能登半島地震-識者に聞く/中央大学理工学部都市環境学科教授・有川太郎氏

◇最悪シナリオ想定し行動を
□高波対策施設が機能発揮□
1月6日に上空から被災地の状況を調査した後、同7~8日と23~28日に津波の痕跡調査やヒアリング調査を行った。これまでに石川、富山、佐渡も含む新潟各県の津波被害を調査している。
石川県珠洲市、能登町などに到達した津波は、高い所で浸水深が3~4メートル程度だった。実際に浸水が始まったのは地震から30分前後の所が多かったのではないか。珠洲市北側のように波源に近いところでは、20分前後で浸水したと推測される場所もある。
津波の遡上(そじょう)高は、新潟県上越市の沿岸が一番に高かったと考えられる。だが海岸堤防の背後はほとんど浸水しておらず、消波ブロックなどが多少損壊したものの、高波に備えたハード面の対策が津波に対しても機能を発揮したと言えるだろう。

□倒壊建物が避難妨げる□
東日本大震災を受け、国土交通省・文部科学省がいくつかの海底活断層を震源とした地震による津波が石川県沿岸に及ぼす影響を計算している。この中で能登半島の北側から東側にある断層を対象にした津波シミュレーションによる浸水面積、最大津波高、影響開始時間は、今回の能登半島地震による津波の実績とよく一致している。
想定外であったのは、津波の危険が迫りながらも地震により多くの建物が倒壊した中で避難せざるを得なかったことだ。現在、避難時の人流データを分析しているが、避難途中で急に折り返して逆方向へ進む動きがたまに見受けられる。これは建物の倒壊や損傷した道路で前に進めなかったことによる行動だ。ただ避難行動が早かったこと、浸水までの時間があったこと、浸水域もそれほど大きくなかったことなどからほとんどの人が逃げ切れたと推測される。
日頃の避難訓練に加え、これまで経験していない強い揺れに見舞われて危機感が増したこと、高台が近くにあったこと、避難拠点となる施設が機能を維持したまま残っていたことなども要因であろう。最悪シナリオを想定した行動が間違いではなかったと証明されたとも言える。

□海底地滑りの解明へ□
現時点でよく分かっていないのが、能登半島東側と佐渡に挟まれた辺りの海域でどの程度の地殻変動があったのか、また海底地滑りがあったのかどうか。学者の意見も割れている。上越市における比較的に大きな津波は、ある程度の地殻変動か海底地滑りのようなことが生じなければ、説明が難しい。今後の調査結果が待たれる。
私たちの津波シミュレーションでは、石川県輪島市沖合約50キロの舳倉島(へぐらじま)には高さ10メートル近い津波が到達したと推定される。被害は大きくなかったが、この島でも津波の痕跡について調査を行う必要がある。
珠洲市の飯田港ではケーソンが津波で横へずれるように損壊している。被害状況を見て、港湾構造物の粘り強さを確保する対策が改めて重要と考える。

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