スイス国民投票、年金増額は賛成 定年引上げは否決

スイスで年金改革に関する国民投票が行われた (KEYSTONE/© KEYSTONE / ALEXANDRA WEY)

スイスで3日、年金受給額の増額と、年金受給開始年齢(定年)を段階的に66歳に引き上げその後平均寿命に連動させるという2件の年金改革案について国民投票が行われた。年金支給額の増額は賛成、定年引上げは否決された。 年金受給額の増額を求めた「より良い老後生活のために(13カ月目の年金イニシアチブ=国民発議)」は、物価の高いスイスでの生活費上昇に年金受給者が対応できるようにという目的で、労働組合が提起した。 賛成は過半数の58.2%に上った。可決に必要な州票の過半数も獲得した。 このイニシアチブは、老齢・遺族年金(AHV/AVS、日本の国民年金に相当)の12カ月分の支給額に「13カ月目」の年金、つまり1カ月分を追加支給するという内容だ。スイス国内で被雇用者が企業からボーナスとして受け取る「13カ月目の月給」をモデルにしている。 独語圏スイス公共放送(SRF)によれば、左派によるAHV/AVS拡充の国民発議が投票で可決されたのは、AHV/AVS創設の憲法条項が可決された1925年以来初めて。 同イニシアチブは中道・左派政党が支持し、投票10日前の世論調査では賛成が53%だった。 13カ月目の年金は2026年にスタートし、最高受給額は単身で2450フラン増の3万1850フラン(約540万円)、夫婦で3675フラン増の4万7775フラン(約810万円)となる。 スイス労働組合連盟のピエール=イヴ・マイヤール会長は、仏語圏のスイス公共放送(RTS)に「わが国の社会協定はまだ機能している」とコメントした。 「長年働いてきた全ての人への素晴らしいメッセージだ。スイスでは国民が力を持つ。そして、私はこの国とこの国の民主主義をとても誇りに思う」 社会民主党(SP/PS)のサミュエル・ベンダハン議員も、スイス通信社Keystone-SDAの取材に対し、今回の歴史的な投票結果を「重大な分岐点」とコメント。今回ばかりは富裕層だけでなく「普通の人々のための政策」だったと述べ、スイスのような豊かな国では「誰もがその繁栄から利益を得ることができるようにすべきだ」と語った。 「抗議票」 調査機関gfs.bernのルーカス・ゴルダー氏は、この結果を「抗議票」と分析した。 独語圏スイス公共放送(SRF)に対し、その理由について「国民は国防や移民など、他の分野に多額の金を注ぐ連邦に抗議している」と語った。 支持者たちは、年金制度の改革は財政上可能であり、緊急に必要だと主張していた。13カ月目の年金イニシアチブでは、2026年から年金支給が年13回になる。これにより、年金の年間最高額は単身で2450フラン増の3万1850フラン、夫婦で3675フラン増の4万7775フランとなる。この増額は年金の8.33%増に相当する。 この改革は、右派・中道政党、スイスの主要企業団体が財政的に不健全だとして激しく反発。スイス連邦政府と議会も反対していた。 驚き 政府は年間40億フランの追加資金が必要だと試算するが、このような改革の財源確保策が明確に示されていないことや、公的年金制度全体の長期的な持続可能性を揺るがしかねないと訴えていた。 社会保険料の引き上げ、税金、その他の選択肢など、イニシアチブの実施方法と財源に関しては、連邦内閣と連邦議会が今後詳細を調整することになる。イニシアチブには、この点について何も書かれていない。 経済団体エコノミースイスのモニカ・リュール理事は、「賛成」票の多さに驚いたと語った。 「特に若者の視点から見た公平な解決策を見つけるのは難しいだろう」とRTSに語った。 解決策については「奇跡はない」と断言し「給与所得控除を増やすか、付加価値税(VAT)を増やすか、連邦政府の負担を増やすかだが、現在の国の財政状況を鑑みれば難しい」とした。 右派・国民党(SVP/UDC)のセリーヌ・アモードゥルズ議員は、「AHV/AVSや医療費に関して、私たちは答えを示すことができなかった」とRTSに語り「この件に関しては、明らかに対案が必要だった。何の提案もせずにすべてにノーと言い続けた結果がこれだ」と振り返った。 66歳定年制 もう1つの年金改革案は、今後10年間で定年を65歳から66歳に段階的に引き上げ、その後は平均寿命に連動させるという案だ。公的年金制度の財源を確保すべく急進民主党(FDP/PLR)青年部が立ち上げたイニシアチブで、他の多くの国々がすでに同様の措置を導入している。 「安全で永続的な老後保障のために」と名のついたこのイニシアチブの目的は、年金財政の立て直しだ。社会保険局(BSV/FSIO)の試算によると、可決されれば2030年までに約20億フランが節約でき、少なくとも2033年までの年金財源を確保できる。 しかし投票結果は反対が74.7 %と圧倒的に上回った。全ての州も同案に反対した。 急進民主党青年部は「若者にとって最悪の日」とコメント。年金の増額は賛成、年金受給年齢引き上げは反対という結果は「年金制度の将来にとって最悪のシナリオ」だとした。 平均寿命が延び、高齢者が増えている現状を鑑みれば定年引き上げは避けられないとし、政府と議会に対し、年金制度を「刷新」する計画を提示するよう求めた。 スイスでは昨年、女性の定年を男性と同じ64歳から65歳に引き上げる案が国民投票にかけられ、僅差で可決されたばかりだ。 投票率は58%だった。 英語からの翻訳:宇田薫、校正:ムートゥ朋子

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