引っ越しシーズン到来!賃貸住宅の万年ワースト相談「原状回復」でトラブらないために入居時必ずやっておくべきこと

原状回復でトラブルを回避するには入居時が肝心!(maikopowerpad / PIXTA)

4月からの新年度を前に、引っ越しシーズンに突入した。お気に入りの賃貸物件を新たな生活拠点に、気持ちよく新年度を迎えたいものだ。そこで、引っ越しの際にトラブルが多いといわれる賃貸物件退去時の「原状回復」について国交省のガイドラインを参考にポイントをおさえつつ、不動産トラブルに詳しい弁護士に紛争回避のヒントや対応策を助言してもらった。

賃貸住宅の相談の約4割を占める「原状回復」

国民生活センターには、毎年賃貸住宅に関する消費生活相談が3万件以上寄せられるという。そのうち、約4割を占めるのが、「原状回復」に関する相談だ。「経年劣化」との違いの証明が難しく、貸主(賃貸人)主導になりがちゆえに話がこじれがちなのだ。

同センターに寄せられている具体的な相談事例を以下にいくつか紹介する。

  • アパートを退去した際、自分では通常損耗だと思う箇所の修繕費用や、契約書に記載のない費用を請求され納得できない
  • 敷金礼金不要のアパートを退去したら、契約書の記載と異なるエアコン清掃代や入居前からあったフローリングのキズの修繕費用まで請求された
  • 20年以上住んだマンションを退去した際、入居時から付いていたキズについて「最近付いたものだ」として修繕費用を請求された
  • 敷金礼金不要のアパートを退去した際にシャワーヘッドの交換費用を請求され、入居時から不具合があったと伝えたが証拠がないと言われた

上記事例を見ても分かるように、退去時に見つかったキズや不具合が、「果たしていつできたものか」を証明するのは、意外に難しい。そこを貸主側に突かれ、修繕費を要求されると簡単に反論しづらい悩ましさがある。

原状回復の基準とは

こうした原状回復に関するトラブルが後を絶たないことから国交省は、平成10年3月に一般的な基準をガイドラインにまとめている。

ガイドラインには「原状回復のポイント」として次のように記載されている。

(1)原状回復とは

「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」と定義し、その費用は賃借人負担。
いわゆる経年変化、通常の使用による損耗等の修繕費用は、賃料に含まれるものとする。
⇒ 原状回復は、賃借人が借りた当時の状態に戻すことではない

(2)「通常の使用」とは

「通常の使用」の一般的定義は困難であるため、具体的な事例を次のように区分して、賃貸人と賃借人の負担の考え方を明確にした。

(出典:国土交通省HP https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000020.html)

A:賃借人が通常の住まい方、使い方をしていても、発生すると考えられるもの
B:賃借人の住まい方、使い方次第で発生したり、しなかったりすると考えられるもの(明らかに通常の使用等による結果とは言えないもの)
A(+B):基本的にはAであるが、その後の手入れ等賃借人の管理が悪く、損耗等が発生または拡大したと考えられるもの
A(+G):基本的にはAであるが、建物価値を増大させる要素が含まれているもの
⇒ このうち、B及びA(+B)については賃借人に原状回復義務があるとした。

(3)経過年数の考慮

(2)で解説しているBやA(+B)の場合であっても、経年変化や通常損耗が含まれており、賃借人はその分を賃料として支払っているので、賃借人が修繕費用の全てを負担することとなると、契約当事者間の費用配分の合理性を欠くなどの問題がある。そのため、賃借人の負担については、建物や設備の経過年数を考慮し、年数が多いほど負担割合を減少させる考え方を採用している。

難しそうにも見えるが、要は、原状回復は「借りた当時の状態に戻すことではない」。よほど荒い使い方をしていない限りは「通常の使用」と考えられ、「修繕費用は賃料に含まれる」が前提ということだ。

賃借人が負担すべき原状回復費用

最後に、いざというときのために不動産に詳しい池辺瞬弁護士に、原状回復で気になることをいくつか質問した。

──入居時の”現状”画像は必要?

池辺弁護士:退去時の原状回復費用については、賃貸人と賃借人のいずれが負担すべきか問題になることが多々あります。実際に、このような法律相談を受けることも多々あります。

原則として、賃借人が負担すべき原状回復費用は、賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧するために必要な費用とされていますが、退去時に問題となるキズや汚れが入居時点で既に存在していたものかどうかが争いになることも多いです。

そのため、入居時点で、賃貸人・賃借人双方立ち合いのもと、キズや汚れの有無、場所、形状・状態等を確認して記録化しておくことが大切です。これを行い、賃貸人・賃借人間でどのキズや汚れについてどちらが費用負担するか共通認識ができていれば、争いになることは少ないでしょう。

もっとも、入居時に賃貸人が立ち会ってくれない場合は、上記の方法によって共通認識を持つことはできませんので、入居時に存在していたキズや汚れについては、写真を撮影しておくことが重要です。日付が入る形で写真を撮影しておけば、後日特定のキズや汚れが入居当時から存在したのか争いになった場合に、写真により証明できることになります。

──敷金は戻ってこないと思っておいた方がいい?

