『セクシー田中さん』問題で注目される「著作者人格権」 アメリカよりも強力に保護されていた原作者の権利とは?

ドラマ「セクシー田中さん」公式サイトには現在追悼文が掲載されている(https://www.ntv.co.jp/tanakasan/)

ドラマ『セクシー田中さん』(日テレ系/昨年10月期放送)の制作過程をめぐり、原作者である芦原妃名子(ひなこ)さんがトラブルを発表。大きな炎上に発展したことを受けて亡くなったことから出版界・映像業界に波紋が広がり、さまざまな漫画家など関係者以外の立場からもコメントが発され、収束する気配は見られない。

今年1月、芦原さんは、ドラマの最終2話分の脚本を芦原さん自身が手掛けることになった経緯を自身のブログとSNSで公表した。

それによれば、芦原さんは、マンガに忠実に作るように条件を課した上でドラマ化を許可したが、脚本が原作通りになっておらず何度も修正作業をせねばならなかったという。さらに、マンガは未完のため著者が指定した形でドラマを終えるようにも伝えていたがその通りになっておらず、やむを得ず自ら脚本を書くことになったと明かしている。

原作者の芦原さん、原作出版元の小学館、ドラマ制作を行った日本テレビの間でそれぞれどのようなやり取りがあったのか、詳細はまだわからない。だが、今回のケースで著作者が持つ権利「著作者人格権」が改めてクローズアップされており、この権利が実務の現場で機能していたのかが注目されている。

そこで、そもそも「著作者人格権」とは何か、知財に詳しい折田忠仁弁護士に解説してもらった。

譲渡できない著作者の権利

折田弁護士によると、著作者人格権は著作権とともに著作者が創作した時点で自動的に付与される権利だという。

「著作者人格権は著作物を創作した著作者が享受できる人格権で、

①公表権(著作権法18条)=著作物を公表する権利
②氏名表示権(同19条)=著作物公表の際に氏名を表示する権利
③同一性保持権(同20条)=著作物の題や内容を勝手に改変されない権利
④名誉声望を害する方法での利用を禁止する権利(同113条11項)=著作物が著作者の名誉を害するような方法で使われない権利

の四つの内容が含まれています。財産的な価値についての権利である『著作権』とは別のものです」。

著作権が一般に著作者の“財産的利益”について定めたものである一方、著作者人格権は著作者の“精神的利益”を守るためのものだ。そして、著作者人格権は著作権と異なり“譲渡”ができない(著作権法59条)。しかし、代わりに実務の現場では著作者に対して人格権の「不行使」契約を結ぶことがあるといい、折田弁護士は次のように例示する。

「たとえば、A社がBさんにある著作物の創作を発注したとします。著作権は創作者であるBさんに発生しますが、契約上はBさんの著作権をすべてA社に譲渡させる条件を設けるのが一般的な実務上の取り扱いです。

ただ、著作者人格権は譲渡できないので、『Bさんは、A社その他A社が指定する第三者に対して著作者人格権を行使しない』という条件を定めます。このような著作者人格権の不行使特約は、有効だと考えられています」。

果たして小学館と芦原さんの間で著作者人格権の「不行使」に関する契約が交わされていたのだろうか(弁護士JP編集部)

「原作者として許容すべき改変はあるが…」

『セクシー田中さん』のケースで、芦原さんと小学館の間に不行使特約が交わされていたのか不明だが、仮に契約を結んでいなければ、著作者人格権の侵害に当たるという。

なお、日本テレビと小学館の間では、原作改変に関する詳細な取り決めについて契約書を交わしていなかったという(朝日新聞報道)。

「漫画のありとあらゆる要素を忠実に同一性を保って実写化するのは不可能ですから、原作者として社会通念上許容すべき改変はあるわけです。ただ、原作者が意図しないレベルの改変がなされたとなると、それが同一保持権の侵害になることは疑問の余地はないと思います」(折田弁護士)

ここで気になるのは同一性保持の侵害にあたる適否ラインだ。「社会通念上許容すべき改変」に客観的基準は設けられるのだろうか。折田弁護士はこう説明する。

「客観的な指標を示すことは困難で、程度問題といわざるを得ないところであり、最終的には司法の判断になります。とはいえ、原作者が納得できないレベルの改変であれば、ほぼ間違いなく同一性保持権の侵害が認められるでしょう」。

アメリカよりも“作者の権利”を強力に保護

『セクシー田中さん』問題に端を発して、アメリカと日本の契約文化の違いから、今回の事件を考察、比較する論調も見られる。折田弁護士は、アメリカと日本の著作者人格権を比較すると、日本の方が強力に著作者の権利を保護しているという。

「アメリカの著作権法の下では、著作者人格権は、視覚芸術著作物(visual art)に限られており、『自己が創作していない視覚芸術著作物の著作者として、自己の氏名を使うことを防止する権利』と『自己の名誉や名声を害するような、視覚芸術著作物の変更、切除その他の改変がなされる場合に、同著作物の著作者として氏名が使用されることを防止する権利』が明記されているだけです。

つまりアメリカに公表権はありませんし、著作権者の名誉や名声を害しなければ、同一性保持権も機能しない。日本の著作権法よりはかなり緩いです。たとえば、他人の著作物を茶化したパロディ作品を創作することは、日本では常に同一性保持権の侵害の問題をはらんでいますが、アメリカではパロディ作品は広く許容されています」。

問題の根底は「原作者の軽視」

著作者の権利を守る強力な法律がある国で、今回のような事態が起こってしまったことは痛恨の極みと言えるだろう。この悲劇を繰り返さないために、できることはなんだろうか。

「原作改変では佐藤秀峰氏の『海猿』をめぐるトラブルが有名ですが、佐藤氏の主張を前提とすれば、原作者の軽視がこの問題の根幹だと思います。

原作者にとって作品は自分の子どものようなものとしばしば形容されるほど大切なものです。映像を制作する側は、このような原作者の思いにしっかりと目を向ける必要があるのではないでしょうか。原作者との十分なコミュニケーションを図り、視聴者のみならず原作者にも満足のいくような映像作りに期待したいです」(折田弁護士)

繰り返しになるが、著作者人格権は決して譲渡できないものであり、著作者に自動的に付与される権利である。それは、著作者の精神的利益を守るためのもので、法律上はアメリカ以上に強力に著作者の権利を保護している。

原作者の“思い”をも保護するこの法律がきちんと機能していれば、今回の悲劇を防ぐことはできたかもしれない。出版社も、映像制作者も、著作者人格権の実務上の取り扱いについて見直しが必要ではないだろうか。

なお、日本テレビはこの件に関して、小学館と協力しドラマ制作部門から独立した社内特別調査チームを設置。真相の究明と再発防止のための体制構築を進めるとしている。

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