『ピーター・グリーナウェイ レトロスペクティヴ』ピーター・グリーナウェイ監督 ストーリーの必要ない映画が出てきて欲しい【Director’s Interview Vol.389】

“鬼才”という言葉はこの人のためにあるのではないか。ピーター・グリーナウェイ、世界中でカルト的人気を誇る映画監督。今、続々と問題作を生み出しているあのアリ・アスターも夢中になったという人物だ。そのグリーナウェイ作品がこの度リマスターで蘇る。今回の「ピーター・グリーナウェイ レトロスペクティヴ 美を患った魔術師」では、『英国式庭園殺人事件』(82)『数に溺れて』(88)『ZOO』(85)『プロスペローの本』(91)の4作品が上映される運びとなった(前半2本は4Kリマスター、後半2本はHDリマスター)。

そしてなんと! 今回の上映に関連し、ピーター・グリーナウェイ本人にオンラインでインタビュー出来るという夢のような取材が実施された。御年81歳にもかかわらず歯に衣着せぬ鋭い発言は一読の価値あり。ぜひお楽しみください!

人はみな裸、服なんて表面的なもの


Q:今回の日本での上映は初の「無修正版」。これはとても大きな意味を持つと思います。過去の日本での上映のように、自身の作品が修正されてしまったことに対して、何か思いはありましたか。

グリーナウェイ:当時は非常に好奇心を持ってそのことを聞いていました。ある日本のジャーナリストが「日本の観客は陰毛を見るのが怖いんです」と言っていましたが、でも陰毛を取り除いてしまうと、性器が幼児化されてしまいますよね。もしかしたら日本人は小児性愛者であることを疑われるのが怖いのか。あるいは日本人は皆小児性愛者なのか。そんな印象を持ちました。もちろん、そんなはずは無いことは分かっています。日本の検閲機関は自らを難しいところに追い込んだなと思いましたね。

また、アートスクールで版画を学んでいたときに、日本はヨーロッパよりも遥かに美しく色っぽい版画を作っていたことを知りました。見ていてすごく楽しかったし、同時にイノセンスも感じました。第二次世界大戦後にアメリカの文化と接触してから、日本のエロティシズムは低俗になってしまったのではないでしょうか。強い保守主義の煽りを食ったせいで、かつてあったイノセンスも失われてしまったのではないか。すごく勿体無いですよね。

『ZOO』Ⓒ1985 Allarts Enterprises BV and British Film Institute.

Q:あなたの映画に頻繁に出てくる性的な描写や裸体は、しばしば「過激な表現」として紹介されがちですが、実際に映画を観るとナチュラルで陽気な感じすらある。あなたの映画は性的なものを通して人間の本質に迫っているような感じがするのですが、ご自身はどのようにお考えですか。

グリーナウェイ:そのように感じてくださるなんて、僕の理想的な観客ですね(笑)。人はみな裸。生や死と比べれば服なんて本当に表面的なものにすぎない。私はそう信じています。我々は大人として大人の映画を観ているわけだから、より美しいものを観るために心を広く持つべき。皆で裸体というものを分かち合い、人体の美しさを享受すべきだと思います。

ストーリーの必要ない映画が出てきて欲しい


Q:画家としても活躍されていますが、映画のショットを切り撮るときも絵画を書いているような感覚はあるのでしょうか?

グリーナウェイ:私は画家としての教育を受けたので、色彩や光の使い方もそこで学びました。そのおかげで、絵画の言語をそのまま映像に用いることが出来たんです。画家として学んだことを映像表現として自分の中で育てていきながら、更に開発もしていました。加えて素晴らしいカメラマンとの巡り合わせも大きかった。サッシャ・ヴィエルニさんがその一人。彼が撮影を手がけたアラン・レネ監督の『去年マリエンバートで』(61)は、60年代で最高峰の映画だと思います。ちなみに、同じく二人が手がけた『二十四時間の情事/ヒロシマモナムール』(59)の脚本家マルグリッド・デュラスは、もともと文学界の人。そうやって違う世界の人が一緒に物作りをすることも、映画作りの素晴らしいところですよね。

ロンドンでアートスクールに通ったときには絵画の歴史も勉強しました。教会や宗教関係、王族や貴族が描かれるのが主だったところにレンブラントが現れ、平民や社会など様々なものが描かれるようになった。そしてその後、モネが登場するわけですが、衝撃だったのはモネはストーリーを必要としない絵を描いたこと。これは物凄いことでした。実はこれは映画の悲しい部分でもあるんです。映画はストーリーを持たなければならないと義務のように考えられている。しかし私にとっての最高の絵画というのは、物語を持っていない絵のこと。何かをしているのではなく、ただそこに存在する。ストーリーが無くても良いのだと。そういったことを初めて取り入れたのがモネなんです。絵画はそこからモダニズムに進んでいくわけですが、残念ながら、映画はそういう方向にはいかなかった。「絵のような映画」つまりストーリーが必要ない映画が、これから登場してくれることに期待しています。

余談ですが、約4万5千年前に描かれた洞窟の壁画に比べて、動画はたった130年くらいの歴史しかない。動画がない時代の人たちは、自分たちが居間に座って箱(テレビ)をじっと見ている未来なんて想像できなかったでしょうね。

『プロスペローの本』

Q:色彩設計や計算された構図など、あなたの画面設計には圧倒的なインパクトがありますが、ドリー撮影もその特徴のひとつです。しつこいくらいの横移動は、古代〜中世日本の絵画作品である「絵巻物」を想起させるのですが、何か意識されていたりしますか?