池辺弁護士:敷金は、賃料の滞納や賃借人の不注意によって損害が発生した場合に、これに充てることができるように担保として賃貸人に差し入れるものです。

賃貸人は、賃借人が負担すべき原状回復費用がある場合は、退去時にこの費用を差し引いて賃借人に敷金を返還することになります。

そのため、賃借人が負担すべき原状回復費用や滞納賃料の額が敷金よりも低額であれば、差額が賃借人に返還されることになります。

もっとも、ここでも賃借人が負担すべき原状回復費用がどの範囲かについて争いになることが多々ありますので、先ほどお伝えしたとおり、入居時に存在したキズや汚れについて証拠化しておくことが重要となります。

──あとからでも損傷したのは「自分じゃない」と主張はできる?

池辺弁護士:主張することはできますが、賃貸人がすんなりと受け入れてくれるケースは少ないと思われます。

後ほど説明しますが、賃貸人と賃借人間で話し合いがまとまらない場合は、最終的には裁判所等の第三者に判断してもらうことが必要なケースもありますが、この場合は、第三者である裁判所等に、賃借人が生じさせたキズではないと分かってもらう必要がありますので、この点でも証拠の有無が極めて重要になります。

──経年劣化と事故の違いをどう証明する?

池辺弁護士:経年劣化については、原則として賃借人の原状回復義務の範囲外と考えられていますが、経年劣化なのか、それとも賃借人が責任を負う不注意等によるキズ・汚れの発生なのか、証明することは非常に困難を伴います。

賃借人の不注意等によるキズ・汚れについては、これらが生じた際に写真を撮る、生じた経緯をメモに残しておく等の証拠化が考えられますが、このようなキズ・汚れではなく経年劣化であるということの証明はハードルが高いです。

経年劣化についても、やはり入居時に建物内の状況を写真撮影により証拠化しておき、退去時の変化は通常の使用により生じるものであること、すなわち経年劣化であることを説明、証明していくことになろうかと思います。

──納得できず、裁判した場合、元は取れるものなのか?

池辺弁護士:裁判と言ってもいくつかの手続きがあります。

通常訴訟の場合は、事案の複雑さや請求金額にもよりますが、半年~1年半ほどかかることが多く、手続き自体も複雑であるため、通常は弁護士に依頼することになると思います。弁護士に依頼すると弁護士費用がかかりますので、請求金額があまり大きくないケースでは、費用倒れになることも多いかと思います。

このような場合は、裁判の中でも少額訴訟を自分でやってみるということを検討しても良いと思います。少額訴訟は、60万円以下の金銭の支払を求める訴えについて、原則として1回の審理で紛争の解決を図る手続きです。要する時間も短く、手続きも通常訴訟と比べるとシンプルですので、弁護士に依頼せずに自分でされる方もおられます。

また、裁判ではありませんが、裁判所を介して話し合いを行う民事調停という手続きもあります。民事調停はあくまで話し合いの手続きですので、少額訴訟よりも手続きも簡易であり、弁護士に依頼せずに行いやすい手続きです。

さらに、裁判所ではなく、国民生活センター、消費生活センターなどの紛争調整機関もあり、同機関では当事者間の円満な話合い、解決のための調停や相談・あっせんを必要に応じて行っていますので、相談してみるのも良いでしょう。

──その他、注意点は?

池辺弁護士:賃貸借契約を行う場合は、賃貸借契約書の内容についてもしっかりと確認の上、署名押印することが重要です。

賃借人が負担すべき原状回復費用の範囲は先ほど説明したとおりですが、この範囲を超えて賃借人に負担を負わせるという内容の特約があることもあります。そのような特約がないかどうか、内容はどうなっているか、賃貸借契約書に署名押印する場合もしっかりと確認することが重要です。疑問点があれば、署名押印する前に必ず賃貸人に確認しましょう。

なお、このような特約があれば必ず有効になるというわけではありません。原状回復に関する賃借人に不利な内容の特約については、過去の裁判例でも一定の要件を充たすことが必要と判断されていますが、とはいえ、一度署名押印してしまうと通常負担すべき費用の範囲を超えて費用負担をしなければならないリスクが生じますので、必ず確認した方が良いですね。

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