1億円でFIREを目指したアラフォー男が迷い込んだ“闇”とは?

宮崎明日香(39歳)は、このところパートタイマーの管理責任者である小笠原大地(36歳)の変化が気が気でなかった。怪しい投資商品に振り回されそうになった時に、明日香の母の玉枝(74歳)のアドバイスで冷静になったはずだったが、この頃はまた、内にこもって誰とも親しく会話するようなことがなくなっていた。いったいどんな変化が小笠原に起きたのだろうか?

資産形成で迷い込んだ闇

小笠原は、資産運用の力を最大限に発揮し、FIRE(Financial Independence, Retire Early:経済的自立、早期リタイア)を実現することに強いこだわりを持っていた。先ごろは、「絶対収益型のおまかせファンド」という話を信じてFIREへの見通しが立ったと喜んでいたものの、玉枝の意見などを聞いてよく考えてみると、投資商品について内容が不明瞭な疑わしい商品であることがわかり、一から資産運用プランを見直していた。盲目的に信じて「おまかせ」にしてしまうことの危うさを反省し、自分で考えて運用商品を選び、かつ、環境に応じて投資銘柄を入れ替えることの重要性を学んだ。そして、資産運用について日々調べることや考えることは非常に多くあった。生真面目な小笠原は、自分に納得のいく投資を実現するため、一切の妥協を捨て、可能な限り調査と分析、将来の市場変化を展望することに時間を費やしていた。

小笠原の毎日は、投資一色になっていた。土日に市場が閉まっている以外の日々は一時も気を緩めることができなくなっていた。一般の会社員として日々の糧を得るための仕事も決しておろそかにはできないので、一度は資産運用をプロとしている投資助言業者や投資一任サービスも検討してみた。しかし、小笠原が面談した投資助言業者は、小笠原が持っている金融知識にも及ばぬほどの知識しか感じられなかった。また、投資一任サービスは、大手金融機関を訪ねただけに担当者の金融知識レベルは高かったものの、年率3%~5%程度のリターンを中長期的にめざすという運用方針の割には、年率で1%を超える手数料が高過ぎるように思えてならなかった。また、小笠原の用意できる400万円程度の投資資産では、簡易型のサービスを勧められたこともひっかかった。このため、結局、自分自身の力で運用していくしかないと結論した。

納得できる資産運用を続けるための日課

小笠原の朝は5時に始まる。NY市場の終値の状況を調べ、欧州市場の状況もざっと振り返る。主要な株価指数や経済資料のデータを記録し、主要銘柄の株価を記録するとともに、株価チャートを確認する。この時に、必要を感じたら投資銘柄の入れ替え等の注文を証券会社にオンライン注文する。それから、朝食をとって出社の準備をする。11時30分から12時30分までの1時間は、昼食を取りながらも日本市場の変化を追いかけるために、データとニュースを満遍なくチェックする。特に、海外資産を比較的多く持っているために、為替市場のチェックに時間をかけている。18時の定時に退社すると、帰宅までの電車の中で、日本市場とアジア市場のその日の動きをざっとチェックする。帰宅してからは、夕食もそこそこに、その日の世界のニュースを主だった国々についてチェックし、投資信託の運用報告書や市場展望リポートなどに目を通す。そして、その日の夜中に更新される投資信託の基準価額をチェックして就寝する。平日は、それを繰り返した。

小笠原の投資プランは、毎月7万円の積立投資を基本としていた。毎月7万円としたのは、給与から、賃貸マンションの賃料や光熱費、通信費に日々の生活に必要な費用を差し引いて残る資金から求めた。食費などの生活費は、ついぜいたくをしてしまいがちになるので、給与から最初に7万円を証券会社の口座に振り込んで、残る金額で生活するようにしていた。年率5%以上での運用収益を継続することをめざし、3年後、5年後など昇格・昇進に伴う給与の増額は増えた分だけ毎月の投資額を増やす計画だった。そして、小笠原の試算によると、年平均収益率5%を前提とすれば、当初は毎月7万円を3年間積み立て、その後、毎月10万円を5年間、そして、毎月13万円を2年間積み立てると、投資元本が1750万円を超えるため、NISAの非課税限度額に達する。その後は課税口座で引き続き積立投資を継続し、毎月15万円を20年間積み立てると、資産総額が約1億円に達する計算だ。1億円達成までに必要な年月は30年間。66歳の年には、1億円の資産を手にすることになる。早期リタイアにはならないが、運用効率を高めることによって早期リタイアも可能になると考えていた。

資産運用に没頭する中で気づかなかった異変

しかし、小笠原は約1年間、この計画の遂行に必死になって取り組んでいたが、1年が経過しようとした時に、なぜか身体が重く、5時の起床ができなかったばかりか、会社に出社することすらできなくなっていた。そのまま、会社を休んだのだが、翌日も同じように身体に力が入らず、2日連続で会社を休むことになった。翌日は土曜日だったので、土日にしっかり休めば回復するだろうという見通しを会社に伝えた。その土曜日、明日香が玉枝を伴って小笠原の自宅を訪ねてきた。明日香から最近の小笠原の様子を聞いていた玉枝は、小笠原に対して意外なことを言い出した。その話とは……。

●小笠原の異変の理由とは? 後編【年金世代がお金はあるのに「人生やり直したい」理由】にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

風間 浩/ライター/記者

かつて、兜倶楽部等の金融記者クラブに所属し、日本のバブルとバブルの崩壊、銀行窓販の開始(日本版金融ビッグバン)など金融市場と金融機関を取材してきた一介の記者。 1980年代から現在に至るまで約40年にわたって金融市場の変化とともに国内金融機関や金融サービスの変化を取材し続けている。

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