『さよならマエストロ』若き日の俊平と音楽の出会い 明かされたアパッシオナートな原点

『さよならマエストロ~父と私のアパッシオナート~』(TBS系)第8話で、過去に置いてきた忘れものを取りに俊平(西島秀俊)は四国へ向かった。

母校から創立100周年の記念行事に招かれた俊平は、晴見フィルのメンバーと香川を訪れた。俊平が故郷の土を踏むのは30年ぶり。父の行彦(柄本明)から勘当されて家を飛び出して以来だった。

第8話で語られたのは俊平と音楽の出会いだ。世界を舞台に活躍する俊平の原点は、高校時代にさかのぼる。野球部のエースで4番の俊平(大川泰雅)は、監督を務める行彦と甲子園を目指していた。そんなある日、隣家から聴こえてきたバイオリンの音色に俊平は心を奪われる。演奏していたのは、後に俊平が教えを受けるシュナイダー(マンフレッド・W)だった。

俊平の口から語られる音楽とのなれそめは初々しい。ドヴォルザーク作曲「新世界より」の郷愁を誘うメロディーが、運命的な出会いの一瞬を鮮明に切り取っていた。シュナイダーを通してクラシックの世界に足を踏み入れた俊平は次第に音楽に魅了されていく。

ある日、シュナイダーが指揮するノイエシュタット交響楽団のコンサートが東京で開かれることになった。しかし、その日は夏の県大会予選と重なっており、迷った末に俊平は東京へ向かう。試合を放棄した息子に行彦は激怒し、シュナイダーの家に怒鳴り込んだ。「出て行け。もう二度と帰ってくるな」。それ以来、俊平は行彦と顔を合わせていない。

生まれ育った環境で与えられたレールと、自身が選びとった道。似たような経験がある人に、俊平の心情は胸に迫ってきたのではないだろうか。どうしようもなく心引かれるものと運命的に出会い、夢を抱いたときにそれを止めることは難しい。母校の生徒に俊平は語りかける。

「どうかあなたの夢を否定するその言葉に耳を貸さないでください。あなたが本当に好きな道を選ぶことで、傷つける誰かがいるかもしれません。でも心に灯った情熱があるなら、それに従って生きてほしい。あなたの情熱をあなた自身が信じてあげてください」

スピーチは、夢がかなわなくても夢中で生きた日々は人生の宝になると続く。音楽に縁もゆかりもなかった俊平のエピソードは、誰もが自分の人生を切り開けるというポジティブなメッセージといえよう。現実に全ての人が夢をかなえられるとは限らないし、それが唯一の正解でもないが、俊平が話した内容は人生全般に通じると思われる。

俊平が口にする「アパッシオナート(情熱的に)」と「ボッカ・ルーポ(オオカミの口へ飛び込め)」は恩師シュナイダーから贈られたもので、一歩踏み出したことで俊平の人生は一変した。俊平自身がアパッシオナートに、また勇気をもって道を切り開いたからこそ、周囲に対しても、その人の可能性を信じられるのだと思う。

若き俊平と同じように、夢と現実の狭間で悩んでいるのが天音(當真あみ)だ。天音は、父で市長の白石(淵上泰史)から音楽をやめるように言われてしまう。俊平のスピーチは自分自身に語りかけるようで、天音はもう一度自分を信じようと決める。反対する父の前で練習の成果を見せ、指揮者になると宣言する一連のシーンは目を逸らすことができなかった。幼少時からバイオリンを習った當真あみは、魂を震わせる演技で観るもの全ての感情に訴えかけた。

柄本明も、無愛想な頑固親父そのものだった行彦が、俊平と別れるシーンで「もう帰ってくるな。しっかりやれ!」とありったけの愛情を込めてぶつけるシーンは、30年という時間の重みと親子の絆の深さを感じさせる名優の真骨頂だった。それを受け止める西島秀俊も含めて、ワンカットに込められた演技の密度と演者の底力に圧倒された。

(文=石河コウヘイ)

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