錦織圭らを指導した米沢徹コーチに聞く「トップにいく選手に共通すること」【前編】

米沢徹コーチ、“幼さ”を捨て「コート内外でどう取り組んでいるかが成長のカギ」

かつては盛田正明テニス・ファンドのサポートを受けた錦織圭(ユニクロ)らのアメリカ留学に帯同し、世界のトップに行くまでの基礎を叩き込んだ米沢徹コーチ。主宰する「TEAM YONEZAWA」は、これまで田島尚輝(やまやコミュニケーションズ)や堀江亨(SYSテニスクラブ)、女子では内藤祐希(亀田製菓)や久保杏夏(安藤証券)、石井さやか(ユニバレオ)らが在籍。型にはめることなく、各選手の特徴を生かした指導で成長へ導いてきた。

いまでも男女を問わず各地域からジュニアが訪れ、昨年の全国小学生大会男子シングルスで中島一輝が優勝と結果も残している。

元デビスカップ選手として現役を戦い、そしてコーチとしてジュニアデビス・ジュニアフェドの監督を務めるなど長年に渡ってテニスに携わってきた米沢コーチに、数々のトップジュニアを育てた経験を踏まえてトップにいく選手に共通することや錦織のジュニア時代のことについて聞いた。

――まず「TEAM YONEZAWA」の活動について教えてください。

「選手は試合などで抜けることもありますが、常時8人(~10人)ぐらいの小学生から高校生までが一緒に練習に励んでいます。過去に「TEAM YONEZAWA」で活動していて、今ではプロになった選手も練習に顔を出してくれることもあります。最近では堀江亨選手(SYSテニスクラブ)が練習に来ていてジュニア達を相手に調整をしています。コーチは、私を含め4人でやっています」

「私が錦織圭選手と関わってきたこともあるので(このチームから)、再びそのような世界に通用する選手を出すことが目指すところです。全員がプロになるわけではないですが、そこに向かって努力すること、可能性があることをやっている、というのが私のチームの特色です」

――米沢コーチの活動で夏のヨーロッパ遠征と冬のフロリダ遠征が1ヵ月あります。そこが大きな特徴であり、継続して続けている点が大きな特色だと感じています。

「2つの海外遠征を経験しておくことは、(プロとして活動していくために)必須だと考えています。12~14歳以下の選手が、ヨーロッパのレッドクレーや冬に世界からフロリダに強い選手が集まってくる大会を肌で感じて、選手それぞれのレベルでどういう目標を立てるかというところで、これからテニス選手としての目指すところが見えてくると思います。絶対にプロとしてグランドスラムにいくんだ、大学を目指すこと、そこまではしんどいかも…といったそこである程度目指すものが見えてくると思います。できるだけ可能性がある限り上を目指して欲しいというのはありますが、(選手自身が)目が覚めて『やるんだ!』と思えるように活動はしています」

――選手を観察するとフィジカルや技術は優れているのにメンタルが幼いなど様々なケースがあると思います。計画的に取り組まれていることがあれば教えてください。

「一見すると限界があるように見えることもありますが、運動能力とかテニスの技術ではなく、選手個人が考えていることが一番大事になってきます。『どうやって上手くなろうか?』と工夫して取り組んでいる選手というのは、外から見ると相変わらず下手だなとか鈍臭いなと見えていても何ヶ月か経つと『あれ?食いつきがいいな』と上手くなっていることがあって、『どうやったらこんなに上手くなるんだろう?』と驚くほどのスピードで選手の雰囲気になったりするもの。どうしようかと悩んでいた選手が何ヵ月かで変わるということはよくあります」

「チームの練習で上の選手もまだ結果を出していない選手もだいたい同じ内容の練習を反復練習を日々していますが結果を残せていない選手で『テニスは好きだけど頑張っているかな』という選手が『急に上手くなったな』ということが出てきます。それは頭の中で考えていることがすべてだと思います。選手がコート内外でどう取り組んでいるかが成長のカギになってきますね」

