日本株「4万円突破」の落し穴...「井の中の鯨」米国バブル崩壊の大波の恐怖とは/第一生命経済研究所 首席エコノミスト・熊野英生さん解説

2024年3月4日、週明けの東京株式市場で日経平均株価が続伸し、終値は前週末比198円41銭高の4万109円23銭で終え、史上初の4万円台に乗せた。

日経平均株価はどこまで上がるのか。落し穴はないのか。

同日、緊急リポート「株価4万円超えの過熱感~エブリシング・バブルの香り~」を発表した第一生命経済研究所首席研究員の熊野英生氏に聞いた。

暗号資産と同様に上がる日本株の「きな臭さ」

熊野英生氏はリポートの中で、現在の日本株の急上昇は、米国株と連動していることが主因だが、最近の日経平均株価は、ついにダウ平均株価(ドル表示)を追い抜いてしまった、と驚く【図表1】。

(図表1)日経平均株価とダウ平均株価(第一生命経済研究所作成)

速すぎる株価上昇にやや「きな臭さ」を感じさせるのは、現在、同時に暗号資産であるビットコイン(ドル建て)の価格も6万ドルを超えていることだ。

2024年1月に入って、日経平均株価とビットコイン価格は歩調を合 わせて上昇している【図表2】。2022年1月の暗号資産取引所大手のFTXの破綻から完全に立ち直ったかたちだ。

(図表2)日経平均株価とビットコイン(第一生命経済研究所作成)

熊野氏によると、【図表3】のように、米国ではコロナ禍以降の過剰マネーが投資先を探しており、暗号資産も日本株と同様に、分散投資の資金流入が行われている。

(図表3)金融引締めをしても過剰な米国のマネー水準(第一生命経済研究所作成)

ビットコインの値上がりは、一見、日本株上昇と無関係のようだが、投資される資金が世界全体の投資マネーの膨張によって嵩(かさ)上げされているという要因では、根っこの部分で共通している。

では、日経平均株価4万円突破はバブルなのだろうか。

AIと半導体ブーム、米国の異常な株価上昇

熊野英生さん(本人提供)

J‐CASTニュースBiz編集部は、リポートをまとめた熊野英生さんに話を聞いた。

――ズバリ聞きます。日経平均株価が4万円を突破しましたが、先行きはどうなりますか。どこまで上がるでしょうか。

熊野英生さん 明日(2024年3月5日)の朝刊を見ると、一面に「日経平均株価4万円突破」の大見出しが躍り、みんな一直線に上がっていくだろうと思いがちになりますが、そうはいきません。今年ほどイベントが多い年は滅多にないからです。

まず、2週間後の3月19日に日本銀行が政策決定会合を開き、金融緩和政策の修正を行う可能性があります。また、おそらく6月には、米国の中央銀行であるFRB(米連邦準備制度理事会)が利下げを開始するでしょう。この日米の金融当局の政策変更はビッグイベントです。

5月には日本企業の決算報告が相次ぎます。果たして好調を維持する結果がでるかどうか。そして、11月には米大統領選挙が行われます。トランプ氏が返り咲くかどうかがカギになります。

株価はこうしたイベントを織り込みながら、上下のジグザグ運動を繰り返すもので、一直線に上がったり、また下がったりすることはありえません。

――リポートのタイトルに、「エブリシング・バブルの香り」という面白い言葉を付けていますね。

現在、株式、債券、商品、暗号資産、不動産などの各種資産が総じて上がっています。「何もかも上がる」から「エブリシング(何もかも)・バブル」なのでしょうか。

これもズバリ聞きますが、現在の日本株はバブルなのでしょうか。

熊野英生さん 日本がバブルなのではなく、米国がバブルなのです。

日本はその米国の株価上昇の影響に引きずられているため、上昇し続けています。「エブリシング・バブル」という言葉はトルコ出身のアナリスト、エミン・ユルマズ氏の本『エブリシング・バブルの崩壊』(集英社)から付けました。

コロナ禍で始まった巨大な財政出動と金融緩和によって、世界的に過剰な緩和マネーが物価上昇圧力を生み出しているという見方です。特に顕著なのが、米国マネーのデータです。

【図表3】は、米マネーストックM2(通貨供給量の指標の1つ)ですが、現在、FRBが大幅に金融引締めを続けているにもかかわらず、15%も過剰です。

「井の中の鯨」米国が大暴れしたら...

