錦織圭らを指導した米沢徹コーチに聞く「トップにいく選手に共通すること」【後編】

米沢徹コーチ、“幼さ”を捨て「コート内外でどう取り組んでいるかが成長のカギ」

かつては盛田正明テニス・ファンドのサポートを受けた錦織圭(ユニクロ)らのアメリカ留学に帯同し、世界のトップに行くまでの基礎を叩き込んだ米沢徹コーチ。主宰する「TEAM YONEZAWA」は、これまで田島尚輝(やまやコミュニケーションズ)や堀江亨(SYSテニスクラブ)、女子では内藤祐希(亀田製菓)や久保杏夏(安藤証券)、石井さやか(ユニバレオ)らが在籍。型にはめることなく、各選手の特徴を生かした指導で成長へ導いてきた。

いまでも男女を問わず各地域からジュニアが訪れ、昨年の全国小学生大会男子シングルスで中島一輝が優勝と結果も残している。

元デビスカップ選手として現役を戦い、そしてコーチとしてジュニアデビス・ジュニアフェドの監督を務めるなど長年に渡ってテニスに携わってきた米沢コーチに、数々のトップジュニアを育てた経験を踏まえてトップにいく選手に共通することや錦織のジュニア時代のことについて聞いた。

――数々のトップジュニアを育てて来られた経験を踏まえ、トップにいく選手に共通することはありますか?

「まずはエラーしないことですね。『エラーがない=凡ミスが無い』。そして、攻め込む時の『勇気』でしょうか。攻め込む時は、考えずにボールを打っていくのです。『このボールが来たら空中で打ち込む』というように練習はしていますが、それを試合でできる選手がさっさと上のレベルにいきます。やろうとすることを怖がらず勇気を持ってやる選手ですね」

「10年、20年とジュニア育成に携わっていると、ジュニアで本当に上に行った選手が本当に世界のトップに行っているか?というとそうでもない。イメージ通りにプレーできて勝つ選手もいますが、ギリギリのところでやっていると実際にプロになって突き詰めてやらないでしょうから、ジュニアの頃に同じぐらいのレベルだった世界のライバルたちは大きくなってビッグサーブを身につけてくるので、同じように勝ち抜いていけるかというとそうでは無い。私自身ももう一度リセットしていて、もう少し何かを入れようというので、ベースラインでのストローク戦をもっとやり合うこと、錦織みたいにエラーしないが相手に攻め込まれないという取り組みをしています。攻めるだけではなく、相手が攻められないというのをもっと意識した練習を今はやっています」

「あとは早めの“サーブの習得”です。田島尚輝(やまやコミュニケーションズ/TEAM YONEZAWA出身)もビッグサーバーでしたが、ツアーを回るようになるとそれほどサーブの練習しなくなる傾向にあるように思います。嫌なぐらい練習していなければ、(感覚が変わり)1センチ違うと入らないし、大事な場面で百発百中、コーナーやライン上に持っていけないと試合では勝てない。サーブの重要性を口酸っぱく、昔よりも毎日時間をかけてやるようにしています」

「練習でやっていることは、錦織の時以上に今の選手の方が早めに取り組んでいることもあり、多彩で上手いのですが、それで勝てるわけではありません。将来、トップ選手になるために強いメンタリティとテニスが必要だと思ってやっています。今現在はそういう段階で相変わらずまだまだ先は長いといった感じです」

――日本も少子化の流れの中で米沢コーチの元を訪れる選手の様子も昔とは違う変化を感じていらっしゃいますか?

「少なくなりましたね。母数が減ったので、そこからさらに『テニスで飯を食っていこう』と思ってやる選手は本当に少ない。だからこそ今一緒にやっている選手達は本当に貴重な子供達だなと思って大事に育てなければいけないなと。周りの大会を見ても特に女子は減ってきていると肌で感じます」

「やはり錦織がトップ10でバリバリに頑張っていた頃が一番多かったし、本気でやる選手が多かった。全国からも(TEAM YONEZAWAに)訪れたりしてもらいましたが、現在は落ち着いていますね。また大坂なおみ選手を始め、プロ選手に頑張ってもらいジュニアが増えて欲しいですね。トップ10に日本人選手が入って来ないと(男女共に)テニス人口は増えないですよ。伊達公子さんや杉山愛さんが出てきて、錦織が出てきた過去があるのでそうじゃないと子供達は関心がない。どれだけの日本人が今グランドスラムに出ているか子供達はおそらく知らないと思います。今の選手たちも素晴らしいけれど、次のステップで日本のテニス界に活気を生み出してほしい」