「その中で“幼さ”というのは成長の妨げになります。コートに立ってもテニスのことを考えず、相手からどうポイントを取ることだけを考え、ミスジャッジや姑息な手段で勝とうとしていたりする選手はしばらく時間がかかります。それが時間を経て、ちょっとずつ大人になってきた時に急に上手くなってくる時期があります。要するに頭の中が熟成してきて早く大人になった選手が上手くなっていくと思います」

――急に上手くなっていくことの要因としてチームによる状態の共鳴みたいなことが起こるのでしょうか。

「良い選手を間近で見る情報は、上達の要因のひとつとしてあります。周りにテニスが上手い、面白い選手が多いと目に入ってくる情報が自然と多く入るようになります。『スライスはこうやって』とか『ボレーはこうだな』と、コーチが教えなくとも打てるようになることもあります。ですので、『こうやって打つんだよ』と細かく教えるより、自然にやっている時間の方がチームの練習としてはほとんどです。もちろんアイディアを伝えることはありますが教え込もうとはしません。例えば『ボレーはこうだ』ということは言わず、『人のいないところにちゃんと落とす』『決め球はバーン!と打つ』とかそれだけのことです。考え方から入っていくため、『このケースではそっちに落とすといいよ』と伝え、それでポイントが取れると味をしめる。それが正解になり身についていきます」

――その過程で荒くなっている部分などをポイント的に選手にアドバイスを送るというような練習の進め方という事でしょうか。

「例えばエッグボールを打つ練習では、相手をベースライン後方に追い出すというポイント練習をやります。エッグボールからスタート!とだけ伝え、高い軌道でのラリーが始まると『もっと高く打て』『足を使ってジャンプする』とちょこちょこ言っていきます。それに取り組めば数ヵ月後には自然と身に着いていくような感じです」

――いつまでもアイディアがなかったらいつまでも自分の癖で打ってしまいそうです。

「弾道の高いボールを打つ練習やドロップショットなどパートごとに取り組んでいく練習はしています。それをやらないとポイントが取れない、ゲームに勝てないことが起こりますが、毎日やることでそれをやっていると誰でもできるようになっていくものです。ど素人でもドロップボレーでポイントを取りに行く練習をしていれば、“感覚”なので、そのフォームで入ればそれが正解でラケットにボールが長く乗ってスライスをかけられれば完成となります」

――選手が「コーチからもっと教えて欲しい」という考えが強い場合、伸びにくくなるのでしょうか。

「ボールを出して感触を確かめたりはしますが『1から10まで全部教えてほしい』という選手は伸び難い傾向にあるように思います」

――「教わろう」というのではなく、自分で掴んで高めていく中で少しのアドバイスを受ける選手の方が伸びると。

「アドバイスもありますが、練習ではすべてのショットの球出しをよくやります。例えば、ショートクロスから始めるポイントだったり、高いボールや打ち込みから入るものもあります。どのスクールでもやるパターンですが、それを磨き続けている間にそのショットは自分のものになります」

――それにヨーロッパやフロリダ遠征があると経験もプラスされると。

「それを使って試合をするので、普段の選手が相手でも良いし、それが外国の選手だと尚更、上手い下手は関係なく刺激があります。外国に行けば良いということでなく、日本でも相手の選手が動いてくれるので海外に行っても行かなくてもやることは一緒です。それが体格もテニス自体も違う海外で使うとなれば、『なるほどこうやってポイントが取れるのか』となり、自分のものになる。さらにそれを高めていこうかというふうになります」

「ただ、いろいろできるようになって素晴らしい選手になっても大きくなっていくと“サーブとフォアハンド”でポイントが終わってしまうんですよ。圧倒的なアドバンテージが外国人選手にあることは事実で、そこで対抗しようとしてもアジア人は敵わない。錦織選手のようにタレントのある選手は頑張れるけど、西岡良仁選手だって必死に努力し、違う部分で頑張っています。それは並大抵の努力ではないと思います。海外の選手に比べ、日本の選手はその何倍も努力しなければならない。ロジャー・フェデラーにしても、ジョコビッチにしてもそうですが、彼らに追いつこうとするとその何倍も努力していかないといけないことは事実で、錦織選手や西岡選手がそこに辿り着いているのは努力の賜物だと思います。私自身も今までやってきた経験を踏まえ、何かプラスアルファをしてやっていきたいなと思い日々取り組んでいます」

