トップインタビュー/小田急SCディベロップメント 細谷 和一郎社長

コロナ禍を経て、生活者の行動・価値観の多様化、ECの発展など、商業施設をめぐる環境は大きな変化の時を迎えている。「エキチカは、マチチカ、ヒトチカへ。」を宣言し、地域共生、テナントの働き方サポートなどに取り組み、生活者・テナントに「選ばれる商業施設」を目指す小田急SCディベロップメントの細谷和一郎社長に、2024年の展望を聞いた。

施設稼働率98%、売り上げもコロナ前に戻る

――運営している商業施設の現状を教えてください

細谷 当社が運営している商業施設は大型施設約12、中小型の施設約200、運営区画は約2000、テナントは約1000社となっています。2023年度は、新型コロナウイルス感染症の影響も落ち着き、大型専門店や百貨店を除いた売上高は前年度比8.2%増の見込みです。2019年度比でも0.2%増と回復基調にあります。施設の稼働率も約98%と堅調に推移しています。

――特にどこの施設が好調でしょうか

細谷 経堂コルティ(東京都世田谷区)、成城コルティ(東京都世田谷区)といった世田谷エリアの駅直結の小型商業施設、相模大野ステーションスクエア(相模原市南区)、新百合ヶ丘エルミロード(川崎市麻生区)はまずまず好調ですね。早い段階で、コロナ前の水準に戻りました。新宿エリアは、新宿駅西口地区開発計画のため、新宿ミロード「モザイク通り」(東京都新宿区)を閉鎖したものの、既存店ベースでは好調を維持しています。

<新宿ミロード>

――駅利用者数と商業施設の客数に相関関係はありますか

細谷 在宅勤務が珍しくなくなり、会社に通うことが減った影響はあると思います。というのは、鉄道の乗降客数データを見ると、定期利用のお客様が2けた以上減っているエリアがあります。定期以外の部分は1けた減くらいなので、コロナ前は定期を買っていた方が、週2、3回の出社となり、定期でなく切符に切り替えているのかもしれません。若干苦戦している「本厚木ミロード」(神奈川県厚木市)についていうと、本厚木駅の乗降客数を見ているとまだ回復していないので、乗降客の減少が商業施設の客数に影響しているといえます。もちろん、ECで買い物をする生活者が増えていることの影響も見逃せませんが。

――好調なテナントの業種を教えてください

細谷 業種的には、やはり飲食を中心に戻りが早いと感じます。エリアの好不調もおそらくテナント構成が関係している部分があると思います。新宿ミロードのように、ファッション中心ですと顧客の戻りが遅い傾向ですね。経堂コルティ、成城コルティといった世田谷エリアですと、スーパーマーケットのOdakyu OXを中心に生活密着型のテナント構成で、業績も落ち込みが少なかったですし、早く回復しました。

また、スーパーマーケットや生活者が誰でも知っている大型アパレル専門店などももちろんですが、個性的なテナントも商業施設を盛り上げてくれる存在として、重要です。個人が経営しているような、個性的なテナントは固定客がたくさんいらっしゃることが多いですので、そういった店舗が出店している施設の業績は堅調です。

<個性的なテナントも重要と細谷氏>

大型アパレル専門店は、若い方だけでなくて幅広い層に人気ですし、集客力があります。しかし、そういった人気テナントだけですと、商業施設として他社と差別化できません。テナント構成としては、大型量販店に加え、特徴のある専門店に出店していただくのも重要ではないかと思います。

――差別化のためのリーシングは難しそうですね

細谷 難しいですね。各施設の支配人が「大型専門店以外の個性的なテナントを探してほしい」「スーパーマーケットもいいけど、個性的な食物販も探してほしい」とオーダーしても、かなりニーズが細かいですので、お店を探してくるリーシング部隊は本当に大変ですね。

