「ゲームの攻略本を見るのが好き」という人々 「ドラクエ3と2の公式本が最高だった」「開発者座談会好きだった」

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パソコン、スマホを使う生活が当たり前になったことで、自分で文字を書く機会が本当に減った。そのせいで漢字がすぐに思い出せなくなってきたし、何なら文字自体が凄く下手になってきている。

アナログって不便だけど、完全になくしてしまうと弊害は実生活に出てしまうものだ。読書もデジタル化が進んで、今は電子書籍が流通している。そればかりか音声で読み上げてくれるサービスもある。

でも、デジタル書籍って、ちょっとした調べ物をするとかなら便利だけど、小説とか漫画を読むってなると、紙媒体のほうが記憶に残りやすいと思うことがある。これって何なんだろうか。

恐らくスマホ世代の若い子とかだと、そういう違和感もないのかもしれない。僕みたいな「本は紙で出来ているのが当然」って世代だけの話なんだろうか。今日はそんな、本に関する話をしたい。(文:松本ミゾレ)

「ゲーム自体とはまた違った角度から楽しめる」

先日、5ちゃんねるに「ゲームの攻略本見るのが好きなんやが」というスレッドが立っていた。本を“読む”ではなく“見る”と表現しているが、これはこの件に限っては誤用ではないと感じる。

というのも、ゲームの攻略本って確かに書籍なんだけど、内容に目を移すと細かい内部データであるとか、武器や防具のイラストであるとか、“読む”というより“見る”という表現こそが適切な情報が詰まっている。

もちろん読み物としても面白いけど、目にも楽しい情報も集積されているので、そういうこともあってスレ主は「見る」と表現しちゃったんだろう。

スレッドには、そんな攻略本に時間を奪われた経験を持つ人たちの書き込みがいっぱいある。

「頁の下にある一行くらいのちょこっとコラムみたいなのが好きだった」

「開発者の座談会みたいなのも好きやったんやが」

「詳細マップとかアイテムや敵キャラの資料集とかゲーム画面のスクリーンショット+コメントとかコラムとか載ってるやつええよな。ゲーム自体とはまた違った角度から楽しめる」

「ドラクエ3とか2の公式本最高だったわ。あれで補完してやるファミコンが至高」

と、こんな具合で攻略本の良さを知る人たちの書き込みが見られた。

個人的には「補完」というワードに納得してしまう部分が大きい。まだハードが今ほど発展していなかった時代、ドットや粗いポリゴンで表現されていたゲームって、少なからず公式設定のキャラクターや世界観とは乖離が生じていた。

攻略本に収録されたイラストやイメージボードみたいなもので、そこを補完する時代があったのだ。

「あ、あのモンスターってこういう感じだったのか」みたいなね。ドット絵では省略されてる表情とかが、攻略本を開くと理解できるというような新鮮さがあった。

攻略本を書き込みだらけでボロボロになるまで活用していたあの頃の思い出…

僕もゲームの攻略本。大好きだった。「だった」と過去形なのは、最近はもう買ってないからだ。攻略本を買い求めるほど、1つのソフトに没頭しなくなったのも大きいし、そもそも昔ほど攻略本がリリースされなくなった。だけど攻略本を見る楽しみってのは今でもしっかり記憶に残っている。

昔はFFとかドラクエとかの攻略本っていろんな出版社が出していたし、それらにはアイテムの画像とか、ドット絵ではない原画のモンスターイラストとかも挿入されていた。そういうのを眺めるだけでも結構面白いものだった。

っていうか時には、ソフト持ってないのに攻略本だけは持ってるという、意味不明な状態にも陥っていた。たとえ所有していないソフトの攻略本であっても、やっぱりページを開くと面白いことが多いと気付いてしまったためだ。

もちろん攻略本を実用レベルで思いっきり活用したこともある。中学時代に、フロムソフトウェアがリリースしていた初代『シャドウタワー』の攻略本は、僕の人生の中でも一番活用した書籍だ。

なにせこのゲーム、同じモンスターでも出現個体ごとにドロップアイテムが異なる。「ニードルアント」ってモンスターが10体いたら、10体それぞれにドロップする物が違うのだ。

なので攻略本を参考に、どのモンスターが何を落とすのかを詳細に確認し、狙っているアイテムを落とすまで延々討伐を繰り返していた。延々つっても本作では一度倒したモンスターはリスポーンしないから、リセット前提のトライ&エラーの繰り返し。

この繰り返しの中で、日々攻略本には「このアイテムは手に入れたから、このエリアはもう踏破してOK」みたいな書き込みをしていったのである。全クリする頃には全ページ書き込みぎっしり。付箋もしまくってて付箋の意味も薄いぐらいのボロボロな攻略本になっていた。

でも、元々の収録情報に加えて、自分で書き込んだゲームの実績が分かる記述が読み返しても満足できるもので、手放せない一冊になった。引っ越しの際に親に捨てられたけど。

あと、何百ページもある図鑑みたいな攻略本も好きだった。アルティマニアとか、裏解体真書とか、そういうの。もうページ数は無駄に多いから、収録する内容なくなっちゃったのか、かなり無理やりライターさんがこしらえた「ゲーム中に登場する飲食店のグルメ情報」みたいな、存在しないコンテンツみたいなのもあって。そういう、制作側も相当苦心したであろう痕跡が読み手に伝わるのも面白かったなぁ。

攻略本を読んでいたはずが、気付いたらベニー松山の小説を読んでいた、みたいな状況に突入してしまう攻略本もあったっけ。インターネットでもゲームの攻略情報を見ることはできる。だけど紙媒体でページ数を持て余した上で誕生したような、ライターの苦し紛れの場繋ぎコラムとかは読むことはできない。

紙媒体だからこそ、ゲームの攻略情報はなんか変に輝く、おかしな魅力を持っているんだろうなぁ。

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