グリーナウェイ:確かにそうかもしれませんね。これまで日本の絵画をたくさん見てきたので、「絵巻物」を想起した部分もあると思います。特に『プロスペローの本』(91)では、ジョン・ギールグッド扮するプロスペローが歩き回るシーンで、横移動などトラッキングショットをよく使いました。彼の感情を表現するにあたり、非常に興味深い画作りが出来たと思います。

ヨーロッパの絵画はずっと長方形で発展してきたので、巻物のようなものがなかったか思い出そうとしてもあまり頭に浮かびませんね。「ヘイスティングズの戦い」を描いた有名な刺繍のタペストリーがあって、それは巻物となって物語が展開するものになっていますが、思いつくのはそれくらいかな。あまり思いつかなかったということは、やはり日本の「絵巻物」に影響を受けているのでしょうね。また、巻物の場合は徐々に物語が明かされていく特性があるので、そこにも興味を惹かれますね。

映画にとって最高の時期はサイレント時代


Q:あなたの映画に影響を受けた監督はたくさんいますが、逆にあなたはどんな映画や映画監督に影響を受けたのでしょうか?

グリーナウェイ:セルゲイ・エイゼンシュテインです。映画にとっての最高の時期は、サイレント時代の最後の10年間。もう随分前のことですよね。僕のヒーロー・エイゼンシュテインが最高の仕事をしていたのが、まさにその時期。『戦艦ポチョムキン』(1925)はその良い例ですね。『戦艦ポチョムキン』の音がついているバージョンは観ちゃダメですよ!オリジナルのサイレントのものを観てくださいね(笑)。

サイレントだったからこそ、皆映像を読み取ろうとしていましたが、トーキーになってからは、そういうことをしなくなった。映像を理解しようという行動がどんどん劣化したと思います。チャップリンも言っていましたよね。「映画に音を登場させたことが、映画にとって一番最悪な出来事だった」と。チャップリンは視覚的なユーモアを得意とする人だったから、トーキーの登場は自分のキャリアの助けにはならなかったのかもしれません。でも音がつく前の視覚的な映像の方が、画としてもより洗練されていたし、観る方も映像を読み取ることが出来た。改めてそう思います。そんなチャップリンはエイゼンシュテインの家を訪問し、プールで泳いだらしいです。二人は映画についての哲学的な話を繰り広げたそうですよ。

『英国式庭園殺人事件 4Kリマスター』Ⓒ1982 Peter Greenaway and British Film Institute.

また、ダスティン・ホフマン主演で『Lucca Mortis』という新作を今作っていますが、ハリウッドというマシンに全てが殺されてしまい商業主義に走る作品しか作れない。実験的な視点を持った映画は作られなくなってきていて、非常に残念だと思います。『バービー』(23)みたいな、どうでもいいような題材の映画を作っている場合じゃないんですけどね。

監督・脚本:ピーター・グリーナウェイ

1942年イギリスのウェールズ、ニューポート生まれ。幼少期はアートに関心を持ち、ヨハネス・フェルメール等の絵画に魅せられ、画家を志す。一方で、映画への興味も強く、イングマール・ベルイマンの『第七の封印』等に夢中になる。ロンドンのウォルサムストー美術学校で3年間学び、在学中に初の映像作品『Death of Sentiment(原題)』(62・未)を制作。卒業後は、COI(Central Office of Information)に就職、記録映画の編集を担当。マイケル・ナイマンとは短編『5 Postcards From Capital Cities(原題)』(67・未)で初めて仕事をする。COI退職後、BFI(British Film Institute)の支援で短篇『H・イズ・フォー・ハウス』(73)を制作。Hで始まる単語を並べる米の子供向け番組「セサミ・ストリート」のパロディが注目され、以来一風変わった個性的な短編を次々と発表する。80年に飛行機事故に遭った92人の事故後を記録した3時間余りのフェイクドキュメンタリー『ザ・フォールズ』で長編デビュー。82年に『英国式庭園殺人事件』を手掛け、その独特な構図と画角のなかで描かれる貴族の美しくも下品な表裏の世界を皮肉とユーモアを交えた独創的な内容が話題を呼び、その名を世界に広く知らしめた。88年に『数に溺れて』で第41回カンヌ国際映画祭芸術貢献賞を受賞、89年にジャンポール・ゴルチエが衣裳を担当した事で話題となった『コックと泥棒、その妻と愛人』で世界中を震撼させた。以降の作品に、日本の清少納言による随筆「枕草子」から着想を得た『ピーター・グリーナウェイの枕草子』(96)、レンブラントの「夜警」を題材にしたアート・ミステリー『レンブラントの夜警』(07)等がある。2014年に英国映画界への貢献を称えられ第67回英国アカデミー賞英国映画貢献賞を受賞。近年は、現代美術のアートディレクションを積極的に行っており、2017年にパリにあるルイ・ヴィトン財団の美術館フォンダシオン ルイ・ヴィトンにて行われた「近代美術のアイコン シチューキン・コレクション」展の映像作品、同年ミラノで行われた展示「Mortality Vitali」のディレクションを務めた。現在、ダスティン・ホフマンが主演するイタリアの都市ルッカを舞台にした新作映画「Lucca Mortis(仮題)」を準備中。

取材・文:香田史生

CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。

「ピーター・グリーナウェイ レトロスペクティヴ 美を患った魔術師」

3月2日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

配給:JAIHO

© 1982 Peter Greenaway and British Film Institute

© 1985 Allarts Enterprises BV and British Film Institute.

© 1988 Allarts / Drowning by Numbers BV

© 太陽企画株式会社