「インバウン丼」で変化する飲食業、シニア調理人材需要の今後は?

訪日観光客をターゲットとした「インバウン丼」が話題になっている。解説はもはや不要かもしれないが、豊洲市場やニセコなど訪日観光客の多いエリアで提供される、一般的な日本人向けの外食の相場からは高額なメニューのことだ。

その金額の高さや、背景となっている円安や日本の実質賃金の減少、さらに訪日観光客向け二重価格の是非など、インバウン丼を起点にさまざまな話題が出ているが、私はシニアの就業や活躍に関する専門家なので、その話題を語りたい。そう今回は「インバウン丼はシニア調理人材の求人に影響を与えるのか?」というテーマだ。

コロナ後に重宝されたシニア調理人材

2020年に発生した新型コロナウイルスの感染拡大により、さまざまな店舗やサービスに休業や営業時間短縮などの要請が出された。苦境に立たされた業界の中には異業種・異職種への転職が増えたところも多かった。飲食業もその一つである。

東京五輪・東京パラが閉幕し、最後の緊急事態宣言となった4回目の緊急事態宣言が9月30日に終わると、自粛を余儀なくされていた業界も営業を徐々に再開させ、求人も増えた。しかし、特に飲食・調理の人材については、若手を中心に再び業界に戻る人が少なかった。旅館・ホテルの厨房・レストランも含まれる。

そこでスポットが当たったのがシニア調理人材だった。異業種への転職を諦めていた人、引退していたが好条件で戻ってきた人など事情はそれぞれだが、増える飲食の求人に応募したシニア調理人材は重宝され、最初からシニアをターゲットにした求人も急拡大していった。

しかし今、日本の飲食業には「儲かるチャンス」が到来している。インバウン丼に象徴される訪日観光客向けの高額消費がそれだ。逆に円安の日本を飛び出して海外の店舗に就業し、高給を手にした寿司職人の話などもある。

だが、こうしたチャンスに年齢は関係なく、むしろ、新たなチャレンジに積極的な人が多いのは若手かもしれない。インバウン丼が話題になる今、チャンスと高給を目指して若手が続々と飲食業に戻り、人手不足の中で重宝されたシニア人材の優位性が薄れていくことはないのだろうか。

変化速い飲食業、シニア人材はどうなる?

確かに今後、若手の飲食業への回帰が加速する可能性はある。コロナ禍を機に飲食業から若手が離れた一因は、業務の大変さに比べて賃金がそこまで高くないことや、もともと不安定な傾向がコロナ禍でさらに希望が見いだせなくなったことなどだ。インバウンド需要によって賃金が上がって希望が膨らめば、若手人材の流入は増すだろう。

ただ、シニア調理人材への需要と就業が、コロナ禍以降、一貫して大きなものだったわけではない。実際には細かい変動が転職市場の中で起こっていた。2021年秋にシニア調理人材の需要が急拡大したことは先に述べたが、実はその後、2022年には飲食業やホテル・旅館が欲しがるシニア調理人材が枯渇気味となった。市場の需要に供給、つまり応募や転職希望が追いつかなくなったのだ。

ところが2023年に入る頃からまた状況が変化した。コロナ禍で売上が減少した個人事業主や中小企業に実質無利子・無担保で貸し出されたゼロゼロ融資の返済に苦しむ事業者の、ゼロゼロ倒産が急増したのだ。職場や自分の店が無くなってしまった人や、自分の店を残すために他の店舗での就業を求める人が転職市場に増え、シニア調理人材の就業数は大幅に増えている。転職・再就職するシニア調理人材の経験・スキルや就業先もさまざまで多様性が増している。

このようにシニア調理人材の転職市場動向は、複雑に変動しながらも拡大・多様化し続けている。インバウンド需要をきっかけとして、この先、若手人材が飲食業に回帰する可能性は大いにあるが、それだけで一旦醸成されたシニア調理人材活用の気運が完全に下向くことはないだろう。むしろ、若手人材とセットで、新たなシニア人材の活用シーンが、飲食・調理の業界で生まれていくことも考えられる。

ちなみに、インバウン丼の話題で脚光を浴びた飲食店を運営する会社は、近年シニア採用を取り入れ、私たちのシニア専門求人メディア「シニアジョブ」にも調理スタッフの求人を掲載している。() 実際にこの会社では、これまでにも50代・60代・70代以上が多数活躍しているという。(※2024年3月1日現在)

インバウンド需要で新たな価格やチャンスが到来している飲食業だが、若手だけでなくシニアにとっても活躍できる機会であるし、会社・採用側も若手にこだわらず人材活用を検討することが必要かもしれない。

寄稿者 中島康恵(なかじま・やすよし)㈱シニアジョブ代表取締役

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