泣くほど悔しい夏を乗り越えて、井上宗一郎は前へ進む

2月22日と同25日のアジアカップ予選Window1で、トム・ホーバスHC率いる男子日本代表が再始動した。昨夏の「FIBAワールドカップ2023」で日本中を熱狂の渦に巻き込んだ快進撃から半年が経過し、同2日間もグアムと中国に勝利。幸先の良い再出発となったわけだが、今回は井上宗一郎にスポットを当てた。

うれしさと悔しさが入り混じり涙したワールドカップ

「試合に出られないことには慣れているんで…(笑)」

昨夏の「FIBAワールドカップ2023」の最終戦。カーボベルデの猛追を振り切ってパリ・オリンピックへの出場権を得た直後のメディア対応で、井上宗一郎は開口一番、そう口にした。

ワールドカップの5試合では、合計でたったの4分しかプレータイムを勝ち取ることはできず、得意の3Pシュートを決めるどころか、シュート1本すら打たせてもらえなかった。

チームとしては前評判を覆す快進撃を見せ、仲間たちは歓喜に沸いていた。もちろん、井上もチームの躍進を心から喜んでいたし、プレータイムがなくても誰よりも声を出してベンチからチームを盛り立てた。

また、試合当日には真っ先にコートに表れ、シューティングをする姿を我々は何度も見てきた。かつて、元日本代表のある選手がこんなことを言っていた。「キツいときやバツが悪くなったとき、うまくいかないときに、人の本質が出る」。この言葉を思い出しながら、『プロフェッショナルとはこういう人のことを言うのか』と、井上の振る舞いから感じた。

アジアカップ予選でも積極的にベンチから声を出した

冒頭の言葉は、井上が昨季サンロッカーズ渋谷に在籍していた頃のチームでの立ち位置から出た言葉だろう。Bリーグは年々外国籍選手のレベルアップが進み、帰化選手も増えた。さらに、オン・ザ・コート・ルール改定とアジア特別枠の導入も重なり、日本人ビッグマンが活躍するチャンスは激減した。井上も例外ではなく、昨季の平均プレータイムは6分にも満たなかった。

言葉では「出られないことに慣れている」と強がっても、学生時代はバリバリ試合に出ていた選手が悔しさを感じないはずがない。ましてや、ワールドカップではたった12人しか選ばれない日本代表としてベンチにいながら、ウォームアップウェアすら脱げない状況だ。チームの成功はもちろんうれしいが、彼個人に目を向けたとき、その感情と同じかそれ以上の「悔しさ」があったはずだ。

冒頭の言葉の後、井上はこう続けている。

「別に試合に出してほしいと期待しているわけでもなく、チームのためになるな準備をするだけだと思っているので、それはBリーグでも日本代表でも変わりません。それを続けてきただけです」

非常に力強い言葉で、ここまでは気丈に振る舞っていた。だが、次第に表情が変わり、いつしか目には光るものが見え始めた。

「実力的に僕がまだまだというのは選考段階から思っていたんですけど、それでもこうやってチームが勝ってくれたし、試合だけじゃなくて練習でも(渡邊)雄太さんとマッチアップしたりとか。そういうところで…何だろう…客観的に見たら僕がしたことは全然ないとも言えるし、自分でも何か『これをやった』と胸を張って言えるわけではないんですけど…。目に見えない練習とか、トムさんのバスケを1年3か月くらいやってきて……いやぁ…本当にうれしいですけど、個人的にはBリーグでも何もできなかったし、応援に来てくれているファンの方は今日もいたし…そのファンの前で格好良い姿を見せることはできなかったです」

何度も言葉を詰まらせながら、こちらももらい泣きしそうになるほどに井上は泣いていた。ワールドカップのミックスゾーンでは、井上のほかにもさまざまな場所で日本代表選手が記者からの取材に応じており、筆者もはじめはひと言、ふた言の言葉を聞いてほかの選手を取材しなければと考えていた。だが、自分の感情をありのまま言葉にする井上の話を聞けば聞くほど「このまま彼を取材しよう」と思わずにはいられなかった。彼は悔しさに涙しながら、同時にこうも言っていた。

