『ブギウギ』を貫く“さよならだけが人生だ” 戦争と地続きの戦後を描く意義

2月に入り、NHK連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『ブギウギ』がいよいよ大詰めを迎えつつある。

本作は「ブギの女王」と呼ばれた歌手・笠置シズ子をモデルにしたヒロイン・福来スズ子(趣里)の半生を描いたドラマだ。

物語は大正末から始まり、USK(梅丸少女歌劇団)に入団したスズ子の下積み時代が描かれた。その後、舞台は東京に移り、作曲家の羽鳥善一(草彅剛)が作った歌をスズ子が歌いこなすために悪戦苦闘する誕生秘話が描かれ、最後に新曲を披露するという流れが毎週展開されるようになっていく。

つまり本作は、昭和の芸能界で福来スズ子がショービジネスの世界で成長していくサクセスストーリー。そして、それと並行して描かれるのが一人の女性としてのスズ子の物語と、彼女を取り巻く仲間たちが移り変わっていく姿だ。

幼少期は父と母が営む銭湯「はな湯」を中心とした大阪の下町共同体に守られ、小学校卒業後はUSKで同世代の少女たちと切磋琢磨したスズ子。東京で歌手として活躍するようになると、彼女を中心とした仕事のチームが生まれるようになる。

同時に娘という立場だったスズ子も、年齢を重ねて恋をするようになり、彼女の熱狂的なファンで日本随一の演芸会社・村山興業の一人息子・村山愛助(水上恒司)と結ばれる。そして現在(第21週)は、結核で亡くなった愛助との間に生まれた娘・愛子を育てるシングルマザーと歌手の仕事の両立に悪戦苦闘しながらスズ子は暮らしている。人気歌手のサクセスストーリーであると同時に、一人の女性が人生の岐路において変化していく社会的立場を、その時々で一緒に暮らす人々との関係性の変化を通して描く物語が『ブギウギ』の両輪となっている。

本作を観ていて感じるのは物語のスピード感で、スズ子を取り巻く状況が大きく変わると、彼女を取り巻く人々の面子もガラっと変わり、出会いと別れが目まぐるしい速さで変化していく。根っこにあるのが下町共同体を軸にした人情喜劇と、ブギのリズムのようなカラッとした明るさなので、湿っぽい雰囲気にはあまりならない作品だが、舞台が戦後に移ると、スズ子といっしょに日本全国を慰問した「スズ子とその楽団」が解散し、付き人だった小林小夜(富田望生)まで仕事を辞めて米兵のサム(ジャック・ケネディ)と結婚して渡米する退場する流れには、一抹の寂しさを感じた。

元々、朝ドラは登場人物が多く一人の女性の半生を描くため、人間関係が激しく変化していくし、ドラマチックな退場劇もイベントとして何回も用意されている。『ブギウギ』も母のツヤ(水川あさみ)や愛助との別れをドラマチックに描いていたが、人生の岐路で進む道が変わり、何となくばらけていく場面を観た時のあっけなさは死別の場面とは違う切なさがあり、「花にあらしのたとえもあるさ。さよならだけが人生だ」という有名なフレーズが頭に浮かんだ。

ともあれ、華やかな芸能界に生きる歌手でありながらスズ子の日常は地に足のついた現実的なものである。だからこそ、終戦直後の日本で多くの大衆の心を掴むことができたのだろう。

第15週「ワテらはもう自由や」の第67話冒頭で玉音放送が流れ、長く続いた戦争が終わる。

昨年末の放送で戦争が終わらなかったため『ブギウギ』では戦争の描写がしばらく続くのだろうと予想していたため、思ったよりあっさり終戦を迎えるんだなぁと、この時は思ったが、「戦争が終わって明るい戦後が始まる」という物語には、簡単には向かわなかった。

戦争が終わったことでスズ子は再び明るい歌を歌えるようになり、羽鳥が作曲した「東京ブギウギ」を大ヒットさせる。ブギのテンポの良さと明るく前向きでユーモラスな歌詞を聴いていると、かつての明るい世相が日本に戻ってきたと実感する。しかしそれはあくまで歌がもたらす空気でしかなく、庶民はいまだ戦争が残した爪痕に苦しんでいた。

有楽町界隈のパンパンガールを取り仕切るラクチョウのおミネ(田中麗奈)に怒鳴りこまれたことをきっかけにスズ子は女たちを取り巻く苦しい現実を改めて実感する。同じ頃、スズ子はガード下で靴磨きをしている少年が幼なじみのタイ子(藤間爽子)の息子だと知る。タイ子は病気で寝たきりの生活をしており、夫が戦死して身寄りがなく貧しい暮らしに苦しんでいた。そんなタイ子をスズ子は助けようとするが、どこにいても流れてくるスズ子の歌を聞くと、どん底の暮らしをしている自分がみじめになると、自分自身の苦しみをタイ子はぶちまける。

戦争で夫を亡くしシングルマザーとなったタイ子は「もう一人のスズ子」と言える存在だ。その後、スズ子からおミネたちパンパンガールのことを聞かされた羽鳥は、新曲の「ジャングル・ブギー」を完成させるのだが、おミネたちやタイ子のような戦争の影響で今も苦しんでいる女性が大勢いるという現実をはっきりと描くことで、戦後もまた戦争と地続きなのだということを、本作は強調している。

(文=成馬零一)

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