――「TEAM YONEZAWA」の取り組みとしてヨーロッパやフロリダ遠征、白子合宿などがあり全国大会へという流れで、本気で取り組んでいきたい選手には理想型だと思います。ただ経済的な問題や学校のことも考えると、テニスにそこまで懸けられるのかという側面もあると思います。夢がなくなりつつある現代社会の中で米沢さんの活動についてメッセージがあればお願いします。

「やりたい選手は小さい頃から親の影響を受けています。4~5歳の子供が『テニスやりたい!』なんて言うことは少ないので、親が子供にやらせるという状況からのスタートです。それがある程度のレベルまでいくと、その選手が本気を出して取り組んでいかなければ、ただ『フロリダ遠征に一緒に行った!』というだけでは人は変われるものでもありません」

「本当にやりたくなった選手が来てくれ、『行きたい!』という状況ですが、今回も良い選手が来てくれたけどそれが継続的に来てくれるかというと経済的なものがあることは事実です。コロナ明けの日本の経済が良くなったかということでもないので、選手に能力がある場合でも遠征を控えたり、やりたいだけ子供にやらせるかというとそうでもない今の状況は一番大きなところでもあります。チームのいい選手達をさらに上に持っていくためには、今やっている活動に参加していただけることが私自身のスタイルでもあり、選手を集めて遠征に行くことで強くなることが理想でもあります」

「これまで継続して活動は続けてきていますが、命を懸ける想いで毎年、大変だなと思いながらやっています。毎回、海外遠征から帰ってくるとボロボロになっていますが、ここまで継続して来られたのは『海外遠征に行きたい!』という要望が選手からあり、それが何人か連絡があると『それでは行きましょうか』ということになるんです。昨年はヨーロッパ、アメリカに行き良い結果を残せて、レベルの高い中で選手も良い遠征の手応えがありました。ジュニアオレンジボールでも優勝してもおかしくなかったし、12歳以下に限って言えば何人もレベルは揃っていてチャンスだなというジェネレーションでもあります。将来どのように変化していくかは別として今回はこれまでで一番手応えがありました」

――ご苦労も多い中でジュニアを育成する情熱や継続していく意志の強さはどこからくるのでしょうか。

「ただ単純に“テニスが好き”なんですよ。私が小学3年生の頃、壁打ちを何時間やっていても飽きないし好きなんですね。現在も毎日コートにいますが、8時間でも10時間でも居ることが楽しいんです。コートの横で座って練習している様子を見ることも、ボール出ししている時も、一日中テニスコートに居ることが。歳を取ってくると、より一層にみんなに頑張って欲しいという気持ちになっています。やり甲斐もありますし、やることがいっぱいあります」

――現在の日本男子のテニスが世界に通じている要因のようなものを米沢さんはどう感じていらっしゃいますか。

「圭が出てきたことによって『自分もやれるんだ!』というところが一つの転機だったように思います。それまでは『グランドスラムに出られればいいな』の感じでした。それは野球も然りで、向こうの人と戦えるようになったらすごいね!でした。彼(錦織)が出てきてトップとやり合って勝ったり、日本の選手達と錦織が練習する機会もあると『世界のトップはこういう感じ』というものが他の日本人選手達もわかるようになります。自信とともにある程度の目安がわかるようになれば、実際にコートに立って対戦するときに『すごい選手と試合をする』というより、この選手とこうやって戦っていこうという作戦を立てて臨んでいる。そこが一番大きいのではないでしょうか。もちろん、それぞれの選手の努力というのは半端なものではないと思います。日本のコーチ陣も海外のコーチに比べると勤勉で、おそらく倍ぐらい日本人のコーチは働いていると思います。必要なことはマスターするし、勉強熱心で昔に比べても選手だった人がコーチをするようになってきたので、自身の失敗も踏まえながらのコーチングもされている。コーチのレベルも上がっていて、選手も何をしたらいいのかというのが明確になってきていて“無駄な努力”ではなく必要なことをやれる状況が揃っていることの積み重ねではないかと思っています」

