最澄ゆかりの山に挑戦! 長崎・新上五島町の山王山 出合えた感動の絶景 地元で守り続ける遺産

五島列島を一望する眺望。中央奥には五島市・福江島の鬼岳が見えた=新上五島町、山王山展望台

 長崎県の五島列島の北部、新上五島町に天台宗の開祖、最澄ゆかりの山がある。中通島の中央に鎮座する山王山(荒川郷、雄嶽439メートル、雌嶽401メートル)。登山が苦手な記者には険しく、近くにありながら遠い存在だったが、先月、山を走るトレイルランニングの大会が島内で開かれ、本社から出場した記者に誘われ、渋々登ってみた。

 雄嶽は町内で2番目に高く、山岳信仰の山。登山道入り口は旧荒川小の裏手、雄嶽日枝神社遥拝所の辺りにあるが、今回は車で7合目へ。登山道は九州自然歩道として整備されているが急勾配。すぐに息が切れ、心の中で「苦行だ」と叫び、先人の苦労を思う。
 約30分で山頂の三ノ宮に到着。社殿の横を通り展望台に上がると、一気に視界が開けた。五島列島を一望する絶景。福江島や平戸、外海、澄んだ日には遠くに雲仙岳も望めるという。最澄も眺めたであろう景色。若干かすんでいたが、海が雲にも見え、まるで雲海。いや雲海がこんな景色をなぞらえた言葉なのだろう。神秘的で荘厳。遣唐使はこの山を目印に航海したという。海原に航跡が浮かび上がるようだ。この感動に触れようとしなかったことに少し後悔した。
 町民も登山への関心は低いようで、山王山に登る人は多くない。旧荒川小の卒業生で町商工会長の増田博さん(73)=荒川郷=は「遠足で登ったが、この数十年、遠足に行ったとは聞かない。歴史的価値が高い上、とにかく景観が素晴らしい。多くの人に見てもらいたい」と絶賛する。
 遣唐使の時代、最澄が帰国後の819年、入唐成就のお礼詣でに訪れ、比叡山延暦寺の守護神、山王権現を祭ったと伝わる。2015年には日本遺産「国境の島 壱岐・対馬・五島 ~古代からの架け橋~」の一つとして認定されている。
 荒川郷長で「日本遺産 山王山の自然と文化を守る会」会長の濱﨑健也さん(67)は「登山道は私たちにとって『神殿』への参道。整備作業は地区で脈々と受け継いでいるが、若手不足で将来が不安。大切な遺産を後世に伝えたい」と語る。
 一方、林道の7合目から新たな支線工事が進んでいる。町によると、3月には山頂まで徒歩約5分の場所まで延伸され、車で入れるようになる。濱﨑さんは「神事の荷物を運んだり、作業に車で行けるのはありがたい」と喜ぶ。
 ただ、工事で木を伐採したため、麓から山を眺めると、山頂付近に刀傷があるように見える。石田信明町長は「山王山の威容を保つために早生樹を植林するなど、周囲の環境に配慮した対策を検討していく」と説明。林業専用道路なので、利用時は車の運転に十分気を付けてほしいと注意喚起する。
 山王山一帯では2022年3月、トレイルランニングのイベントが開かれ、同町出身のトレラン世界選手権日本代表の川崎雄哉さん=静岡県在住=が山の走り方を指導。翌年1月から舞台を新魚目地区に移し、大会に格上げ。今年1月の第2回大会には全国から154人の山好きのランナーが集まった。上五島の海を望む急峻(きゅうしゅん)な山々は島外から見ると魅力的に映るようだ。
 山王山は記者のように登山が苦手な人は車を使えば山頂まで行きやすくなる。この眺望に出合う機会が広がるのは喜ばしいことだ。健脚の人はぜひ、古代から続く登山道を踏みしめて歴史を感じてほしい。達成感は何ものにも代え難いだろう。

山王山の位置

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