二度三度来たくなる観光地作り~受け入れ体制を自己採点してみる~

大分県の湯布院町湯平温泉にある小さな旅館「山城屋」が、コロナ禍を経験して見つけた大切な宝物。そして、これからますますグローバル化する観光業界の取り組むべき課題について回を分けてご紹介します。

リピーターを生む「安心感」

これまでに、「二度三度来たくなる観光地作り」を考えるとき、初めて訪れる観光客に対していかに「安心感」を与えられるかが重要というお話をしてきました。

旅行者はただでさえ不安の塊です。

この不安の種を一つ一つ取り除くことで「安心感」が得られ、心に余裕が生まれます。

心に余裕が生まれれば、旅の移動の時間さえも楽しむことができ、滞在先の居心地の良さはさらなる「満足感」へと変わります。

やがて「満足感」を感じた旅行者は、次にもう一度訪れてくれる「リピーター」へと変わる可能性が高まります。

そのためには「受け入れ体制の整備」が求められていますが、地域や施設の現場からは、「どこから手を付けていいかわからない」「そもそも何が課題かわからない」といった声をよくお聞きします。

つまり、まずは「現状認識」から始める必要があるのです。

「インバウンドに優しいおもてなし認定証」

私が会長を務める「インバウンド全国推進協議会」(旧:インバウンド推進協議会OITA)は、2018年4月に大分県でインバウンドの課題解決と情報共有を目的に発足した団体ですが、コロナ禍を経て2023年7月に一般社団法人化して名称も全国推進協議会へと改称しました。

そのきっかけは、2023年3月にインバウンドに対する受け入れ体制の成熟度を診断する「インバウンドに優しいおもてなし認定証」という認定制度を発足したことに起因します。

実は、当初、この制度は大分県内の観光施設や団体を対象に始めたものでしたが、インターネット上で認定の申請受け付けを開始したところ、県内はもちろん、他県からの申請者も現れてきたからです。

認定証の判定項目は全部で20項目。大きく分けて「多言語」「案内」「飲食」「健康・安全」「意識向上」「設備」の6つの分野に分かれています。

各分野ごとの判定項目は以下の通りです。

「多言語」

1. 当該施設内に多言語(日本語+1言語以上)の案内表示がある。 2. 当該施設までの交通アクセスをウエブ上、又はメールで多言語(日本語+1言語以上)による紹介ができる。 3. 意思疎通が困難な場合に対応出来る人員がいる。又は外部コールセンターや翻訳アプリ等を利用することができる。

「案内」

1. 最寄りの公共交通機関の紹介ができる。または最寄りの公共交通機関までの送迎ができる。(宿泊業・レジャー施設のみ対象) 2. 周辺観光スポットおよび公共交通情報やモデルコースのご要望に対応している。 3. その他実際に生じたインバウンド観光客のニーズや状況に合わせて、柔軟かつ迅速な対応に取り組んでいる。(例:食事や体験等) 4. Googleビジネスプロフィールに登録し、営業情報を公開していること。

「飲食」(飲食を提供している施設のみ対象)

1. アレルギーに可能な限り対応している。 2. 海外における文化的な理由に基づく食のカスタマイズを柔軟に対応できる。

「健康・安全」

1. 感染症対策をしている。 2. 地震・風水害、火山噴火等の自然災害における対応体制がある。 3. 病気や怪我等の緊急時に外国人対応が可能な最寄りの病院を紹介、盗難や事故等の発生時における警察への連絡、不測の事態において最寄りの領事館等を紹介、またはサポートできる体制がある。 4. 盗難防止上のセキュリティ対策ができている。(例:施錠、金庫、ロッカー、預かり等)

「意識向上」

1. 過去1年以内に従業員に向けた外国人対応を意識した接客マナー勉強会を実施。または、インバウンド全国推進協議会が認める研修会に参加したことがある。もしくは今後1年以内に前述のいずれかを実施/参加予定である。 2. 外国文化を学ぶ交際交流に関するイベントへの参加を過去実施済み、又は今後1年以内に実施/参加予定である。 3. 外国語の勉強会を過去実施/参加済み、又は今後1年以内に実施/参加予定である。

「設備」

1. 当該施設内において、Wi-Fi環境が整備されている。 2. 生活習慣の違いに対応するための設備がある。(例:ベッド、椅子、様式トイレ等) 3. クレジットカードや電子マネー等のキャッシュレス決済に対応している。 4. 免税対応している。(売店等の設置がある施設のみ対象)

以上、6分野20項目の判定基準は、われわれ協議会の運営委員がコロナ禍の中、連日深夜までインターネットで会議を重ね、現状で考えられる課題をできるだけ網羅して設けたものです。

