【バイタルエリアの仕事人】vol.37 乾貴士|「不思議と言うか、尋常じゃない」理想の選手像はスペイン時代に対戦したマエストロ、ドイツでの日本人対決は「めちゃくちゃ嫌でした」

攻守の重要局面となる「バイタルエリア」で輝く選手たちのサッカー観に迫る連載インタビューシリーズ「バイタルエリアの仕事人」。第37回は、清水エスパルスのMF乾貴士だ。

前編では、J1昇格を期す新シーズンへの想いやトップ下でのプレー、バイタルエリアを攻略するうえで意識していることを訊いた。後編となる本稿ではまず、理想の選手像について語ってもらった。

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サイドをやっている時には、野洲高校の先輩でもある楠神順平選手に憧れて、ずっとサッカーをやってきました。

その時々で参考にする選手は変わってくるんですけど、あの人だけはずっと変わらずにお手本にしていました。楠神選手は小学生の時に見たドリブルがかなり衝撃でしたね。

僕はドリブルをしている時にフェイントをかけるのが苦手で、あまりできなかったんですけど、彼はどんなにスピードに乗っていてもフェイントをかけながら、重心を低くドリブルをしていました。僕の理想で言えば、そういうタイプのドリブラーなんですけど、自分ができないのも分かっていたので、憧れて見ていましたね。

今は自分がトップ下でプレーするようになって、見る選手もこれまでとは少し違います。最近はアンドレス・イニエスタ選手のプレーを参考にしています。

イニエスタがヴィッセル神戸にいた時には対戦していないんですけど、僕がスペインにいて、彼がバルセロナでプレーしていた時に対戦した経験があります。

当時はリオネル・メッシ選手もバルセロナにいて、彼らは意味が分からないぐらいのレベルの高さでした。「何でこんなにボールを取られへんのやろな」とか「何でこんなに判断を変えられるんやろな」と驚きましたね。

メッシは正直、上手すぎて別格でした。どっちに行くかも分からないですし、足も速くて身体も強い。一方のイニエスタは、身体能力で言えばそんなに高くないと思うんですよ。足もそんなに速くなかったですし、身体もめちゃくちゃ強いかと言ったらそんなこともない。でもあれだけ上手くて、ドリブルでもボールを奪われない。置きどころが良かったりとか、体幹がしっかりしているとか、いろんな要素はあるんだろうなと思いながらも、あの上手さは不思議と言うか、尋常じゃないなと思ってしまいますね。

だからやっぱり今の自分にとっての究極は、イニエスタですよね。彼がトップ下でプレーしている時は前にも行けて、後ろでもボールを落ち着かせられて、決定的な仕事もできる。それが僕の一番の理想としている形ですね。

逆に対峙して、一番「抜けへんな」と感じさせられたのは、カゼミーロ選手ですね。レアル・マドリーにいた時の彼は凄かった。身体が強くて、寄せに来るスピードも速いし、読みも抜群。あれだけ当時、マドリーが圧倒的な攻撃力を発揮していたのは、彼が中盤の真ん中にいたのがかなり大きかったんじゃないかなと思いますね。

あとドイツ時代の話で言えば、僕が左サイドをやっていた当時、右サイドバックの日本人選手がブンデスリーガにすごく多かったんですよ。うっちー(内田篤人)、(酒井)高徳、(酒井)宏樹とか。日本人対決で彼らと対戦するのはめちゃくちゃ嫌でしたね。それぞれタイプは違うんですけど、みんな抜こうとしても抜けないような距離感で、嫌な間合いを保ってくる。飛び込んでもこないし、かなりしんどかった記憶がありますね。

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これまで乾はヨーロッパではドイツ、スペインのクラブを渡り歩き、日本代表としてもロシア・ワールドカップを戦った。世界を知るアタッカーは、Jリーグと欧州リーグの違いをどう感じているのだろうか。また、今やほとんどの選手が海外でプレーするようになった日本代表についても訊いてみた。

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Jリーグは極端に言うと、一回一回の攻撃と守備がはっきりと分かれていて、テンポが一定な気がしますね。ヨーロッパでは攻撃をしていたのにすぐに守備になったり、守備からまた攻撃になったという感じで、サッカーのリズムが全然違いますね。あとは強度の部分もやはり差はあります。

今の日本の若い選手たちは、海外で挑戦したいのであればすぐにでも行くべきだとは思いますけど、人それぞれではありますし、それが必ずしも正解であるとも思いません。ヤットさん(遠藤保仁)や(中村)憲剛さんみたいにあれだけ上手くて、海外に行かずとも代表で戦える選手もいます。

でもそれは、あの2人がかなり稀なんだと思いますし、今の時代は日本代表でもほとんどが海外組というのも考えると、僕は海外に行くことを勧めますね。どこの国に行ったとしても、いろんなサッカーを勉強できますから。僕はスペインでプレーしていた時にかなり学ぶことがありました。攻守において賢い選手が多かった印象です。

今の日本代表は、チームがどうこうというよりは、選手個人を見ています。特に前線には、三笘(薫)君であったり、久保(建英)君もですけど、個性を持った選手が多いですよね。彼らが強豪国を相手にどれくらいできるのだろうかというのは、いつも興味深いです。

他にも伊東純也もそうですし、堂安律や上田綺世もいて、個のレベル的にはすごいモノを持った選手が多いなという印象です。僕が代表にいた頃よりも上手いと思います。昔に比べると日本の個々のレベルはかなり上がっていると思いますね。特に三笘君と久保君の2人は、どこまで成長するのか楽しみです。

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35歳になった今、乾はこれまでの経験や年齢を重ねたことで新たな“気づき”があったという。そして最後には今季の決意を力強く語った。

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これまでに比べると、よりサッカーを考えるようになったのかなとは感じています。一つひとつのプレーに対して振り返ることが多くなりました。

たとえば、「もう少し下がって受けていたら、逆がフリーになっていたな」とか「あの場面では、良い位置でボールを受けていたらターンできたな」という感じです。若い頃はそこまで深く考えることはなかったですし、どちらかといえば感覚的な部分が大きかった気がします。

これまでの経験があるからというのもそうですけど、ポジションが変わったのも大きいかもしれないです。トップ下でプレーするようになって、よりサッカーの本質を考えるようになりました。

でも、性格は昔から全く変わっていなくて、今まで通りですよ。自分がサッカーを楽しみながら、明るくやっています。ベテランの選手たちがピリピリしすぎていたら、若い選手たちはプレーしにくいので。チームを引き締める役割はゴンちゃん(権田修一)がやってくれるので、バランスは取れているのかなと思います。(笑)

目標はシンプルにもう、J1に昇格するということしか考えてないですね。それに対して自分がどれだけできるか。もちろんチーム内での争いもありますけど、負けるつもりはないので、競争に勝って試合でチームに貢献していきたいです。

それができれば、清水は上に行けるのかなと思いますね。個人としてはゴールやアシストには特にこだわっていなくて、まずはチームが勝てるように。そのなかで自分が活躍できたら嬉しいですね。基本的にはチームが勝つことだけを考えてやっていきます。

※このシリーズ了

取材・構成●中川翼(サッカーダイジェストWeb編集部)

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