『52ヘルツのクジラたち』成島出監督 映画は寄り添い共有することが出来る【Director’s Interview Vol.390】

2021年、本屋大賞に輝いた町田そのこの傑作ベストセラー小説「52ヘルツのクジラたち」。映画化に向けメガホンを取ったのは、『八日目の蝉』(11)をはじめエンターテインメントから社会派ドラマまで、数々の作品を手がけてきた成島出監督。だが当初、成島監督は、この小説の映像化に対して課題の多さを感じていたという。そんな成島監督は、如何にして本作を映画化することが出来たのか? 話を伺った。

『52ヘルツのクジラたち』あらすじ

傷を抱え、東京から海辺の街の一軒家へと移り住んできた貴瑚(杉咲花)は、虐待され、声を出せなくなった「ムシ」と呼ばれる少年(桑名桃李)と出会う。かつて自分も、家族に虐待され、搾取されてきた彼女は、少年を見過ごすことが出来ず、一緒に暮らし始める。やがて、夢も未来もなかった少年に、たった一つの“願い”が芽生える。その願いをかなえることを決心した貴瑚は、自身の声なきSOSを聴き取り救い出してくれた、今はもう会えない安吾(志尊淳)とのかけがえのない日々に想いを馳せ、あの時、聴けなかった声を聴くために、もう一度 立ち上がるー。

映画化は難しいと感じた


Q:原作小説を読んだ際「非常に面白い物語だが、映像化には課題が多い」と思ったそうですが、具体的にどのような点が課題だったのでしょうか。

成島:原作は力のある小説でとても面白いし、本屋大賞を獲るのもすごく分かる。ただ、虐待、ヤングケアラー、トランスジェンダーと、映画化するには題材が多すぎると思いました。小説は“地の文”があるので成立しますが、映画になるとそこが全て消えてしまう。しかも2時間で収めなければならない。また、文章では想像しているところを、映画では実際に映すことになる。虐待の傷や介護のオムツも映す必要があるし、トランスジェンダーの役はどなたにお願いするのかなど、映画化するための課題が多かった。しかも、そうやって色んな題材があった上で、ラストは再生していく話にしなければならない。本当に難しいなと思いましたね。

「それでもこの声なき声を届けたい!これは今やるべき映画だと思います」と、プロデューサーに強く説得されました。その熱意に押されましたね。自分一人では捌ききれないけれど、皆で力を合わせて作るのであれば挑戦してみようかと。まぁ、寄り切りでした(笑)。ただし、単純に寄り切られただけではなく、何度も話しているうちに可能性を感じてきて、チャレンジしたいという気持ちが強くなってきた部分もありました。

『52ヘルツのクジラたち』©2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会

Q:具体的に可能性を感じた部分はありましたか。

成島:やはりキャスティングですね。これまでは役所広司さんはじめ成島組常連の俳優さんたちとの仕事が多かったのですが、今回はプロデューサーやキャスティングプロデューサーと、皆で相談しながら誰が良いか決めていきました。そこで、杉咲花さん、志尊淳さん、宮沢氷魚さん、小野花梨さんという名前が挙がり、難しい役にもかかわらず皆さん悩んだ上で受けてくれました。脚本が固まってきた時点で、クランクイン前に皆で集まり、桑名桃李さんも合流して1週間リハーサルを行いました。そこで初めて「このチームでいける!」と思いました。

リハーサルを行う意義


Q:1週間のリハーサルでは具体的にどんなことを行なったのでしょうか。

成島:まず衣装合わせをして読み合わせをし、実際のシーンをやってみる。あとはゲームをしたり、皆で色々なことをやりました。撮影現場で「初めまして」となって、いきなり「本番いきます!」だと、どうしたって緊張する。リハーサルをする一番の理由はリラックスすることです。

カメラマンは「こういう表情をするのであれば、こう向かっていこう」とか、演出する我々も「こういう個性であれば、こうしよう」とか、リハーサルで色々と探っていきます。俳優陣ともコミュニケーションをとって、「今のセリフは言いづらくない?」「ちゃんと気持ちに落ちた?」と、セリフを確かめていきつつ、必要があれば脚本を直していく。そういうことをやっていると、あっという間に1週間経ってしまう。本当は1ヶ月くらいやりたいんですけどね(笑)。それでも皆さん、忙しい中ちゃんと時間を作って参加してくれた。すごく感謝しています。

Q:昂った感情がぶつかるシーンが多いですが、その辺の匙加減は俳優たちとどのように調整されたのでしょうか。

成島:そこは難しい部分ですね。僕みたいなおじいちゃんからすると、ちょっと泣きすぎ喚きすぎかなと思ってしまうのですが(笑)。でも、志尊さんが叫んで崩れ落ちるシーンをリハーサルでやったときに、「あ、この映画はこういうことなんだな」と思いました。いつもだと「もうちょっと押さえて」と言うのですが、今回はそれをやめようと。

