生活保護引き下げは「自民党の選挙公約への忖度」 津地裁が厚生労働大臣の裁量権“逸脱”認める

三重地裁の判決を受けて厚生労働省で会見を行う生存権三重弁護団の弁護士ら(2月27日 東京都内/榎園哲哉)

生活保護費引き下げの見直しを求め、全国で起こされている「いのちのとりで裁判」。2月22日には、三重県内の4市在住の生活保護利用者(提訴時27人)が同4市を被告として提訴した裁判が三重・津地方裁判所(竹内浩史裁判長)で開かれ、原告勝訴の判決を言い渡した。

一連の訴訟で初めて、引き下げ判断が「(自民党の)選挙公約に忖度(そんたく)」したものであったと判断した。これを受け、原告代表らが2月27日、厚生労働省(東京都千代田区)で記者会見を行った。

全国30の提訴のうち16例で原告勝訴

「生活が苦しい。なぜ苦しまなければいけないのか」――。

政府により2013~15年に3度にわたって行われた生活保護基準額の最大10%の引き下げの取り消しを求め、全国の弁護士らによって「いのちのとりで裁判全国アクション」が展開されている。

2020年6月の名古屋地方裁判所を皮切りに、全国29地裁で30の訴訟を提起。今回の津地裁をはじめ、地裁では15、高裁を含むと16の原告側の勝訴判決が出されている。

このうち、「最高最良の判決」と原告側が高く評価した昨年11月30日の名古屋高等裁判所(長谷川恭弘裁判長)の判決では、基準額引き下げの根拠とした物価を考慮する「デフレ調整」等に基づく算定法について、「いずれも統計等の客観的な数値等との合理的関連性および専門的知見との整合性を欠いており、個別にみても全体としても著しく合理性を欠くもので、(厚生労働大臣の)裁量権の範囲を逸脱していることは明らかである」とし、生活保護費の引き下げの違法性を認めた。

さらに、引き下げによって、生活保護受給者が「相当の精神的苦痛を受けたものと推認」し、一連の訴訟では初となる国家賠償を認め、原告1人あたり1万円の損害賠償金の支払いも命じた。

選挙公約「考慮すべき事項ではない」

今回の津地裁での判決では、デフレ調整について「総務省の統計を部分的に切り取って利用し、恣意(しい)的な起算点の選択をしたとみられてもやむを得ないものである」とするなど、これまでの判決を踏襲する一方、初めて、厚生労働大臣の“政治判断”にも踏み込み、同大臣が「生活保護費10%削減」という自民党の選挙公約に「忖度した」ことを推認した。

判決の中で、竹内裁判長は「平成24年の衆議院議員総選挙で政権復帰が想定されていた自由民主党が発表していた生活保護費を10%削減するとの方針ないし選挙公約に忖度し、当時会合が重ねられていた基準部会における議論とは全く無関係に、早い時期から生活扶助基準を大幅に引き下げるべく内々に検討をし、(中略)本件改定を公表したものである」と記した。

さらに、選挙公約や生活保護バッシングに見られる「生活保護自体に対する否定的な国民感情」は、「本来的には考慮すべき事項ではない。したがって、厚生労働大臣は考慮すべきではない事項を考慮したものというほかない」とし、同大臣の裁量権の逸脱、濫用があるとした。

津地裁の判決を受け、生存権三重弁護団は「生活保護基準引き下げが政治的目的の下に行われたことの問題性について正面から判断したものであって、個人の権利を保護する砦としての司法の役割を果たしたものであり、極めて高く評価できる」などとした声明を発表。

27日の会見前には、同弁護団の馬場啓丞弁護士、吉田雄大弁護士ら5人が厚労省を訪れ、武見敬三厚生労働大臣宛ての「要請書」を同省職員に手渡した。

要請書を厚労省職員に手渡す馬場弁護士(左)(2月27日 東京都内/榎園哲哉)

続く会見では、判決文について「これまで各地で言い渡された判決の中でもかなり踏み込んだ表現をされている」(馬場弁護士)などと評価した。

今後も続く司法判断

「働かざる者食うべからず」の言葉のような、ある種の“美意識”が日本人にはあり、それが生活保護を受給することへの偏見となり、国民感情、政治的方針につながっていることは否めない。しかし、病気や障害などで働きたくても働けない人もいる。

一定基準以下の低所得者など本来は生活保護の受給資格がある人のうち、実際に生活保護制度を利用している人の割合(捕捉率)は2割ほどしかないとも言われている。

社会的に“弱者”として暮らしていかざるを得ない人たちの、文字通りの、また真の「いのちのとりで」となりうるか。残る四つの地裁判決、予定される高裁での判決と、司法の判断が続く。

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