"オタク"たちに推し活エピを聞きまくった藤谷千明さん。感銘を受けた、ぼる塾田辺さんの一言とは。

「『推し』って何?」と聞かれたら、あなたは何と答えますか?

ライターの藤谷千明さんは、この質問を12人のオタクたちにぶつけました。2024年2月5日に発売された本『推し問答! あなたにとって「推し活」ってなんですか?』(東京ニュース通信社/1650円)に、対談のもようがたっぷりと収録されています。

登場するオタクは、ぼる塾の田辺智加さんや無駄づくりクリエイターの藤原麻里菜さんから、社会学者や臨床心理士、藤谷さんの個人的な友人までさまざま。それぞれの推しジャンルも、アイドル・お笑い・VTuber・2.5次元舞台俳優など多種多様です。藤谷さん自身も、25年以上ヴィジュアル系バンドのオタクをしています。

話しまくって見えてきた、推し活の"今"とは? そして藤谷さんにとっての「推し」とは? BOOKウォッチから引っ越ししてきた連載「好きってなんなん?」第3回は、藤谷さんにお話を聞きました。

イケイケ推し活ブーム...ところが

オタクたちから飛び出した「『推し』って何?」の答えは、「光」「酸素」「ご飯と味噌汁」などなど。素敵な推しライフが垣間見えます。一方で、「推し活、このままで大丈夫?」というような話題も。推し活を義務のように感じてしまう、相手を消費してしまうのでは? と、どこか負い目のようなものを感じてしまう......そんな話を、藤谷さんはどう考えたのでしょうか。

私は、推し活は本来、良いも悪いもないものだと思います。推し以外でも、家族でも恋愛でも受験や就職でも何でもそうですけど、ある対象への思い入れが強くなった時は、それが自分のためになることもあればそうじゃないこともあるじゃないですか。

最近は、SNSなどで推しの情報もオタクの情報も見えやすくなって、「推しは今の活動を不本意に思っているんじゃないか」とか「あの人は私よりたくさんライブに行っているけど、どうしてそんなにチケット持ってるの?」なんて考える要素が多くなってしまって、しんどくなる人が増えているのではじゃないでしょうか。これは、この本の対談や読んでくださった方の感想を通して思いましたね。

藤谷さんは、大好きなヴィジュアル系バンドを中心にポップカルチャー関連の記事を書くかたわら、本書のほか、オタクの友人とのルームシェアをレポートした『オタク女子が、4人で暮らしてみたら。』(幻冬舎)など、オタクの生き方にクローズアップした執筆もしています。

本書に収録されている対談は、もとは「TV Bros. WEB」上での連載でした。この企画が持ち上がった2022年夏は、推し活がテレビなどで取り上げられ始め、盛り上がってきた頃でした。連載もスタートは"イケイケ"でしたが、だんだんと世間で「推し活の負の面」のような取り上げられ方が増えていき......「そして、芸能界のハラスメント報道が直撃したんですよね」と編集担当のKさん。藤谷さんもうなずきます。

芸能界のハラスメント報道の問題は大きかったですね。長年仲の良いファン同士だったのに意見の対立で距離ができてしまったり......。とはいえ見なかったことにもできないですし......。これまで以上になにかのファン・オタクであることについて考えを巡らせることが増えたのではないでしょうか。

長年"ジャニヲタ"を貫いているお笑い芸人の松本美香さんが、連載のトップバッター。ある意味この本にとって象徴的な対談になったと、藤谷さんは語ります。

松本さんは今ほど推し語りが盛り上がってない頃から個人サイトやエッセイで発信してきた人なんです。だから、最初にお話を聞きたいと思って。シブがき隊に始まり、光GENJIやSMAPなどのオタクをしてこられた方です。当時は「大学生になっても、恋愛せずにまだアイドルオタクをしているなんてありえない」という風潮でした。時代が変わりましたね~というお話をしました。

でも、「大人になってもアイドルが好きでいい」という世の中になってオタクが生きやすい時代が来たかな? と思ったら、今度はメディアや広告が「恋愛しないなんて!」じゃなくて「推しのいない人生なんて!」みたいに煽ってきたり、ただ応援するのではなく、結果...たとえばチャート1位や売上何万枚など目に見える結果を出すことが目標になっちゃうこともあったりして、これはこれで疲れますよね。そんな時代の変化がわかるようなお話が伺えました。

本の前半の話題は推し活の楽しさがメインですが、後半には"推し疲れ"を経験した人や"オタクになれなかった"社会学者など、推し活ブームに一石を投じるような対談相手も登場。推し活ブームの移り変わりがリアルタイムで見えてくるような一冊になっています。