地域で人気のスイーツ店に出店いただいたり、地域と連携したイベントにポップアップショップで登場していただいたお店に常設店を構えていただいたりしています。

新百合ヶ丘エルミロード、本厚木ミロードなど改装

――今後の改装計画について教えてください

細谷 新型コロナがまん延していた時期は、施設への投資を抑制していました。2023年度から投資を本格的に再開し、2024年度は数施設でリニューアルを予定しています。

「小田急マルシェ狛江1」(東京都狛江市)は高架化した時にできた商業施設ですので、開業から26年たっていますが、初めての全面改装を実施します。今年の6月から8月ぐらいに順次竣工予定です。

新百合ヶ丘エルミロードは周辺に商業施設が多く、差別化のため、食を中心にてこ入れします。Odakyu OXがまず改装し、2月中にリニューアルオープンします。その後、食品の専門店を順次入れ替え、食を強化します。

<ビナウォーク>

海老名駅徒歩1分の「ビナウォーク」(神奈川県海老名市)は、もともと施設内に公園があり、イベントを積極的に行ってきました。コロナ流行期は、イベント集客ができなかったことで、売り上げが落ち込みました。これからはコト消費をもっと強化するため、アミューズメント系に力を入れていきます。メインの5番館3階を7月オープンに向けて改装していきます。子どもから大人まで、幅広い世代の方が楽しめるアミューズメント施設を導入します。

「本厚木ミロード」(神奈川県厚木市)は、2024年4月19日リニューアルオープンします。エリア初出店となる「GU」「ドットエスティ」「ニトリ デコホーム」など6店舗が新規出店。ファミリー層にとってこれまで以上に過ごしやすい施設を目指し、ベビールームも改装します。

「ODAKYU湘南GATE」(神奈川県藤沢市)も、4月ぐらいに向けて、大規模ではないですが、改装を予定しています。

こういったハード面の改装に加え、コロナ禍で抑制していた集客イベントなどを各施設で展開します。「ビナウォーク」では昨年「ビナウォーク校文化祭」や「えびな みんなの夏まつり」を開催。小田急沿線で育ったと公言してくれている「いきものがかり」が、フリーライブを実施してくれましたし、「湘南 GATE」ではハワイの盆踊り「盆ダンス」が楽しめる「アロハde盆ダンス&縁日」も行いました。こういったイベントでエリアを盛り上げ、物販や飲食を提供するだけでなく、地域のコミュニティーづくりに貢献し、地域の皆様のサードプレイスになることが重要だと考えています。

地域と共生し「開かれた商業施設」目指す

――地域との連携を強化していますね

細谷 小田急グループでは、地域価値創造型企業を目指しており、小田急SCディベロップメントとしても地域共生ステートメントとして、「エキチカは、マチチカ、ヒトチカへ。」を発表しています。従来から、当社は地域共生に取り組んでいましたが、地域共生といっても、はっきりした定義はありませんでした。そこで、2020年上期に、さまざまな役職の社員を集めて議論した中で「エキチカは、マチチカ、ヒトチカへ。」というステートメントが出てきました。

今までの商業施設というのは、自社の商業施設を運営し、テナントに出店してもらい、そこに買いたい人が来てもらえばいいという視点だったと思います。しかし、議論の中で出たのは、特にわれわれの場合には小田急沿線にありますし、閉ざされた空間ではなく、基本的にはその商業施設がある街や人にわれわれが寄り添っていく存在でありたいという意見でした。それを表現したのが「エキチカは、マチチカ、ヒトチカへ。」です。

商業施設はあくまでもそのエリアの中の一つの拠点であることを忘れずに、さまざまなステークホルダーの方に寄り添うことで、もっと開かれた商業施設にしていきたいです。

――地域との具体的な取り組みを教えてください

細谷 2020年に狛江市と包括連携協定を締結したほか、2022年には神奈川県から「令和4年度イノベーション人材交流拠点事業」を受託し、起業家を創出する拠点づくりを行っています。伴走型支援プログラムによる起業サポートだけでなく、さまざまな人が交流できるよう、本厚木ミロード6階にAGORA Hon-atsugi(アゴラ本厚木)というワークスペースを作りました。ここから、起業家育成のプログラムを経て、コーヒーを通じて地域の魅力を発信する「厚木珈琲」も輩出しました。地域にゆかりのある商品を開発し、店舗やオンラインで販売しています。

