【ハリウッド現地特別レポート】イスラエル、パレスチナ問題で揺れる米エンタメ界

ロサンゼルスで行われた活動家たちによるパレスチナの子どもたち救済のための大規模なデモの様子Photo by Getty Images

いま世界的に注目を集めている、イスラエルによるパレスチナのガザ地区への総攻撃。これはパレスチナの武装組織「ハマス」がイスラエルに大規模な攻撃を行い大勢の人質をとったことに端を発しているのですが、今この紛争をめぐってアメリカのエンタメ界が大きく揺れています。この現状をロサンゼルス在住の筆者にレポートしてもらいました。(文・荻原順子/デジタル編集・スクリーン編集部)
カバー画像:Photo by Getty Images

700人以上の業界関係者がハマスの行為を批判

イスラエル出身のガル・ガドットはハマスのテロ行為を批判Photo by Getty Images

2023年10月7日、イスラエルのガザ地区のテロ組織であるハマスとパレスチナ過激派組織が、イスラエルを攻撃。これによりイスラエル側には1300人以上の死者が出た。

これに対し、10月12日、ガル・ガドット、ジェイミー・リー・カーティス、ライアン・マーフィを含む700人以上のエンターテイメント業界の有力者たちが「ハマスらの攻撃は邪悪で野蛮な行為」と強く非難する公開書簡を発表。米国監督組合と映画俳優組合も同様の声明を発表した。

一方、全米脚本家組合(WGA)は「論議を呼ぶこのような問題について会員の総意を得られなかった」として沈黙を守ったが、その対応にエリック・ロスやスコット・フランクなどベテラン脚本家たちが憤慨。

「イスラエルーパレスチナ間の紛争には複雑な事情があるとはいえ、10月7日に起きた事は残虐な犯罪行為以外の何物でもない。それを途方もなく残酷な蛮行であるとハッキリと宣言できないようでは目指す方向を見失ってしまっているとしか言いようがない」と強く抗議する公開書簡を発表した。

それに対してWGAは、組合員たちを憤らせたことに謝罪しながらも、重大な国際紛争について労働組合の指導者という立場をわきまえての措置だったと釈明している。

さらに「WGAは、長期に渡った2023年のストライキに影響を受けた組合員たちをサポートすることをまずは優先させるべき」という意見を述べる脚本家も居た。

パレスチナ擁護側は糾弾される?

ハマスに対するイスラエル軍の反撃によってパレスチナ側に犠牲者が急増すると、パレスチナ人たちを支援する声も挙がり始めた。

11月17日、ニューヨークでパレスチナ支援の集会に参加したスーザン・サランドンは「今現在ユダヤ人であるゆえ身の危険を感じている人も多いと思うけど、この国ではずっと暴力の標的にされてきたイスラム教徒の気持ちが解るようになったでしょう」と発言。反ユダヤ主義的だと批判されてタレントエージェンシーとの契約を解消される結果を招いた。(サランドンは後に謝罪。)

パレスチナの擁護表明をしたスーザン・サランドンは謝罪に追い込まれたPhoto by Getty Images

メリッサ・バレラも、SNSにイスラエルの攻撃を「大量虐殺、民族浄化」と書いたことが反ユダヤ主義だと受け取られ、キャストされていた『スクリーム7』の役を降ろされた。(バレラは、サランドンのように謝罪はせず、2024年1月に開催されたサンダンス映画祭でのパレスチナ支援のデモにも参加した。)

同様にイスラエルの攻撃を「大量虐殺」だと表現した大手タレント・エージェンシーCAAのマハ・ダキルも重役の座を辞職したが、クライアントの1人であるトム・クルーズがダキルを擁護。解雇だけは免れたそうである。

今回の紛争ではイスラエル、パレスチナ両方とも甚大な被害を受けているが、ハリウッドではイスラエル支持を表明する分には問題無いが、パレスチナを擁護する声はとかく批判されがちだ。

その背景には、ハリウッドの大手映画会社はディズニーを除き、全てユダヤ系移民またはユダヤ系米国人で創設されたという歴史があるゆえ、ユダヤ系の力が強いという事情がある。

停戦を呼びかける有名映画人も多いのだが…

ロサンゼルスで行われた活動家たちによるパレスチナの子どもたち救済のための大規模なデモの様子Photo by Getty Images

10月21日には、バイデン大統領へガザ地区での即時の停戦を呼びかける公開書簡に、アダム・マッケイ、アルフォンソ・キュアロン、ベン・アフレック、ブラッドリー・クーパー、ケイト・ブランシェット、ユアン・マクレガー、ジェシカ・チャステイン、ホアキン・フェニックス、キルステン・ダンスト、マーク・ラファロ、ライアン・クーグラー、ヴィゴ・モーテンセンといった大物映画人たちが署名。

「ガザ地区の200万人の住民のうち半数は子供で2/3は祖国を去ることを余儀なくされた人々の子孫たちだ。彼らのための人道的救援活動に支障をきたすようなことがあってはならない」と訴えた。

しかし、イスラエルかパレスチナのどちらかに味方するわけではなく、人命救助を呼びかけるこのような声明でさえ、ユダヤ系の脚本家に「人質になっているユダヤ人たちのことには全く言及していない」と批判される始末。

イスラエルーパレスチナ問題で揺れているハリウッドについて、カリフォルニア州にあるチャップマン大学の映画学部長のスティーヴン・ギャロウェイは次のように指摘する:

「ハリウッドでは誰もがこの問題にどう向き合うべきか悩んでいるようだが、イスラエルを支援しようと考えても、罪の無いパレスチナ人たちが殺されている恐ろしい事実からも目を背けられない。非常に緊迫した空気が支配していて小さな火種でも大火事を起こしかねない状況だ。

そもそも、映画製作の契約交渉には慣れているような脚本家たちや俳優たちが、国際紛争のような問題を解決していこうと考えることに無理があるのだ」

志の高いハリウッドの映画人たちのスタンスは尊敬できるものではあるが、結局は「餅は餅屋」ということなのかもしれない。

© 株式会社近代映画社