推しに何があっても「どうせ好き」

連載の締めとなったのは、KAT-TUN亀梨和也さんのファンとしても知られる田辺さん(書籍では田辺さんの後、文筆家のひらりささんとの対談を収録しています)。藤谷さんが「それだ!」と心をつかまれたのが、田辺さんの「どうせ好きですし」というひと言です。

田辺さんも、近年の推し活ブームが過熱しすぎではないかと心配していらっしゃいました。でも、もし自分や推しに何かトラブルが起きて推し続けられなくなったとしても、どうせ自分はその人のことが好きなんだから、一旦距離を置いてから戻ってくればいいとおっしゃっていて。

何かあった時に絶望してしまうのではなくて、落ち着いたら帰ってきてまた応援するという、このバランス感覚がすごくいいなと思いました。「どうせ」ってネガティブに使われがちな言葉ですけど、これはポジティブですよね。達観というか、いい意味でのあきらめというか。

それに、もし本当にその推しから気持ちが完全に離れてしまって戻ってこなかったとしても、我々はどうせ他のものにハマるんですよ。来年くらいに(笑)。推し活が良かろうが悪かろうが、オタクはどうせずっとそんなことを繰り返しているんです。

そんなオタクの生きざまを裏づける、こんなエピソードが。藤谷さんには90代の親戚がいて、ときどき様子を見に行っているそう。その方が最近家族の看取りを終えて、なんと推し活に復帰したのです。昔好きだったコーラスグループが、まだ現役で活動中とのこと。

私もときどき付き添いとしてイベントに行っています。メンバーはもともと4人だったけれど、オリジナルメンバーは2人亡くなって、若いメンバーを入れて今は3人でやっているそうです。健康上の問題で杖をついたり椅子に座ることもあるけど、歌声はプロフェッショナルで。

そうそう、以前行ったコンサートでは、トークで亡くなったメンバーをイジっていて、他のお客さんはおそらく同年代で、推しとの重ねてきた年月がありますし身近な友達が亡くなるのは当たり前のことだからか、もうドッカンドッカン大ウケしてて、私だけが真顔に......なんてこともありました(笑)。

そんなふうに、イベントはなごやかでとてもいい雰囲気なんですが、帰ってから親戚が「今日は曲順がよくなかった」とか「今日はピアノが走ってた」みたいなことを言うんですよ。私、「えっ!?」って(笑)。セットリストへの愛ゆえの文句ってオタクあるあるじゃないですか!

かくしゃくとしていて知的なおばあさまなんですが、それだけに「オタクってそれ一生やるんだ!?」という恐怖が......。でも、なんだかんだ言いながらも90代になっても変わらず推し続けていられるんだなと、勇気をもらえました。オタクのみなさん、長生きしましょう。

藤谷さんにとっての「推し」は?

本の中の対談では、最初に「あなたにとって『推し』ってなんですか?」という質問をしています。藤谷さんにとって「推し」とは?

まずひとつは、今となってはメシのタネですね(笑)。推し活ブームのおかげで、こうしてお仕事も増えたので。

個人的なオタク話だと、14歳の頃から黒夢というバンドのボーカルの清春さんが好きです。土曜日深夜の音楽番組でプロモーションビデオが流れているのを見て「わーっ! かっこいい!」となって、翌日の日曜日に自転車を漕いでCDを買いに行った思い出があります。サブスク時代ではありえない話......。そこから、お小遣いを貯めてライブに行くようになりました。

清春さんの好きなところは、「曲とたたずまいですね。中身は会ったことないからわからないです」とのこと。

今でも変わらずかっこよくて、ファンの期待に応えてくださっています。先日新しいプロモーションビデオが出たんですが、やっぱりかっこよかったです......。

田辺さんも亀梨さんに対しておっしゃっていましたが、ずっとかっこいいと思わせてくれる人、ずっと好きでいさせてくれる人って、すごいと思います。誰しもが世に出続けられるとは限らないじゃないですか。外的な要因も、本人の心身の問題もあるでしょうし。だから、ずっとそこにいてくれるってすごいことだなと思いますね。私にとっての推しは、そんなふうに、ずっと遠くで光っていてくれる"灯台"のような存在です。

最後に、「もし推しがいない人生だったら?」と質問してみました。「うーーーん」と悩んだ後......。

推しがいなかったらつまらない人生だったかと言われると、そうとも言い切れないんですよ。私はけっこう楽天家なので、いなきゃいないでへらへら暮らしてたと思うんです。ただ、推しがいるほうがもっと楽しい。今のほうがきっと楽しいと思います。それは間違いないです。

藤谷さんも含め、本に登場するオタクたちの推し活は多種多様。でも、どんな推し・どんなオタクであれ、「どうせ好き」でい続ける姿にはまぶしいものを感じます。

(東京バーゲンマニア編集部)

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