<本厚木ミロード>

2023年7月には、東京農業大学と当社を含む小田急グループ3社が「小田急沿線の地域価値向上に関する包括連携協定」を結びました。東京農大とは、経堂コルティでワークショップ「まちなかゼミナール」、本厚木ミロードで「出張収穫祭」などを開催し、地域コミュニティーの活性化に取り組んでいます。

同年12月、厚木市と文化芸術に関する連携協定を締結しました。本厚木ミロードで、厚木市出身のジャズピアニストによるロビーコンサートを行うなど、市民の方が発表・活躍できる場を増やすお手伝いをしています。

2022年には、コロナ禍での飲食店応援企画として、海老名駅直結の「ビナウォーク」で、近隣の地元商店街と合計22店舗による「まちバル」イベント「海老名まちバル~呑みあるき~」を開催しました。当社施設だけでなく、商店街の飲食店でも使用できるデジタルチケットで、街全体を回遊していただける企画でした。このように自社施設内だけで閉じるのではなく「開かれた商業施設」を実現していきます。

商業施設はテナントのスタッフにも「選ばれる時代」

――商業施設で働くテナントのスタッフ支援も強化していますね

<テナントのスタッフ支援も強化と細谷氏>

細谷 「新宿ミロード」で、テナント従業員のサステナブルな働き方を目指し、2023年10月1日より店舗希望制の中休み制度を導入しました。さらに、おおみそかを含む休館日の増加にも取り組んでいます。

1年ちょっと前に「従業員満足度(Employee Satisfaction 、以下:ES)向上、働き方改革に取り組む必要があるのではないか」と支配人を集めて議論を開始しました。そこで、各施設において、営業日の短縮や休業日の増設など、テナントが商業施設に求めることを調査しました。「新宿ミロード」では、アンケートの1位が「売り上げ支援」、2位は「営業時間の柔軟な対応」、3位が「休館日の増設」だったのです。

――ESにおけるテナントとの連携について教えてください

2023年に、テナントの執行役員、部長クラスに何社か集まっていただいて、ESの重要性などについて、ヒアリングの機会を持ちました。当社側は私以下、役員、部長全員、課長、支配人、副支配人まで集まり、意見交換をさせていただきました。

テナントの皆様と話している中で私が思ったのは、例えば、新百合ヶ丘駅周辺のようにたくさん商業施設がありますと、そこで働く人というのは、どこで働くか選べるわけです。結局「従業員が選ぶのは働きやすいところだ」という話がテナントから出て、「商業施設も選ばれている」と感じました。テナントの従業員の確保は、ついテナント側の問題だと考えがちですが、我々デベロッパーも(働く場所として)選ばれているということを肝に銘じたほうがいいのではないかと考えています。

――スタッフの働きやすさについて改めて注目したのですね

細谷 2023年12月、2024年1月、私とSC担当の役員、部長クラスが、全部の大型商業施設の休憩所などを見て回りました。「今、どのようなところが困っているのか?」と支配人や副支配人からヒアリングしました。

そこで、休憩所の環境、家具といったハード面の改善から、福利厚生などソフト面まで見直しを開始しました。

<ミロードでスタッフ向けハロウィンイベント>

そのほかにも「新宿ミロード」では、スタッフのモチベーションアップ、コミュニケーション強化のため、従業員懇親パーティ(夏祭り、ハロウィン)、軽食やお菓子のふるまい、シーズンごとの大抽選会などを実施しています。

