合った結果、やっぱり苦手だったことを再認識したとしても、それはそれでいい。向き合ったことで、変わる世界があると思うから。

「ヤングケアラーだから」「性的マイノリティだから」、そうした理由で人と向き合わない選択をすることが、人生の幅を狭くしてしまうんじゃないでしょうか。僕は、向き合うこと、寄り添うことを大切にしたい。大切だと思う人を、本気で大切にしたい。愛を注ぎたいと思える人に、一人でも多く出会える人生にしたいと思っています。

取材・文:北村有 撮影:映美

(杉咲花)スタイリスト:渡辺彩乃 ヘアメイク:宮本愛
(志尊淳)スタイリスト:九(Yolken) ヘアメイク:松本順(tsujimanagement)

<作品情報>
『52ヘルツのクジラたち』

3月1日(金) TOHOシネマズ 日比谷他全国ロードショー

(C)2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会

出演:杉咲花 志尊淳 宮沢氷魚 小野花梨 桑名桃李/余貴美子 倍賞美津子
監督:成島出/原作:町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』(中央公論新社)
主題歌:「この長い旅の中で」Saucy Dog(A-Sketch)
2024年|日本|カラー|ビスタ|5.1chデジタル|136分|配給:ギャガ

(C)2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会

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