「こうやってチームのために何かできたことは誇りに思って良いと思います。本当にやれることはやり切ったと思っていますし、これから(Bリーグでの)新しい戦い、新しいシーズンが始まるので、また頑張っていきたい」

中国戦で見せた日本を救うビッグプレー

時は流れ、新天地・越谷での今季はここまで33試合に出場し、平均プレータイムは16.3分、平均得点も6.1といずれも昨季の3倍近くに飛躍。3Pシュートも32.5%とまずまずの確率で沈めている。中でも、勝利した1月20日の愛媛オレンジバイキングスとの対戦では3Pシュート4本を含むキャリアハイの24得点。チームも25勝18敗で東地区2位に着けており、「何もできなかった」昨季から大きなステップアップを遂げている。

そんな井上は再びホーバスジャパンのロスターに名を連ね、先週末に行われたアジアカップ予選のウィンドウ1に2試合ともに出場した。

グアムとの初戦では16分16秒のプレータイムで6得点、5リバウンド。3Pこそ2/7とやや低調だったが、プラスマイナスではチームトップの+17を記録した(つまり、井上で出場している時間帯は17点リードしていた)

だが、極め付けは中国との2戦目だろう。最終盤で3本連続フリースローをミスしたことは痛かった。だが、それ以前の彼のプレーは間違いなく日本の勝利に大きな影響を与えた。だからこそ、グアム戦を上回る23分47秒のプレータイムを獲得し、終盤の勝負どころでもホーバスHCは井上を下げなかったのだ。

ハイライトはいくつかあった。まずは1Qで日本がなかなか得点できなかった場面。最初の2本の3Pこそ外していた井上だが、残り3分46秒に馬場雄大のアシストから3Pを射抜いて日本の11得点目をゲットすると、そのわずか36秒後に今度は自らのディフェンスをきっかけにジョシュ・ホーキンソンからのパスを受けて連続で3Pをヒット。スコアを14-14のタイに戻し、中国にこの試合初めてのタイムアウトを取らせたのだ。

結果的に井上の得点はこの6点のみだったが、序盤の苦しい時間帯に決め切った2本の3Pがどれだけ大きな意味を持っていたかは、後の日本の戦いぶりを見れば分かるとおりだ。特に2本目を決めて雄叫びを上げた井上の姿は、半年前の悔しさを晴らすかのような、爽快なシーンだった。

ビッグプレーはもう一つあった。3Q残り1分49秒、216cmの相手ビッグマン、ハンセン・ヤンがピック&ロールからペイントに侵入し、ダンクを狙ってきた場面。ヤンのマークマンだったホーキンソンはハンドラーにダブルチームを仕掛けていたため、ゴール下はガラ空きだった。しかし、そこで左コーナーの選手をマークしていた井上が懸命なカバーでブロックに跳び、結果的にはノーファウルで相手のダンクミスを誘発したのだ。スタッツ上では井上のブロックショットはゼロとなっているが、両チームなかなかスコアできない時間帯だったこと、点差が9点だったことを考えると、このシーンも日本の勝利に大きな影響を与えたはずだ。

もちろん、まだまだ課題は山積みだ。前述したフリースロー3連続ミスもしかり、ガードやウィングの選手へのスイッチを余儀なくされた場面でのディフェンスももう少し踏ん張りたいところ。特に前者については本人も反省の弁を述べている。

だが、Bリーグの外国籍選手相手に鍛えたフィジカルはこの2試合でしっかりと結果となって表れ、3Pも引き続き日本代表では重宝されるだろう。

「歴史を変えたチームは何が違ったのかを、越谷アルファーズに持ち帰って還元できると思います。通用しないとは思っていないですし、自分も自信を持っています。この12人の一員になれたことに誇りを持っています」

ワールドカップで語ったこの言葉を見事に実行し、今度は越谷での経験を日本代表に還元している井上。沖縄では泣くほど悔しい思いをした。だからこそ、もう一度選考レースを勝ち抜き、今度はパリで泣くほどうれしい思いをしたい。

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