『君が心をくれたから』千秋が望んだ家族団欒の席 日下が長崎で案内人になった切ない動機

3月4日に放送された『君が心をくれたから』(フジテレビ系)の第9話は、主人公の雨(永野芽郁)ではなく太陽(山田裕貴)と千秋(松本若菜)、そして日下(斎藤工)を軸にして物語が動く。もちろんその主眼となるのは、前回明らかにされた千秋の正体が太陽の母・明日香だということ。その事実を知って戸惑いを隠しきれないながらも、母と息子として話し掛けようと考える太陽に、日下はそっと忠告する。生前にまつわる会話をしてしまったら、千秋の“魂は完全に消滅する”と。

結局太陽は、日下の忠告に従うようにして千秋のことを「母さん」とは呼ばず、お互いが本当のことを知りながらもその喜びを分かち合えないまま言葉を交わす。「これまでの人生を教えてほしい」という千秋に、赤い色が見えずに約束を叶えられないと考えた苦しみや、雨との出会いで救われたことを話す太陽。そして「天国で偶然母さんにあったら伝えてほしい」という前置きを付け加えた上で、その“母さん”の目を見ながら伝える謝罪の言葉。

第6話で雨は母・霞美(真飛聖)と向き合うことで自分の“名前”を受け入れ、ひとつ前に進むことができたが、太陽にとって今回のやり取りは、それと同じターニングポイントとなる瞬間であろう。それでもすでに太陽には、自分の命と引き換えに雨が五感を失うという、幼いころに自分のせいで明日香が死んでしまったことと匹敵するだけの苦しみの真っ只中にいる。こうしてその一つだけでも荷が下りたことで、彼も多少は楽になるのだろうか。

それにしても、千秋からのお願いを聞き入れ、太陽が開く家族団欒の席。「母さんの分」と行って鍋の具材をよそい、椅子を引き、そこにゆっくりと近付き座る千秋。食後に春陽(出口夏希)と連れ立って、陽平(遠藤憲一)を彼にとって姿の見えない亡き妻と2人きりにさせる粋な計らい。そこですぐ隣にいるのに見ることができない相手に語りかける陽平の姿は、ただ辛いとか悲しいとかではない、もっと複雑な感情できちんと泣かせるシーンとして成立していた。ようやくこのドラマで観たかったものが観られたといってもいいぐらいだ。

一方で日下は、五感を失った後の生活に希望が持てずに死を考える雨に対して、自身の生きていた頃の出来事を話し始める。“奇跡”を受け入れて恋人の身代わりになったものの、捨てられてしまい孤独に生きてきたこと。さすがに彼の正体は太陽における千秋のように、雨の身内ではなかったにしろ、そのかつての恋人の遺した絵を見るために長崎の地で案内人をすることを選んだという動機まではっきりと明かされるのである。

終盤、キャンドルを灯しながら太陽が雨に誓う、五感を取り戻す方法を必ず見つけるという言葉。それだけで、“最初で最後の花火”を見せること以外のもっと希望に満ちた結末の可能性がこのドラマにも残されていると示唆されたようにも思える。ところで、1953年に生まれ映画の脚本家を志す青年だったという日下の過去。それを聞かされる雨が永野芽郁であることも相まって、『半分、青い。』(NHK総合)で斎藤工が演じていた元住吉監督を思い出したのは筆者だけではないだろう。

(文=久保田和馬)

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