SLなき釜石線に新観光列車「ひなび」  おもてなしに期待

 【汐留鉄道倶楽部】観光列車「SL銀河」が2023年6月に運行を終えた岩手県のJR釜石線で、同年末から観光列車「ひなび(陽旅)」の運行が始まった。蒸気機関車(SL)がけん引する客車列車から、ディーゼルエンジンと蓄電池を組み合わせたハイブリッド車両(HB―E300系)への置き換えである。花巻―釜石だった運行区間も東北線に乗り入れ、盛岡発着に延長した。4月以降は第三セクター経由で青森県の大湊線なども走る。積雪もまばらな1月、2通りあるダイヤのうち早めの「Bパターン」で全区間(片道約125㌔)を往復し、グリーン車の2種類の席を乗り比べた。

盛岡駅ホームで発車を待つ「ひなび」

 ひなびは全席指定、2両編成の快速列車。JR東日本によると、外観には岩手、青森両県を走った気動車によく使われた通称「盛岡色」と呼ばれる白地に赤ラインの配色を用い、中央に山、左右に波や川、花吹雪の模様を取り入れることで、北東北の豊かな自然を表現した。テーブルを挟んで座るボックス席主体(4、2、1人用)のグリーン車と、2人掛けリクライニング席の普通車に分かれる。グリーン車は座席の背もたれが高く設計され、リクライニングこそないが他席からの視線がさえぎられるようになっている。仲間同士なら気遣いも少なくて済みそうだ。

背もたれが高いグリーン席。手前3席は1人用

 行きはグリーン車の2人用席の1席を予約。途中駅から筆者の対面席に来た乗客は、両運転席の背後に設けられたフリースペース(展望室)で多くの時間を過ごしていたようだ。SL銀河のモチーフとなった童話「銀河鉄道の夜」などで知られる宮沢賢治ゆかりの観光拠点・花巻や、新幹線はやぶさも一部停車する新花巻からの乗車もちらほら。約30分停車した花巻駅では、県指定無形民俗文化財「鹿踊(ししおどり)」演舞のおもてなしがあった。鹿の角と獅子舞を思わせるかぶり物をまとった5人の踊り手が、腹にぶら下げた太鼓を打ち鳴らしながら息の合った舞いを披露すると、乗客らはスマートフォンのカメラを向け拍手を送った。

 

シカの角を付けた「鹿踊」の演舞=花巻駅

列車は沿線随一の観光地・遠野でも50分停車したが、あいにくの雨で街中散策は断念。郷土料理ですいとんの一種「ひっつみ汁」を味わった後、観光案内所や売店を備えた駅前の観光交流センター「旅の蔵遠野」で買い物をした。名産のどぶろくや土産物など、豊富な品ぞろえで飽きない。いくつかトンネルを抜けた列車はやがて、険しい山間部に入る。釜石線のハイライト、仙人峠は高低差を克服するため線路がヘアピンカーブ状になっており、眼下にこれから通る線路と停車する陸中大橋駅が見えた。

特設の「合格祈願神社」=釜石駅

 終点の釜石では雨が強まり、1時間半近い折り返しを待つ間、駅前の市場「サン・フィッシュ釜石」で帰りに味わう刺し身などを調達。隣の観光施設「シープラザ釜石」ではラグビーの街にふさわしく、2019年ワールドカップ(W杯)日本大会や、強豪だった新日鉄釜石のユニホーム、優勝トロフィーなど記念品も展示されていた。両施設は食事もできるほか特産品の品ぞろえも充実していて、駅待合室にとどまるのはもったいない気がする。ただ釜石駅にも売店やそば屋があり、時間をつぶすことは可能だ。改札を出ると合格祈願の神社に見立てたひな壇も設置されていた。SL銀河時代は遠野で燃料の石炭補給、釜石でSLの方向転換と乗客を飽きさせない仕掛けがあったが、給炭装置や転車台が今後どうなるかは気になるところだ。

ラグビーワールドカップ日本大会出場国旗などを展示=釜石駅前「シープラザ」

 帰りもグリーン車で、3席しかない1人用〝ぼっち席〟に。窓側に向かって座るようになっており、机のようなテーブルを備えている。隣席とはパーティションで仕切られ、プライバシーに配慮されている。運賃のほか、ひなびのグリーン料金は2千円、普通車指定料金は840円。目の前の大きな窓も独り占めできるので、1人用グリーン席を予約できたのは幸運だった。どぶろくをなめながら、のんびり車窓をながめた。アテンダントによる車内販売だけでなく、事前に予約すれば車内で弁当を受け取ることもできる。

 JR東日本盛岡支社によると、東日本大震災の復興のシンボルとして2014年に運行が始まったSL銀河は約7万4千人が利用した。太平洋戦争前に製造されたSLや、客車のレトロな内装などが人気だったという。ひなびはその後継になれるのだろうか。秋田―青森の日本海沿いを走行し人気の五能線「リゾートしらかみ」のように、車内での民謡演奏などイベントや地元特産品の販売があってもよいと思った。新型列車だが車内無料Wi―Fiがなく、充電用コンセントがフリースペースに3カ所ずつしか設置されていないことも気になった。今回はグリーン車、普通車ともほぼ満席で、滑り出しは上々のよう。駅や車内のイベントや設備を拡充し、乗客を退屈させないような仕掛けがあれば、新たな観光需要を掘り起こせるのではないかと今後に期待している。

 ☆共同通信・寺田正

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