【佐々木恭子コラム】 第3回:日本企業に共通するパーパスの「義務の側面」

前回のコラムでは、パーパスには「目標の側面(Goal-based perspective)」と「義務の側面(Duty-based perspective)」の2つがあるという理論を紹介しました。日本企業によるパーパスの実践は、2つの側面と照らすとどのように見えるでしょうか? また、パーパスの議論の背景にあるサステナビリティ課題の解決とどのように関係しているでしょうか?

私の研究では、まず世界の大企業500社(Fortune Global 500)の中から、ホームページや統合報告書でパーパス(自社の存在意義)を開示しており、なおかつグローバル共通のサステナビリティ課題である国連持続可能な開発目標(SDGs)に取り組んでいる企業を洗い出しました[^undefined]。 Fortune Global 500に日本企業は53社リストされており、そのうち44社(83%)が何かしらの形でパーパスを表明し、SDGsに取り組んでいることが判明しました。これは米国の企業(121社中57社:47%)よりも高く、日本企業の間ではすでにパーパスやSDGsへの取り組みが「当たり前」になっていることを改めて確認する結果となりました。

それでは、企業はなぜパーパスを掲げ、それをどう実践しているのでしょうか。また、そこにサステナビリティ課題(SDGs)はどのように関わっているのでしょうか。統合報告書などで開示している情報は企業活動のほんの一部でしかないため、これらの疑問を解くには十分ではありません。そこで私は先に絞り込んだ日本企業44社のうち6社の協力のもと、10人に直接お話を聞かせていただきました。また、日本企業との比較のためにオーストラリア企業10社にも同様にご協力いただきました。

企業理念もパーパス――要点は従業員による実践

カフェ文化が有名なメルボルンですが、最近はごみが出ない食べられるコーヒーカップも登場(筆者撮影)

パーパスを「企業の存在意義」として定義した上で、自社のパーパスの有無について聞いたところ、6社中4社の参加者は「『企業理念』をパーパスとして捉えている」と回答されました。また他の2社は2020年にこれまでの理念を刷新する形で新たにパーパスを策定していました。

その2社になぜ新たにパーパスを策定したのかを聞くと、新社長の就任によりパーパスを策定したという企業の参加者が、「パーパスは企業理念に包含される概念ですが、例えば、企業理念を刷新したとするよりも、パーパスとして自社の『存在意義』を明確に定義したとすることで、従業員が自分事として、さまざまな取り組みをパーパスに関連付けて捉えやすい面があるように思えます」と答えてくれました。つまり、従業員による実践をパーパスの要点として考えていることが分かります。

さらに、企業理念など既存のステートメントがパーパスであると答えた企業の中には、「私たちのミッション(企業理念)は、パーパスに値するほど十分に強い」と答えた方もいました。つまり自社の中に浸透している理念が既にパーパスの要素を満たしていると考えていたのです。これらの企業の参加者は、自社の理念を永遠で普遍的、理想的な組織基盤であるとみなしていました。なぜなら、企業理念は組織の本質的な信念や価値を含んでおり、従業員を鼓舞し、行動を導くものであるからです。この点において、「企業理念」か「パーパス」かといった、ステートメントの名称自体は重要ではないことが分かりました。

パーパスの社内浸透と社会課題の関連は?

多くの日本企業にとって、社会に貢献するという考え方は新しいものではなく、創業当初から数十年以上にわたって組織の中に「当たり前」にあるものと捉えられていることは先行研究とも合致しています。私の研究に参加いただいた企業の1社は、創業が19世紀に遡りますが、企業理念に書かれていることは社会における自社の「責務」であり、従業員一人ひとりの「使命感」につながっていると話してくれました。別の企業の方は、企業理念が「従業員に誇りと帰属意識をもたらす」と説明しました。最近パーパスを策定した企業でも、創業者や初期の経営層の思想や発言を洗い出し、そこに含まれる組織としてのDNAをパーパスに反映していました。要は企業理念であってもパーパスであっても、社会に貢献するという思想や理念を組織の中で活かし続けることが重要だと考えているのです。

創業時の社会的な理念をパーパスと捉え、継承している企業は、経営者から従業員へのメッセージにパーパスの文言を含めたり、創立記念日にパーパスをリマインドするイベントを開催したり、オフィスや工場にポスターを掲示したりするなど、さまざまな方法で組織内にその文言を浸透させていました。また、一人ひとりの従業員の仕事とパーパスを関連付ける社内ワークショップを実施したり、パーパスに基づくベスト・プラクティスの社内表彰を開催している企業もありました。これらの活動は、企業が社会の中で果たすべき役割を一人ひとりの価値観や道徳に働きかけ、内発的動機をパーパス実践の駆動力にしているという観点から、前回の記事で整理した理論に照らし合わせた時、パーパスの「義務の側面(Duty-based perspective)」を実践していると考えられます。

では、パーパスの「義務の側面」の実践はどのように把握されているのでしょうか。
調査に協力いただいた日本企業では、パーパスの「義務の側面」の実践度合いについて、従業員アンケートによるパーパス認知度やエンゲージメントスコアで把握されていた一方、「パーパス論」の背景にある気候変動や格差の問題など、SDGsに記されている社会課題とパーパスとの関連性については明確な回答は得られませんでした。つまり、「パーパスを実践していることと、パーパス論の背景にある社会課題は直接結びついていないのではないか」と考えられます。なぜこのようなことが起こるのでしょうか。創業時から社会的な理念を掲げていることを理由に、パーパスを既に自社が実践している「当たり前」なことと捉えてしまった場合、その理念が自社の既存の事業活動を肯定するあまり、今起きている変化に対して消極的になってしまう可能性も考えられます。

そうならないためにはどうしたら良いのでしょうか。次回は日本企業の中でパーパスの「目標の側面」を実践する企業の考え方と取り組みについて紹介します

佐々木 恭子 (ささき・きょうこ)
修士課程(環境学)を修了後、環境関連のベンチャー企業にて大手企業向けにコンサルティング、省庁・自治体向けに環境関連調査などを担当。2007年より事業会社の環境、CSR、サステナビリティの部署にて、グローバルCSR体系の立ち上げと国内外事業所への社内浸透、サステナビリティ関連の情報開示等に従事。2020年~豪モナシュ大学社会科学研究科在籍。パーパスとサステナビリティ(SDGs)の取り組みの関係について、日豪2ヵ国の大企業を対象に研究。2023年11月博士号(社会学)取得。

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