インバウンド客を念頭に置いて作成したものではありますが、完成したものを見ると、当然ながら、それは国内客にも共通する課題ともいえるものでした。

判定項目の70%以上クリアで認定

これらの項目のうち、あくまでも申請者自身の業務に該当する項目のみに限り判定を行い、その70%以上がクリアできた場合に本認定証を交付いたします。

インバウンドに優しいおもてなし認定証

従って、例えば飲食を提供していない業種の場合は、「飲食」に関する2項目は対象外となり、残りの項目の達成度合に応じて判定されることとなります。

この申請方法については、Googleフォームによる自己申告となっていますので、いつでも誰でもお気軽に申請することが可能です。

「インバウンドに優しいおもてなし認定証」申請フォーム

該当する判定項目の70%以上をクリアし、正式に認定申請された方へは、協議会より「認定証」および「HANDBOOK」を交付します。(認定料は5,000円です)

クリアスタンドに入った「インバウンドに優しいおもてなし認定証」がお手元に届けば、晴れて認定施設の仲間入りということになりますが、大事なことはこれで終わりではないということです。

それは、仮に70%以上がクリアできたとしても、残りの30%近くはまだ課題が残っているからです。

では、残りの課題をどうクリアして行くか?

実は、この「認定証」と共に配布される「HANDBOOK」に、そのヒントが示されているのです。

手引書となる「HANDBOOK」

こちらの「HANDBOOK」は、判定基準の20項目に沿った手引書となっています。

HANDBOOK20条

意外と知られていない無料の多言語コールセンター(九州・山口)や、災害発生時の高速道路に関するアプリ「Highway交通情報」等を積極的に活用する方法等を提供しています。

さらに、できるだけQRコードを掲載することにより、誰もが使いやすいように工夫しています。

例えば、「飲食」の分野では、食物アレルギーに対応するための「食物アレルギー事前調査票」(日本語・英語・中国語・韓国語)や、指差しシートでどの国の方にも使える「食材ピクトグラム」も簡単にダウンロード出来るように、そのURLをQRコード化して掲載しています。

QRコード掲載例## 今後の売り上げは「減ることはあっても増えることはない」

「インバウンドに優しいおもてなし認定証」の認定施設は、大分県から全国へ向けて広がりつつありますが、一方で、「インバウンド対応はこのような認定を受けただけで簡単にできるものではない」というご意見もお聞きします。

確かに、満足度の高いインバウンド対応は一朝一夕にできるものではありません。

私が経営する「旅館 山城屋」も、外国人受け入れを始めて以来、世界的旅行口コミサイト「トリップアドバイザー(TripAdvisor)」の日本の旅館部門満足度第3位(2017年)になるまでには約10年の歳月を必要としました。

国内第3位の新聞記事

それでも、改善すべき点は山ほどあり、今でも日々課題と向き合っている状態です。

逆に言えば、「インバウンド対応はある程度体制が整ってから受け入れよう」と考えている人がいたとしたら、それは大きな間違いと言わざるを得ません。

海外向けのOTA(オンライントラベルエージェント)の増えた今は、私たちが始めた頃よりずっと参入し易くなったとはいえ、やはり軌道に乗るまでに数年は掛かることを覚悟しなければならないと思うからです。

以前にもご紹介した内閣府の人口推計予測によると、今から約30年後には日本の人口は1億を切り、経済活動に最も影響を与える生産年齢人口(15歳~64歳)は2000万人も減少すると言われています。

内閣府令和4年版高齢社会白書より

つまり、これから先、国内客だけを対象として営業を続けた場合、次第に先細りとなることは火を見るよりも明らかなのです。

もっとはっきり言えば、今後の売り上げは「減ることはあっても増えることはない」のです。

しかも、それは観光業だけでなく、取引業者も含めた数多くの業界に影響し、やがて物流や交通インフラなどの社会環境そのものにも及んで来るでしょう。

決して飾りではない「認定証」

「インバウンドに優しいおもてなし認定証」は、楯形のクリアスタンドに入れて配布されます。

多くの対象施設さんは、施設の入り口近くのフロントデスクやお客様の目に付く場所に掲示することでしょう。

もちろん、来ていただいたお客様に認定施設であることをアピールすることが主な目的であることは間違いありませんが、私が考える目的はそれだけではありません。

私が考えるもう一つの目的は、「私たちは外国人客を積極的に受け入れます。」という自分自身への意思表示なのです。

「国内客が少ないからとりあえず外国人客でも受け入れようか」という消極的な気持ちでは決してうまく行きませんし、そのような気持ちは海外のお客様にも敏感に感じ取られてしまうでしょう。

先ずは、インバウンドを積極的に受け入れる姿勢作りから始めて、日々「トライアンドエラー」を繰り返しながら課題解決に取り組んでみてはいかがでしょうか?

何事も最初から完璧を求めていては前へ進めません。

一歩前へ踏み出して、一日でも早い地道な取り組みがノウハウの積み重ねとなり、結果的にお客様の「満足度」を勝ち取って実績につながる早道となるのです。

寄稿者 二宮謙児(にのみや・けんじ)㈲山城屋代表 / (一社)インバウンド全国推進協議会会長

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