『呪術廻戦 懐玉・玉折』アニメ・オブ・ザ・イヤー獲得 アニメや漫画を世界に届けるクランチロールの役割

海外での日本アニメの躍進がめざましい。背景にあるのが、ネットフリックスやAmazonプライムビデオといった配信プラットフォームを通して、世界のどこでも日本とほぼ同時に視聴できるようになったこと。日本ではサービスを行っていないクランチロールも、そうした配信プラットフォームのひとつで、世界200以上の国や地域に日本発のアニメ作品を配信して大勢のファンを獲得し、原作の漫画やライトノベルの海外進出にも大きな役割を果たしている。

「クランチロール・アニメアワード」という賞がある。クランチロールが優れたアニメ作品を表彰する目的で2017年から開始したイベントで、昨年の「クランチロール・アニメアワード 2023」は初めて日本で表彰式が開かれて、TRIGGERが制作した『サイバーパンク エッジランナーズ』がアニメ・オブ・ザ・イヤーを獲得した。そして、3月2日に、「クランチロール・アニメアワード 2024」が2年続けて日本で開催。アニメ・オブ・ザ・イヤーには『呪術廻戦 懐玉・玉折』が輝いた。

芥見下々の漫画を原作にしたアニメシリーズの第2期で、冒頭の5話分を使って五条悟と夏油傑がまだ呪術高専東京校の生徒だった頃を描いたエピソードが『呪術廻戦 懐玉・玉折』。伏黒恵の父親の伏黒甚爾も絡んで激しいバトルが繰り広げられ、しんみりとさせるドラマもあってファンを引きつけた。

「クランチロール・アニメアワード 2024」では、他にも作品として最優秀アクション作品賞、最優秀撮影賞を受賞し、最優秀キャラクターデザイン賞を平松禎史と小磯沙矢香、最優秀監督賞を御所園翔太、最優秀エンディング賞を「燈」で崎山蒼志、最優秀オープニング賞を「青のすみか」でキタニタツヤがそれぞれ受賞。さらに、最優秀助演キャラクター賞を五条悟、日本語での最優秀声優賞を五条悟役の中村悠一が受賞した。

『呪術廻戦』づくしといった結果だが、もともと海外で作品の人気は高く、「クランチロール・アニメアワード 2021」でも最優秀作品賞を受賞し、最優秀悪役賞や最優秀エンディング賞といった部門も獲得している。こうしたアニメの人気が原作にも波及しているようで、各国のAmazonの「Manga」カテゴリーで、『呪術廻戦』シリーズの各巻がランキングの上位に顔を出している。アニメシリーズ『呪術廻戦』の海外配信をクランチロールが行っていることから、作品全体の世界への浸透にクランチロールの貢献があることがうかがえる。

米国のAmazonでは、『Solo Leveling』という漫画作品もランキングの上位に顔を出している。日本では『俺だけレベルアップな件』で知られる作品で、韓国で生まれ小説や漫画として展開。1月からは日本のA1-Pictures制作によるTVアニメの放送もスタートし、海外ではクランチロールよって配信されている。米国では1月23日に出たばかりの8巻を含めシリーズ各巻が好調の様子で、アニメで作品を見た人が、原作の漫画を読んでみる現象が、日本と同様に起こっているようだ。

これだけの影響力があるクランチロールだが、日本ではネットフリックスやディズニープラス、dアニメストアといった配信プラットフォームに比べて知名度は低い。日本でサービスを行っていないことが最大の理由だが、世界ではまったく逆で、200以上の国と地域にアニメ作品を配信して、トップクラスの存在感を持っている。

その歴史は古く、Netflixが2007年にストリーミングでの配信サービスを始める前の2006年には、サイトを立ち上げアニメ作品の配信をスタートさせた。ただし、当時はアニメファンが独自に録画したものに英語などの字幕を付けた「ファンサブ」と呼ばれる動画を、権利元の許可を得ずに配信するサイトだった。

これが2008年、テレビ東京と提携を果たしたことで、日本発のアニメ作品を世界に展開する大きな足がかりを得た。設立者のひとりで、2010年に来日したクン・ガオは、「正規のルートで行わない限り違法になります。だから正規のルートを作りたかったのです」と、適法化を目指した理由を話していた。

「日本で放送されているアニメは必ずネットに上がってしまいます。業界の皆さんが正規に作品をネットに提供してくれれば、アニメファンは違法なことをやらなくなります」。そう訴え、作品を大切にするプラットフォームであることを、熱意を持って示すことで、ガードの堅かった日本のコンテンツホルダーの理解を得ていった。

日本のコンテンツホルダーも、海外で無許可の配信が増加していることを懸念していた。取り締まろうにも海外が相手では時間がかかる上に人手も足りない。それなら、先に収益化できる正規のルートで配信すれば良いと考え、クランチロールを利用するようになった。「実際に2009年頃には違法ダウンロードは7割減りました。コンテンツホルダーに配信が違法対策になることを示せました」。こうした成果が。クランチロールをアニメ分野における有力配信プラットフォームへと押し上げた。

「アニメ業界のひとつになりたいです。そうならなければ成功できないと思っています」。2010年に来日したクン・ガオの思いは、企業規模の拡大とともに現実のものとなっていき、2021年にソニーがクランチロールを1222億円という高額で買収したことで成就を果たした。

ソニーは先に、アニメの配信サービスを行っていたファニメーションをグループ傘下に加えていたが、クランチロールを買収してファニメーションと統合。クランチロールはソニーという世界有数の企業の傘下で、1300万人もの有料会員数を抱えるアニメ配信プラットフォームとなった。今や配信という分野でアニメ業界の中心に位置する企業と言っていい。

ソニーグループには、アニプレックスというアニメ企業があって、「クランチロール・アニメアワード 2024」で最優秀アニメーション賞、最優秀美術賞、最優秀ファンタジー作品賞を受賞した『鬼滅の刃 鍛冶の里編』や、最優秀日常系作品賞受賞の『ぼっち・ざ・ろっく!』を手がけている。半導体やカメラなどを製造し、金融分野も展開しつつ、映画や音楽、ゲーム、そしてアニメといったエンターテインメントも事業の核にしているソニーグループにおいて、アニメを生み出すアニプレックスと、それを世界に届けるクランチロールは事業戦略的に重要な位置にある。

去年と今年の「クランチロール・アニメアワード」を日本で開催したのも、多くの人気アニメ作品が生み出される国に敬意を示したものであると同時に、ソニーグループにおいてクランチロールの位置づけが高まっていることがあるのかもしれない。世界から寄せられる注目は、日本のステークホルダーにも大きなアピールになっただろう。

欧州では日本の漫画作品をライセンス展開している企業をクランチロールが買収。アニメを配信して漫画も伸ばすといった連携を取りやすい体制が作られた。日本では未だ知る人ぞ知るクランチロールだが、世界で日本のアニメや漫画が知られるようになる流れの中で、重要なポジションを占めるまでになった。その活躍が作品を生み出したクリエイターへの賞賛につながり、利益の還元にも繋がるようになっていけば、クン・ガオが言った「クリエイターと手を繋いでビジネスを成長させたい」という思いも果たされるだろう。

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