ただ、杉咲花さんのシーンは重い内容が続くので、シーンごとに感情を立ていくと全部泣くことになってしまう。シーンによっては「ここは泣かないで我慢しよう」と言ったこともありました。今回は、基本的には彼らをコントロールするのではなく、フルに出た感情の方を大事にしようと思いました。

『52ヘルツのクジラたち』©2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会

Q:劇中では、現在と過去が並行して描かれるので、そこでバランスが取れた部分はあったのでしょうか。

成島:そうですね。そこは原作と同じく、現在から物語が始まることが大きな武器になっていました。脚本を作る際に、一度時系列に並び替えてみたのですが、そうすると、生きるのか死ぬのか、最後がどうなるのか分からない流れになってしまう。やはり原作通りに、生きていることが分かるシーンから始まって、「あのときは死んでもおかしくなかったんだよ」と回想する流れがよかった。原作の構成が上手かったおかげですね。

すぐ隣にいる人たち


Q:杉咲花さんは脚本段階から参加されたそうですが、具体的にはどのような話をして、それがどう脚本に反映されていったのでしょうか。

成島:僕はいつも俳優に意見を聞くようにしています。特に今回は題材が多いので、その辺をどう感じたかも含め、杉咲花さんとはたくさん話をしました。当事者の方から聞いた話も伝えましたし、そういう会話全てが脚本の打合せでした。それをクランクイン直前のリハーサルまでずっとやっていました。今回は皆で力を合わせないと作れない映画だったので、俳優たちがやらされている感じになってしまったら、絶対にうまくいかない。ちゃんと自分自身で納得してもらい心から役に向かえるよう、この映画を信じてもらえるように対話を重ねました。

また、彼女や志尊さんが気にしていたのは、扱っている題材が非常にデリケートなので、当事者の人たちを傷つけるような映画にはなって欲しくないということ。この映画が同じ地平で少しでもエールを送ることが出来ればと。お互いにそう考えていました。

『52ヘルツのクジラたち』©2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会

Q:虐待の経験者、ヤングケアラ―、トランスジェンダーの人たちへの綿密な取材を行われたそうですが、実際に話を伺ってみていかがでしたか。

成島:過去には、殺人を犯した人や刑務所に入った人に話を聞いて脚本を作ったこともあります。殺人者だからといって何か見え方が違うわけではありません。虐待の経験者、ヤングケアラ―、トランスジェンダーも同じで、すぐ隣にいる人たちなんです。それをすごく感じました。

寄り添い共有することは出来る


Q:映画は大きな影響力を持つメディアでもあります。映画の持つ力をどのように考えていますか。

成島:例えば、映画で「いじめはいけません」と言っても、いじめは無くならない。でも、映画で痛みを共有することは出来る。それが映画の一番の力だと思います。いじめがあなたの問題だったかもしれないし、一歩間違えればあなたがいじめをしていたかもしれない。スクリーンを観ながら、貴瑚や安吾、少年と一緒に悩み、怯えたり、悲しんだりすることは出来る。でも我々が出来ることはそこまでです。

『52ヘルツのクジラたち』©2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会

以前、移民を扱った映画を作りましたが、「移民を阻害してはいけません」ではなく、「移民に寄り添って一緒に考えてみようよ。君の横にいるかもしれないよ」と、そういう思いで撮りました。何かを社会に掲示したり、声高に反対することはない。痛みや悲しみ、喜びを共有することで、一緒に生きていける可能性はある。それが映画の仕事だと思っています。少なくとも僕自身はそうして映画に救われてここまで生きてこられました。その恩返しの意味もありますね。

そのためには自分一人の力ではなく、色んな意見を聞きながらチームでやっていく必要がある。そこは一人で書く小説や絵画等とは違うところでしょうね。オーケストラに近いのかもしれません。みんなで美しいハーモニーを目指し、不協和音を出している人とは話し合いながら作っていく。映画でも脚本という楽譜に忠実にやってもらいたいし、もし楽譜を変えたいのであれば、リハーサルで話し合い調整していく。映画作りはオーケストラに似ているのかもしれませんね。

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監督:成島出

1961年生まれ、山梨県出身。助監督、脚本家として活躍したのち、初監督作『油断大敵』(04)で藤本賞新人賞、ヨコハマ映画祭新人監督賞を受賞。『八日目の蟬』(11)は日本アカデミー小最優秀作品賞、最優秀監督賞を含む10部門及び芸術選奨文部科学大臣賞を受賞する。その他、『孤高のメス』(10)、『聯合艦隊司令長官 山本五十六』(11)、『ふしぎな岬の物語』(14)ではモントリオール世界映画祭審査員特別賞グランプリ、『ソロモンの偽証 前篇・事件/後編・裁判』(15)、『ちょっと今から仕事やめてくる』(17)、『グッドバイ ~嘘からはじまる人生喜劇~』(20)、『いのちの停車場』(21)、『銀河鉄道の父』(23)など多岐にわたるジャンルで、常に高く評価される作品を送り出している。

取材・文:香田史生

CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。

撮影:青木一成

『52ヘルツのクジラたち』

大ヒット公開中

配給:ギャガ

©2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会

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