――以前、IMGアカデミーにてプロの練習等を見ていて、その人の強みにつながる体の動きやウィークポイントを観察しても違いが分からないことを米沢さんにご質問したところ「良いものをいっぱい観ること、それに触れることです」という回答をいただきました。その時は納得しましたが、いっぱい観ているつもりでも感性がひらいてこないと知覚できないのではないか?と感じていますが、プレーの良し悪しを見極めることができるポイントのようなものはありますでしょうか。

「これは難しい質問ですね。私自身もテニスに半世紀以上携わっているので(自然と理解できる)親しいコーチと話していて、私が『この子いいよ!絶対に上手くなる』と言っても『あぁ、そうですか…』という答えが結構返ってきたりしますね」

「結局は感覚によるところが大きいので難しいところですが、一番わかりやすいのはその選手のプレーを見ていて楽しいかどうか、ですね。これは一生懸命ミスをしないようにプレーしているということではなく、例えばフェデラーのプレーを見ていると楽しいですよね。ジョコビッチもじっくり観察していると将棋を指すようなテニスをしています。“見ていて飽きない”というのがポイントになります」

「普通の試合をテレビで観ていても、どんな選手かな?という感じで我慢して見ていることの方が多いんです。面白くないものは面白くないので飽きがくるんですね。それは年齢やレベルに関係なく見ていて面白いし、時間を忘れて見てしまう。それが答えです」

――ともすれば、飽きてしまう原因を選手と照らし合わせて修正をかけていくことで、きっかけの芽が出てくるということでしょうか。

「見ている人が楽しいと思うテニスを目指す。そのベースには“エラーしない”ラリーが続くということがボトムラインにあり、そこを外したらいけません。音楽であれば音程を外さない、アナウンサーであれば言葉に詰まらないような流れる喋りがある。ベースがあるからこそ、『ここでああする、こうする』が楽しい。中には(観戦していて)眠くなるのもあります。面白い試合というのは、観戦する側もゲームに入り込んでしまいます。そこがテニスの楽しいところでもあり、芸術的なところです。スポーツというのはそういうもの。抽象的な回答かもしれませんが…」

――強固なディフェンスがあってのオフェンスの必要性を感じました。

「どのスポーツでも大事なことです。派手なところではなくディフェンスで観客を沸かせる選手は見ていて楽しいですよね」

――ディフェンス能力を元々持ち合わせている選手は強いと思いますが、それを持っていない選手はどういう練習や取り組みがありますか。(ボトムがなく)攻めたい、とかバラエティをつけたがる傾向にある選手にコーチとしての向き合い方などありますでしょうか。

「錦織とやっていた練習で地面すれすれのところまでラケットを滑り込ませてアンダースピンをかけて返球するという練習はよくしました。それも一つの大事なテクニックであり(ディフェンスが強くなる)ポイントです。スペースがあるのに滑り込むことを諦めてしまう子はいっぱいいます」

――諦めてしまう子には厳しく言えない時代でもあり、また褒めながら育てていくことに関して、モチベーションを高めるために現場でできることはありますか?

「私のところに来てくれる子は、早く諦めている場合には『論外だ』と厳しくしていますし、その方が本人も喜びます。私は一日中、怒鳴っていますよ(笑)甘く見られているのか、優しいと思われているようなので。毎日言って、2年後に動き出したということもあります。『相変わらず変わらないなぁ』と言いつつ、時間が経過すると変わることもあるとうれしいですよね」

「ジュニアが上手くなるには時間がかかり、子育てと一緒だと思っています。いろんな子がいて、自分の子供ではないのにこんなにいっぱい(子供達が)いるというのは楽しい仕事、立場だといつも思います」

――今後についての「TEAM YONEZAWA」について教えてください。

「これまでたくさんの方々に支えられて現在の活動が成り立っています。これまで携わったジュニアがトップに行かなくともその次の世代へテニスの輪が広がって欲しいと願っています。まだ若いつもりでいますので遠征も継続していければと思います」

――貴重なお話をありがとうございました。

© 株式会社キャピタルスポーツ