BL東京を開幕7連勝に導く小柄なNZ代表司令塔。「ラグビーはどんな体型でもできる」と語る名手の“頭の中の画”とは?

攻めるほうは「裏」だけを見ていた。そこに盲点があった。

2月24日、東京・秩父宮ラグビー場。国内リーグワン1部・第7節に出ていた横浜キヤノンイーグルスの山菅一史は、後半19分、敵陣22メートル線付近右の接点からキックを試みた。背負っていた15点のビハインドを縮めるべく、防御の「裏」に視線を送った。

相手が悪かった。弾道は、ちょうど目の前にいたリッチー・モウンガに当たった。対する東芝ブレイブルーパス東京のスタンドオフは、山菅の動きを見切ってチャージ。ルーズボールを拾い、走り切った。追加点が決まった。22―0。

山菅にとっては、視界の手前に邪魔が入った格好。走られた側が「嗅覚、あるっすね」とうなだれる傍ら、走った側は潤んだ目を細める。

「かなり疲れていた。追いつかれるかなと思いながら、必死に走っていました。最後はなんとか逃げ切れてよかったです」

ブレイブルーパスが27―7で勝利。2003年のトップリーグ開設から5度の日本一に輝く古豪にとって、2008年度以来の開幕7連勝となる。

けん引役はモウンガだ。ラグビー王国ニュージーランドの代表司令塔として昨秋までに2度のワールドカップに出た29歳は、来日1シーズン目にあって出色の働きを披露する。身長176センチ、体重83キロの身体を左右に駆動させ、絶妙なポジショニングから敵の虚をつく。

この日も前半11分、中盤でパスをするそぶりを交えて突破。快足を飛ばした。自身の左へ並ぶ守備網がせり上がるのを見切り、入れ違いのような形で抜けた。

「イーグルスが(ディフェンスの)ラインスピードを上げるチームだというのは事前にわかっていた。(自身の)外側に立つ人が上ってくる時、その間(死角)を狙おうと思っていた」

事前の予習が効いたのは続く16分も然りだ。自陣中盤左の接点から球を受けると、一歩、前に出て、目の前に並ぶ3名のタックラーの視線を寄せる。刹那、右大外の区画を狙った。右足で楕円球を浮かせた。

このスペースへは、味方ウイングの桑山淳生が駆け込んでいた。クリーンキャッチからの力走で、インサイドセンターのニコラス・マクカランにフィニッシュさせた。モウンガは頷く。

「エッジ(タッチライン際)にスペースが生まれるという分析もしていました。その『画』にのっとって(試合までの)1 週間、準備してきた。自分が独自の判断でキックしたというより、キャッチした選手も含むチーム全員で『画』を共有できていた」
クラブ関係者の言葉を借りれば、「あの動きは奇跡ではない。もしくは、奇跡が起こる確率を高めている」。イーグルス戦を控え、同じような形のキックを反復練習していたようだ。
「頭の中で『画』を浮かべる。何より、(試合前の)1 週間の練習のなかで、試合以上のプレッシャーをかけてスキルを試す」

組織の成熟ぶりにも後押しされる。

元ニュージーランド代表主将のトッド・ブラックアダーヘッドコーチ体制が発足して5季目。アタックの計画を立てるのは森田佳寿コーチングコーディネーターだ。毎週末の試合へは自軍の隊列、対戦チームの守り方を踏まえて大枠を作り、リーダー陣が微修正を加える。その流れでモウンガが光る。

このほど約9年ぶりに日本代表のヘッドコーチとなったエディー・ジョーンズは、いまのリーグワンで傑出した面子のひとりにモウンガを挙げる。小柄なのに活躍しているからだ。本人はうなずく。

「身体は大きくなくてもでっかいハートを持った次世代の選手たちに、示したいんです。スピード、ステップ、スキルなど、どこかに必ず活きる道があるんだ…と。ラグビーは、どんな体型でもできるスポーツです。素晴らしさを伝えられたら嬉しいです」

某日。本拠地近くの京王線府中駅前で自転車に乗ったモウンガがいた。モノクロの運動着をまとい、目深にキャップを被っていた。目立つ体格ではなかったからか、その姿に気づく人はほとんどいなかった。

取材・文●向風見也(ラグビーライター)

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