――話に出た錦織選手ですが、ジュニア時代を知る米沢コーチから見て彼の特徴を教えていただけますでしょうか。

「彼(錦織)があそこまでいったのは先程の話にも出ましたが、頭の中が普通の子供ではないところがありました。当時はおとなしくてナショナルの合宿などでは『覇気がない!声を出せ!』と言われることもありましたが、彼の中では誰よりもテニス選手でした。態度や表情に出さないものの、それが彼の個性でありパーソナリティだったと思います。自分より強い選手の中に加わって練習し、その時は勝てなくても強くなろうという意欲がありました。負けても腐らず、やることをやる。それをいつもやり続けていくというのが彼のスタイルでした。気合いを入れて指導者が喜ぶようなパフォーマンスをして、その時だけ頑張るということは全くありませんでした。いつもそんなにエネルギーを出しているように見えない練習、要するにリラックスして力が入っていない状態でボールと接していた、コート上に居たという状態です」

「私のそれまでの経験からすると、その時だけは一生懸命やる選手もいますが続かない。ガッツがある選手は、テニスが終わった後に何を考えているかが大事だったりするわけです。次に繋げていくために進化をしようという。選手はある程度強くなると、自我が目覚めて進化しようというより勝とうとする意識の方が強いのが普通。それが普通の人間なので、そこから進化していくのが難しくなっていきます。『死ぬ気で頑張る』という選手よりぼちぼちのエネルギーを出しながら自分のやろうとしていることを磨いているという方が大事であると考えています」

「圭の場合は、ストロークは相手がストローカーの場合は完璧でよく拾い、強かった。ですが、相手が攻めてくる選手に対してのカウンター能力は、体も小さかったし当時は力もなかったので押されてしまうことが多かったんです。そこで『相手に攻められるより先に攻めよう』というのを課題にし、ある試合で(サーブ&ボレーではなく)100回ネットを取りに行くことをしていました。それにより早いタイミングで打てるようになり、攻撃的なストロークによって前で仕留めることを試合で身につけていきました。やり続けられるメンタリティ、その当時に錦織に勝っていた選手も長いスパンで見ると自分のスタイルの進化に取り組もうとしなかったことで勝てなくなっていきましたね。錦織のパーソナリティこそが彼のテニスを生んだ他の選手と違う大きな特徴ではないでしょうか」

――錦織選手の持つ天性のゲームセンスや技術などに特別性があるのではと予想していたので少し意外でした。

「いろんなことに時間はかけてきましたが、サーブの練習は毎日2時間ぐらいかけてやっていました。アメリカンフットボールや野球のボールを投げたり、左手で打ったりなどサーブに関連することは一日中やっていたようなイメージがあります。サーブをやった、というよりサーブが上手くなるためにいろんなことをやっていました」

――彼を指導したことを踏まえてジュニアに必要とされる技術や考えておく必要があることなどがあれば教えてください。

「体の小さな錦織が、海外の大きな選手とやり合う姿を何年か見てきたことで、日本人に必要なテニスというのを学んだという点は大きいと思います。例えば、相手の力を使ってライジングで打つことだったり、高い軌道で深く打って相手から攻められないようなボールを打つ、コートを広く使う、空中に浮いて来たボールをスイングボレーで打ち込んで攻めるとかテニス自体をいろいろ学ばせてもらいました」

「あとは『テニスで成功しよう!』と思っているのかです。今で言えば野球の大谷翔平選手のような違う次元の、もっともっとすごい努力というより、それをやり続けられることが象徴的なところです。それに近いものが錦織のパーソナリティだったように思います。『もっともっとストイックに!』というのが、彼にとってはストイックではなく当然のことなんですね。それをチームのみんなに伝えています」

――後編へ続く

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