80年代の伝説的ロック漫画、上條淳士『To-y』サントラ再発 時代を変えた“表現方法”と不朽の“空気感”

上條淳士のヒット作、『To-y』のOVA(オリジナル・ビデオ・アニメーション)が発売されたのは1987年のことだったが、その劇中歌の数々を収録したコンピレーション・アルバム『TO-Y Original Image Album』のアナログ盤が、先ごろ再発された(ソニー・ミュージックレーベルズ/完全生産限定盤)。

上條淳士の『To-y』は、1985年から1987年にかけて、「週刊少年サンデー」(小学館)にて連載された、ひとりのシンガーの物語である。

主人公の名は、藤井冬威(トーイ)。あるとき、大手芸能プロダクションの敏腕マネージャーにスカウトされた彼は、悩んだ末に所属していたパンクバンドを抜け、アイドル歌手としてソロデビューを果たす。

折しも時代はアイドル全盛期。“アイドル”という華やかな虚像を“オモチャ”にしようとする大衆に抗うかのように、トーイは、パンクスならではの過激な方法論で、芸能界の古いしきたりを次々と破壊していくのだった……。

歌詞を描かないことが、逆に読み手に“声”を想像させる

なお、本作で上條が繰り返し用いた、シンガーの歌声(歌詞)や楽器のオノマトペ(擬音語)を描かない、という手法は、のちの音楽漫画の表現方法を大きく変えた、といわれている。
OVA版でも、基本的にはそれと同じ手法(演出)が取り入れられており、作中でトーイやその他のアーティストたちが、じっさいに歌うシーンはない(ライブのシーンは、インストゥルメンタルか、別のアーティストの楽曲が挿入されている)。

これをよしとするか否とするかは観る者しだいだろうが、まあ、いずれにしても「『To-y』の映像化」だからこそ、許された大胆な手法ではあるだろう(たとえば、のちに制作されたあるバンド漫画の実写映画版では、主人公が歌うシーンを「無音」にしたせいで、原作のファンから厳しく批判されたものである)。

ちなみに、今回再発されたコンピレーション・アルバムに収録されている楽曲とアーティストは以下の通り(プロデュースはPSY・S[saiz]の松浦雅也)。

【Side-A】
Lemonの勇気/PSY・S[saiz]
モナパーク/GONTITI
ドリーム・スープ/AMOR
SANSO/QUJILA
風の中で/楠瀬誠志郎

【Side-B】
ショート寸前/Barbee Boys
嵐のあと/The Street Sliders
UP TOWN TRAFFIC/鈴木賢司
時計仕掛けのせつな/ZELDA
Cubic Lovers/PSY・S[saiz]

“80年代の空気”が封印されたコンピレーション・アルバム

なお、私はリアルタイムで原作を愛読していた世代の人間だが、同時代の日本のパンクロックも好きだったせいか、正直にいえば、OVA発売当時はこのラインナップには少々不満があった。なぜならば、この中でパンクの文脈で語ることができるのは、強いていえばZELDAくらいだからだ。

だが、いま――連載終了から35年以上を経た冷静な目で原作を読み返してみると、『To-y』という作品は、別にパンク(だけ)を描いた物語ではなく、80年代半ばの芸能界全体、あるいはロックシーン全体を俯瞰した作品だったということがよくわかる。また、膨大な“時事ネタ”を投入しているにもかかわらず(いや、それゆえに、というべきか)、いま読んでも、まったく古びていないことに驚かされるのだ。

そういう意味では、このコンピレーション・アルバムは、80年代のロックシーンの空気が見事に封印された、歴史的なアーティストたちによる共作、という見方もできるだろう(バンドでの参加はなかったが、OVAでヒロインのひとり、山田二矢の声を演じたのは、REBECCAのNOKKOである)。

とりわけPSY・Sの「Lemonの勇気」は素晴らしい。

PSY・Sといえば、以前(2006年)、上條にインタビューした際、OVAの音楽についてこんなことをいっていた。

実は音楽だけ最後まで決まんなかったんですよ。で、絵だけが進行してるという状況で、監督がある時言い出したんですよ。「これは50分もたないかも知れない」って。なぜかというと音が入ってないから最後のライブのシーンの尺がわからないわけですね。

それで、いろんな人に相談したんですけど、なかなかいい人材がいなくて。結局、最後に決まったのがPSY・Sの松浦(雅也)さんだったんです。松浦さんに決まった時、パイロット版はすでに7割出来てるというような感じでしたね。

(中略)

ただ、あのアニメは音を消して観てもらえばわかると思うんですけど、(中略)松浦さんの音楽で、何割増しかの作品になってるはずなんですよ。松浦さんが参加してくれて、本当に良かったと思う。

〜島田一志『ロック・コミック』(STUDIO CELLO)所収「上條淳士ロングインタビュー『トーイのこと』」より〜

かつて――90年代に入ってすぐの頃、「80年代は、文化的には何も生み出さなかった」と論じた批評家が少なからずいた。あらためていうまでもなく、新しい時代の人々に、即座に否定された前時代の文化は哀れなものである。

しかし、決してそんなことはなかったということが、このコンピレーション・アルバムに針を落とすだけでもわかるだろう。

そう、参加バンドの1つである、The Street Slidersの例を挙げるまでもなく(昨年の同バンドの派手な復活劇は、ロックファンの記憶に新しいところだろう)、「何があっても歌い続ける」という原作で描かれている普遍的なテーマは、このアルバムにもしっかりと刻み込まれているのである。

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