米ニューヨーク証券取引所

――この過剰なマネーの一部が日本株に流れ込んでいるわけですか。

熊野英生さん そのとおりです。投資先を求めて、日本株やビットコイン購入に動いています。特に米国では、AI(人工知能)や半導体ブームを反映して、関連企業の株価をものすごい勢いで押し上げています。

半導体大手エヌビディアの時価総額が2月21日の決算報告で、前日比約16%も上昇。時価総額は1.9兆ドル(約285兆円)を超え、1日で約2770億ドル(約42兆円)も増えました。

一企業の時価総額285兆円は、日本政府の2024年度一般会計予算案の総額112兆円の2倍以上ですよ。いかに桁外れのバブル状態かわかるでしょう。米国全体がそうなのです。ドジャースに入った大谷翔平選手の契約が10年総額7億ドル(1014億円)です。日本でそれだけ稼ぐスポーツ選手、いや実業家が何人いますか。

――米国がバブルだとすると、かつてバブル崩壊を経験した日本は気をつけなくてはいけませんね。

熊野英生さん 現在の米国は、「井の中の蛙(かわず)」ならぬ「井の中の鯨」と言えます。一緒に井戸に入っている日本としては、暴れ回る鯨の大波に巻き込まれないようにしなくてはなりません。

――今後のビッグイベントの1つ、3月19日にあるとみられる日本銀行の政策修正はどうなりそうですか。

熊野英生さん すでに内田真一日銀副総裁が講演で、政策金利のマイナスを解除して、マイナス0.1%からプラス0.1%に上げて、しばらく利上げはしないと明言していますから、たいした影響はないでしょう。いったん円高にぶれますが、すぐに円安に戻るでしょう。

――もう1つのビッグイベント、FRBの利下げはどうなりますか。

熊野英生さん FRBの利下げ開始は6月ごろと見られます。ドルがより強くなってドル高、円安に向かうと思われます。日本銀行の利上げ、FRBの利下げと、日米金融当局の真逆の動きになりますが、日銀の0.1%程度の利上げなど、米国の大波に飲み込まれてしまうでしょう。

日本企業は、もっと人間教育におカネをかけろ

――トランプ氏が再選されるかどうかもビッグイベントになりますね。

熊野英生さん トランプ氏の再選は、私個人としては、絶対に歓迎したくない事態ですが、ウォール街の一部は歓迎する動きになるでしょう。

トランプ氏は、脅しで言うことと、実際にやることが違います。最近、「中国に60%超の関税をかけてやる」と発言していますが、そんなことをすれば中国から多くの商品を輸入している米国国民が一番困ることは、彼だって承知しています。

2016年にトランプ氏が当選した時は、ウォール街は震え上がりました。しかし、実際は減税や財政出動を盛んに行ったため、ドル高が進み、株価が上昇する「トランプラリー」が始まりました。そのことを覚えているウォール街で、同じことが起こる可能性があります。

――いずれにしろ、日本としては、鯨が井戸の中で大暴れする事態は避けたいところですが、実質賃銀マイナス20か月連続の私たちにとって、「株価4万円突破」と言われても実感がわきません。

国民にその実感を持たせられるようにするには、日本企業はどうしたらよいと思いますか。

熊野英生さん 米国の株価に振り回されないよう、国内事業でしっかり稼ぐ体力をつける必要があります。現在の米国次第、他力本願の日本株上昇は、日本の現実だけをみると、明らかに過大評価です。

東証統計を見ると、1株あたりの利益(プライム市場)は拡大傾向になり、企業収益は堅調という評価です。しかし、株が割安か、割高かを見る「PER」(株価収益率)は2023年10月の15.2倍から2024年2月には17.2倍にまで上昇しています。

これは、1株利益以上に株価が上がっていることを示しており、企業収益がよくなる「実」の部分以上に、「虚」の思惑がふくらんでいる危険性が感じられます。

日本企業はもっと人間そのものにおカネをかけるべきだと思っています。従業員の教育コストにたくさんおカネを使い、能力開拓をどんどん進めるべきです。日本企業の社員の能力開発費はG7(先進7か国)の中で最下位、対GDP比で米国の20分の1、フランスの17分の1、英国の10分の1といわれます。株価上昇ばかり喜んでいる場合ではありません。

(J‐CASTニュースBiz編集部 福田和郎)


【プロフィール】
熊野 英生(くまの・ひでお)
第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト(担当:金融政策、財政政策、金融市場、経済統計)

1967年山口県生まれ。1990年横浜国立大学経済学部卒、日本銀行入行。同行調査統計局、情報サービス局を経て、2000年第一生命経済研究所入社。2011年4月より現職。日本ファイナンシャル・プランナーズ協会常務理事。
著書に『インフレ課税と闘う!』(集英社)、『デジタル国家ウクライナはロシアに勝利するか?』(日経BP)、『なぜ日本の会社は生産性が低いのか?』(文藝春秋)など。

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