今の会社で働き続けたくない。でも…若者の「成長したい!」から真剣味が伝わってこない本当の理由【同志社大学教授が解説】

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今の会社で働き続けたくないと思う日本人は少なくありません。しかし転職・独立を考える人の割合は低く、消極的に仕事に向き合う状態が続いているのが現状です。本記事では、同志社大学政策学部・同大学院総合政策科学研究科教授の太田肇氏による著書『何もしないほうが得な日本 社会に広がる「消極的利己主義」の構造』(PHP研究所)から、日本社会の転職・独立に関する問題点について解説します。

「いまの会社に、好きでいるわけではない」という日本人の本音

コロナ禍の影響もあって近年、働く人の転職意識や独立志向が高まっているといわれる。はたして実際は、どうだろうか?

パーソル総合研究所は2022年2~3月に全国の15歳~69歳の有職者1万人を対象に「働く10,000人の就業・成長定点調査」を実施した。この調査によると、「現在の勤務先で継続して働きたい」という人が48.5%とほぼ半数いる一方、「他の会社に転職したい」という人は24.6%にとどまる。

いまの会社で働き続けたいわけではないが、かといって転職するつもりもないという人が相当数いることをうかがわせる。

「変わりたいが現状維持」という、消極的な帰属意識がつづく

もう一つ注目してほしい調査結果がある。かなり古いが、総務庁(現・総務省)青少年対策本部が1993年に世界11カ国の青年に対して実施した「第5回世界青年意識調査」の結果も示唆的だ。

調査結果をみると、日本人はいまの職場で勤務を「続けたい」という回答の比率が11カ国のなかで最も低い。それと対照的に「続けることになろう」という回答の比率は他国に比べて顕著に高くなっている。きわめて消極的、運命的な帰属意識がそこに表れている。

では、現在働いている人の意識は当時と違うのだろうか? 松山一紀は2016年に、同様の項目を用いて上司を有する日本人労働者1,000人にウェブで調査を行った。

すると傾向は先の調査結果と似通っていて、「この会社でずっと働きたい」という回答は25.4%にとどまる一方、「変わりたいと思うことはあるが、このまま続けることになろう」という回答は40.5%に達する※1。

現在も、そして青少年だけでなく現役社員もまた消極的な帰属意識で働き続けていることがわかる。

※1:松山一紀『次世代型組織へのフォロワーシップ論―リーダーシップ主義からの脱却』ミネルヴァ書房、2018年、104~105頁

独立をしてみたくても、損得勘定で「リスクの少ないほう」へ

つぎに、独立の意思に目を向けてみよう。

[図表1]将来、チャンスがあれば独立したいと思うか

「2022年ウェブ調査」では、企業などの組織で働く人に対し、まず「将来、チャンスがあれば独立したいと思いますか?」と聞いてみた。すると、「思う」が26.9%とほぼ4分の1だった。年代別では20代が36.4%で最も多い(図表1)。

[図表2]自ら転職や独立をしない方が得だと思うか

そこで、こんどは「自ら転職や独立をしないほうが得だと思いますか?」と質問した。その結果、「そう思う」「どちらかといえば、そう思う」が計51.1%と過半数に達した。ちなみに20代も51.8%で全体の数値を若干上回っている(図表2)。

これらの結果から、日本企業ではいまの職場が気に入っているので働き続けたいという人がいる一方で、転職や独立をしてみたいという気持ちはあっても、損得勘定をしたら割に合わないと思い留まっている人がかなり多いことがうかがえる。

それを裏づけるような調査結果がある。

日本財団が2022年、アメリカ、イギリス、中国、韓国、インド、日本の18歳の人を対象に行った「第46回 国や社会に対する意識(六カ国調査)」では、「多少のリスクが伴っても、新しいことに沢山挑戦したい」「多少のリスクが伴っても、高い目標を達成したい」という回答の割合は他国と比べ際立って低く、いずれも5割を下回っている。

また経済産業省の「起業家精神に関する調査」によると、起業家や起業活動をしている人の割合を表す「起業活動率」は、今世紀に入ってからおおむね5%以下で推移しており、アメリカ、イギリス、フランスなどの先進国、それに韓国と比べても低くなっている。

転職・独立に、有望なキャリアを見出しにくい日本社会

年功制の大枠が残っている日本企業では、一部の専門職や傑出した能力の持ち主でないかぎり、転職すると給与が下がる可能性が高い。年金、退職金などの福利厚生を含めたら、いっそうその差が大きくなる。

そもそも日本にはシリコンバレーに象徴されるアメリカなどと違い、だれもが起業して成功する夢を描け、かりに失敗しても再挑戦できるような社会的、経済的、文化的条件が整っていない。

近年は日本でも公的あるいは民間のさまざまな起業支援が整いつつあるが、それでもアメリカなどに比べればサポート体制が十分ではなく、失敗した場合の損失も大きい。下手をすると自分の財産をすべて失い、生活に困窮するような事態に陥りかねない。

このように日本では転職・独立など、外部に有望なキャリアの選択肢が見出しにくく、それが将来への大きな夢や希望を抱くことを困難にさせている。

若者がしばしば口にする「成長したい」という言葉から真剣味が伝わってこないのも、成長した先に魅力的な将来展望が描けないからだろう。

太田 肇

同志社大学政策学部・同大学院総合政策科学研究科

教授

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