また、昨年10月から、「新百合ヶ丘エルミロード」で飲食フロアを中心に営業時間を短くしています。

当社は個店主義といいますか、各施設で支配人がいわば社長のように責任をもって、売り上げや営業時間、施設など、さまざまな点について判断します。営業時間やスタッフの働きやすさ改革も、各施設の個性、支配人の判断に任せていますが、全社的に「小田急SCディベロップメントの商業施設で働きたい」と思ってもらえるような改革を推進します。

――今後強化する新規事業を教えてください

細谷 商業施設運営・管理などの業務委託事業は、これから注力していきたいと考えています。もともと、小田急電鉄の商業施設事業として始まり、2020年当社が分社化した経緯がありますので、沿線外・グループ外の商業施設の業務を受託するという発想が以前はあまりなかったのです。グループ外の施設の運営管理事業を本格的に開始したのは最近ですが、町田市のグループ外施設の運営を一昨年受託しています。

また、小田急電鉄とともに当社は、藤沢市が公募する「藤沢市立鵠沼海浜公園改修事業(Park-PFI)」(旧「小田急鵠沼プールガーデン」)において最優秀提案者に選定されました。小田急電鉄を代表企業として、当社と各分野のスペシャリスト10社が公園とともに、飲食施設、スポーツ関連施設など「カルチャー」「人」「場所」を育み、地域の魅力を向上させる事業で、こういった自社施設の運営以外にも積極的に取り組みます。

――長年培ったノウハウを生かしているのですね

細谷 当社グループは、新宿西口地下名店街(現 小田急エース)の1966年開業から、長年商業施設を運営してきました。約1000のテナントと取引があり、約2000区画を運営してきた実績があります。建築、内装、設備といった施設運営のハード面についても、社内に熟練のスタッフが大勢います。施設の一括運営・管理(常駐型・巡回型)から、新規施設開業支援、施設リニューアル、リーシングなど幅広く対応できます。ソフト、ハード両面でアドバイスできますので、こういったことを強みに外部にアピールしていきたいと考えています。

――最後に生活者とテナントの皆様にメッセージをお願いします

細谷 当社は小田急グループの一員として、商業施設の運営を通じ、「かけがえのない時間」「ゆたかなくらし」の実現、「日本一暮らしやすい沿線」づくりにチャレンジしています。

地域の方々にとって、われわれのショッピングセンターが単純に物を買う場だけではなくて、サードプレイス、コミュニケーションの場となることが、重要だと考えています。テナントに対しては、スタッフが働きやすいと思ってもらえる商業施設を目指します。

地域共生ステートメント「エキチカは、マチナカ、ヒトチカへ。」は、地域の生活者、テナントなどステークホルダーと一緒に手をとりあってがんばっていきましょう、そんな願いを込めています。各ステークホルダーのニーズに対応し、時代に合わせながら、皆様とともに進化し続けていきたいと思います。

取材・執筆 鹿野島智子

<サードプレイスとなるSCを目指すと細谷氏>

■細谷 和一郎(ほそや わいちろう)氏略歴
1987年 4月:小田急電鉄 入社
2003年 6月:新百合ヶ丘エルミロード所長(現「支配人」)
2005年 6月:ビル事業部(のちのSC事業部) 本社課長
2008年~13年:小田急百貨店出向
2008年6月:小田急百貨店 営業政策部 販促企画・管理担当 マネジャー(のちの統括マネジャー)
2009年5月:ブランディング営業推進部 CS 推進担当 マネジャー(のちの統括マネジャー)
2011年9月:営業政策部部長
2013年6月:小田急電鉄 開発事業本部開発推進担当部長
2014年6月:小田急電鉄 生活創造事業本部開発推進部長
2019年4月:小田急電鉄 執行役員交通サービス事業本部旅客営業部長
2022年4月:小田急SCディベロップメント取締役社長 就任(現任)

■小田急SCディベロップメントの関連記事
ODAKYU湘南GATE/リニューアルでダイソー複合店など新規・改装9店舗オープン

© 株式会社流通ニュース