ひろしまの味わいでつながりを。地域を醸す酒造家|ナオライ 代表取締役 三宅紘一郎

日本酒を浄溜して生まれた和酒「浄酎(じょうちゅう)」

日本酒でも焼酎でもない、新たな和酒。日本酒を浄溜することで生まれたのが「浄酎」です。ナオライは2019年に「低温浄溜(40度以下の超低温での蒸留)」の特許を取得しました。この独自技術により、日本酒本来の香りをしっかり残したままアルコール分を濃縮させることに成功しました。純米酒や純米吟醸酒を浄溜して、アルコール分は40度以上になります。日本酒は一般的にはフレッシュさが命で、時間が経つほどに劣化するのが弱点ですが、浄酎はワインやウイスキーのように熟成させることで深みを増します。樽でゆっくり時間をかけて、何年も楽しめるという新たな価値が加わった浄酎は、日本酒、焼酎に次ぐ第三の和酒です。

親族に酒造関係者が多かったため、日本酒に触れる機会が多い環境で育ち自然と日本酒に興味を持ちました。立命館大学在学中、たまたま大学が中国にネットワークを持っていたことから、上海へ留学。当時日本酒は上海で一番伸びていたので、日本酒を上海で売りたいという思いから留学しました。

大学卒業後世界中の市場を相手にする中国で日本酒の海外販路拡大に奔走して9年を過ごす中で感じたのは、「ブランドをつくらなければならない」ということ。日本酒は日本の文化なのに、ワインやウイスキーのようにブランドが確立されていないんです。良いブランドとは何か。例えばワインは「テロワール」といって、ワインの原料となるブドウ畑をとりまく土地の自然環境がワインの個性や品質を左右すると考えられていて、ブランドと土地の関係は切っても切り離せません。そんなふうに、「土地から語れるブランド」づくりをしたいという気持ちが生まれました。

帰国後、2015年に呉市の三角島(みかどじま)でナオライを創業しました。世界で勝てるブランドを考えた時に注目したのがレモンです。広島が誇るレモンを三角島の自然の中で無農薬栽培し、究極のレモン酒をつくろうというところからナオライの酒造りはスタートしました。そうして最初に生まれたのが、三角島産レモンのスパークリング酒「MIKADO
LEMON」。実は、低温浄溜の技術はレモンを使った酒造りやレモンの皮を加工する中で確立されたものです。レモンのお酒だけ造っていては、すべての酒蔵さんへのインパクトが少ない。レモンの技術を使って浄酎を造れば、全国の酒蔵とつながれると思いました。

浄酎でめざす酒蔵再生

現在、浄酎用に日本酒を仕込むのは、三次市の山岡酒造、安芸高田市の向原酒造東広島市の柄酒造なだどの県内の酒蔵と、島根県にも1つ。それぞれの日本酒で浄酎の味がつくられます。

今、日本の伝統文化である日本酒業界は苦境に立たされています。およそ20年前には全国に2000近くあった酒蔵が、2016年までに約1400まで減少しています。年間20~30の酒蔵が廃業しているのです。消費減問題や後継者不足など、日本酒業界を取り巻くさまざまな問題がある中で、僕が特にフォーカスしたいのは、市場のおよそ9割を中規模以上の酒蔵約100社が握っているということ。約1300社ある小規模の酒蔵が残りのわずか1割の市場を争っているのです。さらに、そのうち500社を超える酒蔵は低収益にあえいでいるといいます。

しかし、そんな厳しい状況下にあっても、僕が知るかぎり全国で5社ほどは、小さくともファンが絶えない酒蔵があります。有機農業や生酛造り、さらに自然環境や人の健康にもフォーカスしたような、ただメーカーがアルコールを製造販売して儲けるのとは異なるところに重点を置いているのを見た時、「これなら潰れないな」と感じました。日本酒業界というひとつの土俵で全員が上をめざすと競争社会です。僕たちはその大きな流れに身をゆだねるのではなく、日本酒業界を分離し、業界の中に新たな市場をつくりたいと思っています。古い産業のゲームチェンジャーになろうと。

日本酒の海外販路開拓は劣化がネックでしたが、浄酎なら時間を置けば置くほど価値が高まるし、常温でも流通できます。浄酎用の日本酒をつくればつくるほど蔵元は潤う上に、浄酎を世界に発信することで、それぞれの地酒が持つ魅力も一緒に伝えることができる。浄酎は日本酒の価値を高める可能性を持っているのです。

ひろしま未来区民として

日本酒には約2000年もの歴史があります。長い時を経て現代までつながれた日本酒の流れを汲みながら、「令和のお酒って何だろう」と考えています。それは、伝統を引き継ぎながらも、今こういうお酒があれば伝統文化も、自然も、人も良くなるというブランドではないでしょうか。浄酎がそんなブランドになればいいなと思っています。日本酒そのものだけでなく、酒蔵や日本酒の原料をつくる田畑、日本酒文化をとりまくすべてを未来につなげるために浄酎をつくっていきたいです。

日本酒業界ではよく「地域を醸す」という表現をします。自然と人がつながって良くなっていくイメージです。僕が一番伝えたいのは、「こっちに新しい市場があることに気づこうよ」ということ。考え方ひとつで、目の前にあるものの素晴らしい価値に気づくことができます。そんな気づきを得られるような、柔軟な発想を生み出せるイノベーティブな広島でありたいですね。それを浄酎で表現したいと思っています。

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